ロマリア村の夜
夕食。
当たり前のようにリュウヤの隣の席に座るユーリャ。
そして、リュウヤが手をつける料理をいちいち説明している。
説明といっても、
「これ、私が作ったの。」
「これは、私が手伝ったの。」
「このキノコ、私が採ってきたの。」
というものばかりだが。
ユーリャのこういった小さなことでも報告し、褒めてもらおうとする言動を見て、リュウヤはひとつのことに思い当たる。
この娘は自分に父親を重ねて見ているのではないか、と。
そう考えると、彼女の行動の幾らかは説明がつく。
彼女は寂しがり屋なのだろう。肉親の情というものに縁遠く、12歳まで生きていたという家族も、娘が聖女とあっては簡単には会えなかっただろうことは容易に想像できる。
たとえ会えたとしてもその時間は短く、通常の家族とは全く違ったものだろう。
「明日は、ピリン村に行くんだよね?」
「ああ、そうだ。」
寂しそうな顔を見せるユーリャに話しかける。
「ユーリャ、一緒に来るか?」
その言葉に、まさに日が差したかのような顔を見せる。
「いいの!?」
「そこの神官長サマがいいと言ってくれたら、だがな。」
その言葉を聞くなり、光の速さでアリフレートを見るユーリャ。
縋るような、それでいて"反対はしないよね?"と言わんばかりの迫力を見せるその瞳に、アリフレートは思わずたじろぐ。
ユーリャの迫力にたじろぎながらも、アリフレートはリュウヤの言葉を読み解いていく。
すでにユーリャをリュウヤの元に送ることは決めている。
無論、極秘で計画を進めて、一気にそうするつもりだったのだが、その計画が漏れないとは限らない。漏れれば、当然ながら邪魔が入る危険性が高くなる。
それならば下手に準備期間を置くよりも、拙速でも一気呵成に進めた方が安全ではないか?
しかも、復活を遂げた龍人族を束ねる男が一緒なのだ。
噂に聞くその武勇伝は、誇張があるにせよ、一人で100の兵に優る。
だったら、
「ええ、よろしいですよ、ユーリャ様。」
「やったぁ!!」
喜びを隠そうともせず、ありがとうとばかりにアリフレートに抱きつくユーリャだった。
夜。
宿泊棟という、本来なら大地母神に仕える神官のためのものだが、空室がたくさんあると言うことで、そこに泊まらせてもらっている。
それぞれ個室を与えられているというのも、特にマテオにとっては良かっただろう。
そして今、4人はリュウヤの部屋に集まっている。
「やっちまったなあ。」
これはユーリャ受け入れを即決したことと、視察について来ることを提案したこと、後悔とはまではいかないものの、あまりに考え無しだったかと自嘲している言葉である。
「ダグたちの様子見が主目的だったのに、課題が降り積もってきたな。」
初日のラスタ村以外の村で、それぞれ課題を抱えてしまっている。
アルナック村のダグたちは、もともと抱えるものだったからまだいい。
ニシュ村のシニシャの動向や、このロマリア村のユーリャなどは完全に想定外だ。しかも想定以上の重大性を孕んでいる可能性すらある。
そして、今回のユーリャ。
やりよう次第ではあるが、大地母神神殿勢力の大半を敵にする可能性すらある。
「よろしかったのですか?」
シズカの言葉は、リュウヤの意志の再確認である。その答えは、彼女の予想通りのものであった。
「ああ、あれでよかった、と思う。」
どのみち受け入れを決めた以上、早いか遅いかの違いでしかない。
受け入れが正しいかどうかは、また別の問題である。
「アルテア、ニシュ村に来ていたあの蜘蛛はまだいるのか?」
ナスチャの手紙(?)を持って来ていたあの蜘蛛のことだ。
「はい。こちらに。」
アルテアの背中からひょいと、顔を見せるサスケより一回り小さい蜘蛛。
「アルテアは明日以降、ユーリャから離れるな。サスケと・・・、それにも名前があった方がいいな。」
少し考えてから、
「サイゾーも一緒にな。」
サイゾー。サスケがいるのだから、この蜘蛛も真田十勇士から名前を取ることにした。もちろん、霧隠才蔵からである。
「わかりました。」
アルテア自身に戦闘力はなくても、サスケとサイゾーがいれば、もしもの時でも自分やシズカが行くまでの時間稼ぎはできる。
「マテオ、お前は自分の身を守ることを最優先せよ。そしていざという時は、森の中に逃げ込み応援を要請しろ。」
「わかりました。」
そう返事をし、そこから
「ですが、そこまで必要なのでしょうか?」
そう疑問を呈する。
そう思うのも無理はない。普通の信徒であれば、聖女のいる集団を攻撃するなどとは思いもよらないだろう。
だがアリフレートの話では、可能な限り早くユーリャを大地母神神殿に迎えようとしている者たちもいるとのことだった。ならば、今回のことを奇貨として連れ去ることを考える者がいてもおかしくない。
ここに来る以前から、総本山の者たちが入り込んでいるのなら、その機会を伺っている者がいてもおかしくはないのだ。
そう説明を受け、マテオは納得する。
「シズカ、サクヤにユーリャのことを伝え・・・、いや、いい。これは俺が直接伝えるべきことだった。」
自分がそういう対象だと思っていなくても、他者から伝えられるのと、自分が直接伝えるのではサクヤの受け取り方も変わってくる可能性がある。
無用の誤解を招かないためにも、自分が伝えなければならない。
どう説明するやら、そんなことを考えるリュウヤを見て、シズカはわずかに口元に笑みを浮かべていた。




