ユーリャとエストレイシア
呆然と、大きな口を開けて固まっているユーリャを見て、
「こちらの方が、大地母神の?」
エストレイシアがリュウヤに確認するように尋ねる。
「ああ、そうだ。大地母神イシスの聖女、ユーリャだ。」
「なるほど。サクヤ様より聞いておりますが、よろしいのですか?」
ユーリャを保護する。それは既存の大地母神神殿に喧嘩を売ることになりかねない。
「彼女は、神託を受けてこの地に来た。その身の安全を確保するために、龍王国がその身を保護した。そのどこに不都合があるのだ?」
リュウヤの言葉は、明らかな強弁である。だが、ユーリャ本人が神託を受けて来た、そう明言しているのだ。
それを利用しない手はない。
エストレイシアは笑みを浮かべながら、
「陛下には、ひとつ伝えていなかったことがございます。」
そう切り出す。
リュウヤは黙って続きを促す。
「陛下は、我らが麾下に入るきっかけをパドヴァでの宣言である、そう思っておられるようですが、実は違います。」
「・・・・。」
「おそらくはそちらのユーリャ殿と同じ時期、陛下が始源の龍を復活させた頃に、調和者より言葉を受けておりました。」
「・・・・?!」
ここでリュウヤは気付く。
調和者と大地母神。両者はある点において共通する存在なのだ。
ある点、均衡を保つという点において。
「まさか、調和者と大地母神は同一神ということか?」
多神教世界において、別の神だと思われているものが、実は同一神だということは、ままあることだったりする。
北欧神話の主神オーディンの妻フリッグと、大地母神フレイヤを同一視する者もいるほどに。
また、日本では「神仏混淆」によって、神道の神々を仏教の仏とを同一視させることで、神仏論争を終結に導いている。
この世界では、それは当たり前のことなのだろうか?
「私の知る限りでは、調和者と大地母神以外では、破壊神ディルハンと始源の龍が同一視されているくらいです。」
ただ、始源の龍は「混沌の神」とされることから、死後の世界、いわば冥府の神と同一視されることもあるというから、あまりアテにはならないようだ。
「ならば、ユーリャを引き取ることに、少なくともアールヴたちは反対しないということでよいのだな?」
エストレイシアは頷く。
あとは、アリフレートの身辺警護と、王宮へと連れて行くだけだ。
「ロマリア村に残っている、アリフレートの保護の手筈は整っているか?」
厳密に言えば、アリフレートとその賛同者の保護である。
「無論。」
短い返答に、エストレイシアの自信が見て取れる。
「勝負は今夜となりましょう。」
その言葉と不敵な笑み。敵対する相手が今から可哀想になる。
「あの〜。私を引き取るとか、アリフレート神官長を保護とかって、話が見えないのですけど?」
恐る恐る、ユーリャが口を挟む。
「君を巡って、大地母神神殿内で争いが起きている。それに巻き込ませないために、アリフレートに頼まれた。」
「!?」
「だが、自分だけ助けられても目覚めが悪いだろう?だから、アリフレートらを助けるための算段を立てている。」
リュウヤ個人として言えば、理由はそれだけではない。
この聖女サマの首に鈴をつける役割を、アリフレートらに押し付けたいのだ。
「ありがとうございます、陛下!!」
リュウヤの思惑など知らぬユーリャは、素直に感謝する。が、そこは天真爛漫な聖女サマ。
「やっぱり、私が好きになっただけのことはあるわね。」
と胸を張る。
「それとも、私に惚れたのかなぁ?」
そう続けてリュウヤに身体を預けるようにしなだれかかる。
「調子にのるな。」
リュウヤはそう言ってユーリャにデコピンを食らわす。
「むー!!」
額を抑えるユーリャ。
「一緒の部屋で寝た仲なのにぃ。」
「お前が勝手にきてベッドで眠って、俺は床で寝た。それだけだな。」
あえて誤解を生む物言いをするユーリャだが、リュウヤはそれを切って捨てる。
「その手があったか。」
思わぬ方向から言葉が入る。
「閨に呼んでもらえぬなら、こちらから閨に行けばよかったのだな。」
あの、エストレイシアさん。何をおっしゃっているのでしょう?
目が本気なんですけど?
「その時は私も!!」
エストレイシアの言葉にユーリャが乗っかる。
「そういうことは大人の色気が出てから言え!」
すかさずユーリャに反撃するリュウヤだが、
「ほう、その言葉は私なら良いということだな。」
言葉が足りなかった。
「いや、エストレイシアもダメだ。俺は側室を持つ気はない。」
「つれないではないか。私のような美女に言い寄られてその態度では、衆道趣味かと周りに思われるぞ?」
衆道とは、簡単に言えば同性愛のことである。
織田信長と前田利家、武田信玄と高坂昌信、徳川家康と井伊直政がそういう関係であったと言われている。
「俺にその気はない!」
「ならば良いではないか。」
このような堂々巡りが、しばらく続いた。
前田利家は、織田信長とそういう関係であったことを誇らしく語っています。
また、武田信玄は高坂昌信宛に、浮気の弁明の手紙を送っています。
徳川家康と井伊直政は、手紙や証言は残っていませんが、その寵愛ぶりから関係があったのではないかと言われています。