ピリン村の夜
村長の家を出たあと、軽く村内を回る。
産業としては、メインは畜産。
豚肉に羊肉、羊毛が換金産物として主力であり、またその皮革製品の製造が行われている。
その他には、牛や馬の繁殖と販売。馬に関しては、軍馬としての調教をしている。
ただ、産業を拡大するには、やはり人手が圧倒的に不足している。
さらにいえば、家畜の飼料の問題もある。
大麦等の飼料作物栽培の拡大も必要だろう。
そして、それはまた大きな問題を孕んでいる。
国境が確定しているのがイストール王国とパドヴァの二つ。それ以外の国とは国境が確定しておらず、火種の元になりかねない。もっとも、国境確定のきっかけとなるのは、だいたいが国境紛争なのだから心配するだけ無駄というべきかもしれない。
「ルドラに確認する必要があるかな。」
指示ではなく、疑問の提示にとどめるのは理由がある。
あまりに細かい指示を王がだすのは、混乱を招く元凶になりやすい。また、中間を飛ばすということは、指揮・命令系統の無視に繋がり、やはり組織を混乱させる。
それを防ぐためには、食料生産の責任者であるルドラにまず確認する手順が必要になる。
こういう手順を省くと、2011年11月11日に起きた読売巨人軍の内紛、いわゆる「清武の乱」のような出来事が発生する。
読売巨人軍と読売新聞社の内部がどうなっているのかは知らないが、単純な組織論としては間違ってるのはオーナー側である。
一度認めた人事を、その責任者である清武氏を飛び越えて変えるのは。無論、これはあくまでも通常の組織論でのことであり、読売新聞社と読売巨人軍の関係とその組織がどうなっているのかはわからないので、当てはまらないのかもしれない。
早めの夕食をとりながら、リュウヤは呟く。
「移住をはじめてから、長いところで約一年。まだまだ産業基盤が弱いな。」
呟いたつもりだったが、他の4人にも聞こえる声量だったようだ。
それでも、周囲の人間には聞こえてはいないようである。
「それは仕方がないでしょう。まだ一年しか経っておりませんから。」
たしかにその通り。知らず知らずのうちにのうちに、日本の時間感覚が出てきてしまったのだろう。
成果を早急に求めるのは、地球における現代社会の悪癖。理解はしていたが、それは"つもり"でしかなかったようだ。
「そうだったな。あと2年はみるべきだな。あちらの世界の感覚が、まだ抜けていないようだ。」
「あちらの世界?」
ユーリャが食いつく。
「ユーリャには言ってなかったな。」
簡単に説明する。
「私が大地母神様の声を聴いた頃に、陛下はこちらに来たんだ。それって凄い偶然だよね。」
「偶然・・・、か。」
リュウヤは苦笑する。
はたして本当に偶然なのだろうか?
むしろリュウヤは、そのタイミングを狙ったのではないかと思っている。
料理がなくなり、卓には葡萄酒や蜂蜜酒が並んでいる。製造過程の違いもあるのだろうが、アルコール濃度は他の村のものより低い。
宿の主人の話によれば、この村の人々の出身地は水が悪いため、酒類というのは水代わりなのだそうだ。その影響で、他の村の酒類に比べてアルコール濃度が低いのだという。
「そろそろ部屋に戻るか。」
リュウヤの言葉を合図に、これまた早めにとった宿へと向かった。
早めの夕食、早めの投宿。
共に理由がある。
今夜、ユーリャがロマリア村に戻らなかった場合、大地母神神殿内の、「聖女を早急に総本山に送れ」と要求していた派閥が動く可能性がある。
それに対処するためなのだ。
もし襲撃があった場合、食事を摂る余裕がなくなるかもしれず、自分たちはともかくとして、ユーリャがそれに耐えられるかが未知数だからである。
サスケとサイゾーは、宿の近くの木に登り見張りをしている。
そして、時間は夜更けへと入っていった。