尋問2
中心となっていたであろうアンジェロのグループは、20名ほど。
今回の傭兵集団のなかでは、最大グループなのだろう。
だが、いかに最大グループだったとしても、縛られて身動きできないのでは、抵抗のしようがない。
「占領地を上手く統治するには、その土地の住民を分割して、互いにいがみ合うようにすること」とは、かの大英帝国のやり口だが、その応用は多岐にわたる。
悪名高いナチスのユダヤ人大虐殺だが、疑問に思ったことはないだろうか。なぜ収容所のユダヤ人は反乱を起こさなかったのか、と。
これも、一部のユダヤ人を優遇することで分断し、収容されたユダヤ人を監視させたことが功を奏したものだ。
収容されたユダヤ人の憎しみは、ナチスの走狗となったユダヤ人へと向けられ、ユダヤ人同士で憎しみをぶつけ合った結果、収容所を管理・運営していたドイツ人に怒りや憎しみを向ける余裕がなくなったのだ。
そして、それと似たような状況が、リュウヤの目の前で繰り広げられる。
ここで自分たちを売り込み、命を守るだけでなくあわよくば仕官をと考えるアランたちと、依頼主のことを漏らすまいと頑張るアンジェロたち。
だが、そのやりとりは堂々巡りに陥っていた。
業を煮やしたアランたちが、口を割らないアンジェロたちに暴行を加えようとした時、リュウヤが声をかける。
「無闇矢鱈に殴っても、口を割らないだろうよ。」
その言葉に、アランたちは一斉にリュウヤを見る。
「そこのアンジェロとかいうのと、あと・・・」
アンジェロと、特に威勢よく抵抗していた五人を選び、目の前に連れて来させる。
連れられてきたアンジェロを見て、マテオがリュウヤに耳打ちをする。
「あの男、ニシュ村で絡んできたうちのひとりです。」
人の顔を覚えるのも、貴人に仕えるものにとっては義務であり、マテオをはじめとする近衛の者たちはそのための訓練を受けている。
マテオの耳打ちに小さく頷き、軽く肩を叩いてねぎらう。
並べられたアンジェロたちを見て、
「まずは右端にいる者の、両足の小指を折れ。その次は親指。その後は両手の小指。そこまでしたら、糸を解いてやれ。」
指示の意図は理解できないが、すぐに行動にうつる。
「そ、そんなことをしても、俺は喋らんぞ!」
虚勢をはるが、足の小指を折られて絶叫する。その絶叫を聞いて、アランたちもたじろいだほどだ。
「話す気になったか?」
足の小指を折られた男にバルトロが尋ねるが、痛みのせいなのか答えられないように見える。
「次。」
リュウヤは平然と足の親指を折るように指示する。
再び起こる絶叫。
さらに両手の小指を折られ、三度絶叫が起こる。
そして、リュウヤの指示した通りに糸から解放する。
「逃げられるのではありませんか?」
マテオが心配そうに口にするが、その心配は杞憂というものだ。
足の小指と親指。双方を折られては、歩くどころか立つことすら覚束ない。
そして両手の小指。意外かも知れないが、小指に力が入れられないと、握力は激減する。握力が激減しては、武器など振り回すことができなくなる。
糸を解いたとしても、戦闘力は皆無になるのだ。
「さて、次は左端といこうか。」
リュウヤが指示を出す。
わざわざ声に出して言うのも、他の者たちに聞かせるためだ。
アンジェロたちは糸によって拘束されており、耳や目を塞ぐことができない。
そこにリュウヤの指示が丸聞こえになっている。それは、自分たちの直近の未来を嫌でも想像させる。
さて、誰が最初に口を割るか・・・。そう思っていると、ふたりめの男があっさりと話し始めた。
「い、依頼主は大地母神神殿の神官だ!」
普段から威勢のいい者ほど簡単に落ちるのだと言う。
戦争に関する色々な証言集や手記を読むと、それがよくわかる。その一方で、普段は頼りなさそうで軟弱者と言われていた人物が、信じられないくらいの忍耐力を見せて周りを驚かせる。
それをこの場で実践してみたのだが、思いのほか効果覿面だったようだ。
「その神官の名前は?」
「ゾ、ゾシムス、ゾシムスだ!!」
「どんな風体だった?」
「こ、小柄な髭面の男だ。それ以外は、俺は知らない。」
その言葉を聞き、ロマリア村の神殿を思い出す。思い出すが、あの神殿にはそんな人物はいなかった。
ならば、あの神殿を監視している者がいたということか。そして、傭兵を雇ったということは、自分の手を汚さずに済まそうとしているのか、もしくは傭兵そのものを使い捨ての駒としているのか。
「い、いいだろ?俺は知っていることは全て話したんだ。助けてくれよ。」
懇願する男に、
「まあ、いいだろう。解放してやれ。」
解放してやることにする。
そして次に目を向けると、
「は、話す!俺の知ってることなら全部話す!」
眉ひとつ動かさずに、自分たちを痛めつける命令を出すリュウヤに、恐れをなしているようだ。
話を聞くが、新しい情報はなし。
それが3回繰り返され、アンジェロの番になる。
「さて、お前はどうしようか?お前は、この集団のリーダーだそうだからなあ。その責任はとってもらわないとな。」
リュウヤの言葉に、アンジェロは考える。
この男は、自分の依頼主が大地母神神殿の神官であると知っても一切動じなかった。それは、この男が宗教的権威に動かされるような人間ではないことを示している。
だったら、自分が縋れるものは・・・。
「い、いいのか?俺はオスト王国の者だぞ?俺になにかしたら、オスト王国が黙っていないぜ?」
アンジェロが縋ったのは、このあたりではイストール王国に次ぐ大国であり、自身の出身国であるオスト王国の名前だった。
それを聞いたリュウヤは笑みを浮かべる。
その笑みを見たユーリャは、
「陛下、物凄く悪い顔してる。」
と感想を述べた。