ロマリア村の神殿
うーん・・・。
リュウヤの判断基準を示すためとはいえ、現世の政治的なものの記述が増えてしまった。
翌日、乗り合い馬車の停留所で、なぜかシニシャとイヴァナに見送られながら、リュウヤらは次の村ロマリアに向かう。
アルテアの手には、イヴァナが作った軽食の入った籠がある。
「腹が減ったら、これでも食べな。」
そう言って強引に渡されたのだ。
せっかくなので、馬車の中でそれを食べる。
「次の村は、どこかの神殿が中心になって開拓したのだったな。」
「はい。昨夜、アイロラ様からいただいたメモによれば、大地母神イシスの神殿の手による者たちとのことです。」
アイロラは、作業を終えた後に宿に寄って、メモを渡して行ったのだ。
「大地母神イシス、か。」
大地母神イシスの神殿は、他の宗教への理解もあり、また寛容なのだという。
その評判通りならば良いのだが、違った場合は厄介だ。
かつてのキリスト教や、イスラム過激派のような思考の持ち主が相手となると、殲滅する以外に手がない。
「大地母神イシスというのは、どれほどの信徒を持っているのだ?」
「はい。イシス様は、主に私やマテオ様のご実家のような、農業に従事する者たちの信仰を集めています。」
アルテアの言葉に、
「すると、この世界最大規模の信徒数と見たほうが良さそうだな。」
信徒に農業従事者が多い。似てると思う。あの織田信長ですら手を焼いた一向宗に。
意外かもしれないが、農業従事者というのは頑健な体を持っている。そして、この世界の殆どの国が兵農分離をしていない。ことが起これば兵士として動員され、戦うのだ。
この龍王国では、農民の蜂起の防止対策として兵農分離と武器の回収を推し進めている。これは、新興国ならではの施策といえるかもしれない。
神殿勢力の牙を抜く必要があるだろう。
国内において武器の所持の禁止と、世俗の権力を求めないことの確約。
最低限、このふたつの条件は呑んでもらわねばならない。
そんなことを考えていると、ロマリア村の停留所に到着した。
「長閑だな。」
それがロマリアに着いた第一印象だ。前日にいたのが、殺伐とした雰囲気を残すニシュ村だったから、余計にそう感じるのかもしれない。
停留所から見える位置に、大地母神イシスに関連しているのであろう建物が見える。
「あの建物に行ってもいいですか?」
アルテアがリュウヤに訴えかける。
大地母神イシスは農業従事者が信仰しているというから、実家が農場主のアルテアはその信徒なのかもしれない。
「かまわないぞ。俺も中がどうなっているのか、興味があるからな。」
あちらの世界、日本において建設業に従事していたこともあってか、この世界の建築物には強い興味がある。
アルテアが扉を叩くと、中から男の声がする。
「どちらさまかな?」
その声とともに扉が開き、神官服を着た男が現れる。
「神官様でしょうか?朝早くから申し訳ないのですが、是非とも礼拝をさせていただきたいのです。」
アルテアが神官に申し出ると、その神官は快く応じる。
「どうぞ旅のお方。中に入って、存分に礼拝をなさってください。」
その言葉に、アルテアとマテオは祭壇の前に行き、祈りを捧げる。
リュウヤとシズカは扉の脇に立ち、ふたりの様子を見ている。
「おふたりはよろしいのですか?」
「ああ、俺たちは大地母神の信徒じゃないんでね。」
「かまいませんよ?我が神は、信じている神を選びませんから。」
それが、この世界に遍く恩寵を与えるという、大地母神というものなのかもしれない。
祈るそぶりを見せないふたりを、別室へと案内する。
「私はこの神殿、というにはかなり齟齬がありますね。」
そう笑い、
「まあ、あずかっているアリフレートと申します。」
どこか人好きのする笑顔でリュウヤとシズカに挨拶をする。
「俺はルシウス。こちらがコクヨウ。傭兵をしている。」
「傭兵ですか。あのお二方も?」
「そうだ。少女の方は、まだ見習いってところだがな。」
「あまり感心は致しませんね。年端もいかない、しかも女性を傭兵にするなどとは。」
「完全に同意することではあるな。だが、そうならないようにするには、各国が戦を止めねばならんだろう。」
それだけではない。
現代日本人は、戦争=悲惨なものと単純に捉えがちだが、それは20世紀以降の戦争には当てはまるかもしれないが、それ以前の戦争には別の側面がある。
例えば民兵として徴集された者たち。彼らにとって、戦争に伴う略奪は貴重な収入源となっている。
また、軍というのは基本的に男ばかりであるため、その駐屯地周辺には売春婦を行う女性(素人含む)やその業者が集まり、ひとつの町を形成することさえある。
かつて、大阪府知事と大阪市長を歴任した橋下徹氏は、府知事在任中にそのことを指摘したが、自称識者やマスメディアから袋叩きにされた。
袋叩きにした方の、歴史に関する無知をさらけ出した格好だが、そのことに彼ら自身は気づいていないようである。
「たしかにそうですね。」
リュウヤの指摘に、アリフレートは同意する。
「本気で戦争を無くしたいなら、まずは自国民を腹一杯食べさせることだな。それを全ての国ができるようになれば、かなりの戦争は無くなるだろうよ。」
そんなことはできないだろうが。
それぞれの国の気候にもよるが、それ以上に問題になるのは水だ。
農業というのは殊の外、水を必要とする。どんなに広大な土地があろうとも、水が無ければ作物は育たない。
例えば、愛知県三河地方は現在でこそ農業生産力の高い地域だが、それは明治になり、明治用水という農業用水路が作られたからである。それまでは矢作川などの河川の流域でしか作物は育てられず、農業生産も安定しなかった。
それに対し、面積では三河地方の半分ほどでしかない尾張地方は、米だけでも三河地方全域の米生産量を上回り、それ以外の作物を育てることもできていた。
それもなぜかといえば、木曽川をはじめ、庄内川、山崎川、天白川、五条川等々、河川が非常に多く、大量の水があったからだ。
尾張地方の最大都市である名古屋は、ほとんど知られていないが実は水の街なのだ。
「その通りなのですが、それは難しい問題ですね。」
大地母神を奉じる神殿勢力というのは、基本的には穏やかな者が多いのかもしれない。
少なくとも、こうやって議論が成立するのだから。
「ですが、それぞれの国の欠点を互いに補完し合えることができれば、そういった問題も解消されのではないでしょうか。」
「それができればいいのですがね。」
それをやろうとした政治家が日本にいる。
中東、パレスチナ問題において、日本がパレスチナ自治区で農業指導を行い、そこで採れた作物をヨルダン王国へ持ち込み加工。加工された商品を農業生産力の低いイスラエルで販売するという「平和と繁栄の回廊」と名付けられた構想を打ち出し、実際に実現させた。
その政治家の名前を「麻生太郎」という。
ただ、この構想はその後の日本政府の迷走と中東の不安定化により頓挫してしまう。
「一筋縄で行くものではないな。」
「やはりそうですか。」
このアリフレートは、「平和、平和」と唱えていれば平和になると考えているような夢想家ではないようだ。現実というものを理解している。
アリフレートとの会話をしながら考えていると、扉を叩く音がする。
アルテアたちの礼拝が終わったのかと思ったが、アリフレートが対応するより早く扉が開かれる。
開いた扉から姿を現したのは、10代半ばくらいの少女。
その少女に、リュウヤはなぜか既視感を覚えた。
「平和と繁栄の回廊」構想は、第一次安倍内閣で提唱され、実行に移された外交政策です。
その後の福田内閣が、外交の比重を東アジアに移し、さらに続く麻生内閣で再び実行に移そうとしたものの、リーマンショックへの対応のため実現せず。
その後の民主党政権が、その比重を東アジアに大きく転換したために頓挫してしまいました。
ただ、あのまま中東への関与を続けていたら、「アラブの春」以降の混乱に巻き込まれていたかもしれません。