それぞれの開戦
シヴァの1回目の急降下を確認した巫女姫とギイは、攻勢に出ることを決断する。
龍人族は男女ともに魔力が強く、身体能力も高いのだが、始原の龍シヴァが復活し、その影響により力を取り戻しつつあるとはいえ、現段階で戦える龍人族は少ない。巫女姫を含む120人が参加するのだが、近接戦闘に耐えうるものはそのうち30人前後。その近接戦闘に参加する者たちは、ギイの指揮下に入る。残りは巫女姫が指揮する支援部隊となる。
「行くぞ!」
ギイの号令に、ドヴェルグ・龍人族混成部隊が出撃する。
そして、巫女姫たち支援部隊は魔法発現のための詠唱を始めていた。
イストール軍の先鋒隊の後方は、シヴァの急降下によって混乱しているが、その急降下を受けたのが先鋒隊の最後方であったこともあり、最前の部隊に混乱はない。
そこに、ドヴェルグ・龍人族混成部隊が眼前に現れたため、戦意をみなぎらせていた。
「出てきたか。」
先鋒隊2500人を指揮するのはネイ・ギュスターという男だった。ラムジー四世の側近の一人であり、ギュスター侯爵の長男である。幼い頃からラムジー四世に仕えており、その気質も粗野で粗暴、好色と、見事に主君と類似していた。
「穴蔵に引っ込むとばかり思っておったが、出て来てくれるとは好都合。奴らを踏み潰してしまえ!」
見敵必戦とばかりに、突撃を命じる。
この指示は間違ってはいない。敵が攻め込み難い洞窟から出て来たのなら、一気に突破して洞窟に雪崩れ込む。それができれば最良。できずとも、数で圧倒しているのだ。コイツらの数を減らすだけで、後は楽になる。
そのネイの判断は間違ってはいない。だが、すでにネイは数で圧倒していることにより油断していた。油断していたがために、ドヴェルグたちの装備に注意を払わなかったし、その後方の魔力の高まりに気づかなかった。
ギイ麾下の部隊は方陣を組み、一糸乱れず進んでいたが、敵軍が攻勢に出たことを確認すると、ハルバードを構えて停止する。全身を鎧に包まれた、完全武装の部隊が迎え撃つ姿勢を見せる。
巫女姫たちの支援部隊による詠唱は続いている。力が完全に戻っていたなら、詠唱すること無く使えた魔法も長い詠唱を必要としてしまう。それだけで無く、現在の魔力ではひとつの術式を実行するためには、複数の術師の魔力が必要となってしまっている。
「皆さん、目を閉じて!!」
巫女姫からの念話が、ギイ麾下の部隊員たちの頭の中に届く。
自分たちと、押し寄せるイストール軍の間に巨大な光球が現れる。目を閉じた数瞬の後、その光球が弾けて閃光が周囲を包む。
龍人族の魔力では、、今はこれが精一杯の支援だった。
だが、それで十分。突然の閃光により、しばらくの間は視力を奪われているだろう。
「突撃じゃあ!!」
ギイの号令一下、ドヴェルグたちはその身長の倍もあろうハルバードをふるって突撃していく。この部隊に参加している龍人族も、次々に矢を放ってドヴェルグの突入を援護する。
閃光により視力を奪われたイストール軍は、いとも簡単にギイたちの突入を許した。まるで、熱したナイフに切られるバターのように。
第二陣、第三陣は悲惨な状況にあった。
シヴァの急降下からの急上昇により発生する、その衝撃波により吹き飛ばされ、多数の死傷者をすでに出している。指揮官も死傷者の列に並んでいる。
代わりを努めようとする者も何人かいたのだが、シヴァの背に乗っているふたりから放たれる矢によって撃ち抜かれてしまい、その混乱は治る気配をみせない。
第二・第三陣は壊滅していた。
最後方にいたデュラス男爵は、最初のシヴァの急降下を見たとき、それがなんなのか理解できなかった。そのため、それがもたらすことも、想像できなかった。シヴァが急降下したのが、第一陣と第二陣の間という、最後方から遠い場所であったことも影響していただろう。
しかし、二度目の急降下の後、それによってもたらされた事態を理解し、もたらしたものの存在を理解した。
「始源の龍か!!」
枯死寸前、そう聞いていたあの始原の龍が復活していたなどとは・・・。
「養父上!!」
少年が駆け寄ってくる。
「ジゼルか。」
少年は前線を向きながら、
「なにが起きているのでしょうか?」
「わからん。」
デュラス男爵の返答は簡潔だった。
「わからんが、陛下の身が危ういかもしれん。」
そういうと愛馬に跨る。
「陛下の元に急げ!」
はっきり言ってしまえば、あの愚王が死のうと知ったことではない。むしろ、死んだほうがイストール王国にとってはありがたいだろう。それでも、臣下である以上、救出に向かわねばならない。その複雑な心中を隠し、デュラス男爵は救援に向かった。
ラムジー四世は、なにが起きているのか理解できなかった。
1万5千の大軍を擁して攻め込んだ。総数2千人足らずの地に。人数からして、負ける要素などないはずだった。なのに、この混乱ぶりはなんだ?
黒く輝く身体を持ったなにかが急降下してきた。それを二度繰り返しただけで、中央の部隊は混乱を極め、一部は潰走し始めてさえいる。
親卒している近衛隊も、表立った混乱こそないが動揺は広がっている。
当たり前だろう。眼前で、まともに攻撃を受けたわけではないのに潰走している部隊がいるのだ。急降下と急上昇を二度行っただけで、なにが起きたのだろう?
そんな動揺が広がる中、潰走する兵に混じってこちらに来る人影が見えてくる。
悠然と軽やかにこちらに向かって歩いている。
その姿を見た者には、まるで死神のように感じられた。