ユーリャ
うーん・・・
神殿を出る際、アリフレートはとてもすまなそうに
「本当にすみません。聖女様は、言い出したらきかないんです。」
と言う。
たしかに、と内心でアリフレートに同意する。
それと同時に、聖女サマの手綱を握るのがお前の役目じゃないのか、そうツッコミを入れたくもなるが。
ユーリャの案内で、ロマリア村を見て回る。
だが、すぐにそのことを後悔する。
目立って仕方がないのだ。
ほんの数メートル歩けば、ユーリャは誰かに声をかけられる。
いや、これでユーリャがこの村で、相当な有名人なのは理解したのだが、だからといってその恩恵が自分たちにあるわけではない。
むしろ、色々と見て回りたいにもかかわらず、そのせいでまったく捗らないのだ。
これはとんでもない誤算だった。
視察前に、エストレイシアやルドラが村々の基本情報のレクチャーをしようとしたのだが、"事前に情報を入れてしまうと先入観ができてしまう"、そう言って断ったのが裏目に出た。
この聖女サマのことを聞いていたら、あの神殿に行こうとは思わなかったに違いない。それ以前に、この村に来ることを躊躇ったかもしれない。
「どう?凄いでしょ、私の人望。」
「人望があるのかは知らんが、人気があるのはわかった。」
「むーっ!」
ユーリャは頬を膨らませて抗議するが、リュウヤは"はいはい"と軽くあしらう。
「あの方は、大地母神様の聖女、なんですよね?」
ふたりのやりとりを見たアルテアが、小声でシズカに話しかけ、シズカは小さく頷く。
「聖女様のイメージが壊れそう。」
アルテアの呟きに、マテオが同意するように頷いていた。
ユーリャが一方的に絡んで来るため、その相手をせざるを得ないリュウヤだが、それでも情報は聞き出そうと試みている。
「ユーリャは聖女サマということだが、何か理由があって聖女になったのか?」
あちらの世界で聖女と言えば、キリスト教カトリックにおける聖人に列せられた女性のことだ。
だから、カトリックの総本山たるヴァチカンの法王庁による認定がなければならない。
他の宗教で聖人・聖女というものがいるとは、寡聞にして知らない。
そして、現代において最も知られている聖女は、インドの貧しい人々のために生涯を捧げた「マザー・テレサ」だろう。
だが、この世界で聖女とは一体どのような存在なのだろうか?
あちらの世界では、法王庁による認定という制度のため、基本的に聖女とは生前に贈られる称号ではない。
だから、あちらの世界の常識に当てはめるならば、ユーリャの年頃で聖女というのはありえない。
「胸に印を持って生まれたから、かな?」
首を傾げながら、ユーリャは答える。
「なるほど。聖印らしきものはあっても、御利益はない、と。」
そう言った途端、リュウヤの頭に衝撃が走る。
「御利益が無いなんて、なんてことを言うんだい!!」
つい先程まで、ユーリャと話していた女性が手に持っていた蕪でリュウヤの頭を殴りつけたのだ。
その場にうずくまるリュウヤと、唖然として固まる一行。
我に返ったマテオがその女性に詰め寄ろうとするが、リュウヤが手振りで押し留める。
「いいかい?ユーリャ様が天啓をお受けになられて、この地に移住を決められたんだ。はるか北の荒地からね。」
そこで大きく息を吸い込む。
「そしたらどうだい?こんな豊かな土地に移住できて、しかもこの国に入るってなったら、五年も税金を免除してくれたんだよ!これが聖女様の御利益でなくてなんだってんだい!!」
色々と反論したいことはあるが、ここは素直にこの女性に謝罪をする。
「あれ?私に謝罪はないの?」
「無い。」
抗議するユーリャに、きっぱりと返答する。
「えー、なんでぇ?」
「いいか、ユーリャ。君はたしかに天啓を受けたのかもしれない。そして貧しい人々をここまで導いて来たことも認めよう。だけど、この地を開拓したのは村人たちの力だ。そして、税金の免除を勝ち取ったのも、その交渉にあたった村人の功績だ。そこで、君は何をしたのかな?」
「・・・うーっ。」
リュウヤに言いくるめられ、反論できずにうなるユーリャ。
「いいんだよ、聖女様。聖女様がこの地におられるだけで、御利益を感じていられるのだから。こんな屁理屈男の言葉なんて、そこらへんのネズミにでも食わしちまえばいいのさ。」
「ありがとう、アリョーナ。お陰でスッキリしたわ。」
アリョーナがこの場から去ると、
「やっぱり凄いでしょ、私の人望。」
薄い胸を反らして言う。
「そんなに胸を反らすと、貧相なのが周りにバレるぞ。」
リュウヤの返しに、
「むーっ!」
とユーリャは拗ねる。
「私だって、あと何年かしたら大きくなるんだから!!」
賑やかな視察は、この後も続いていた。
最初が最初だったせいか、リュウヤのセクハラ(と、とられかねない)発言の多いこと。
大地母神というのは、基本的には豊穣を司る女神ということになります。そのせいか、性に関して奔放な女神が結構いるんですよね。
北欧神話のフレイヤなんてまさにそうだし。