ナスチャの手紙とサスケ
夕方。
その日の宿で出された料理は質素なものだった。
麦粥と、いくつかの果実。そして兎肉のスープ。
味付けは塩のみ。
料理だけで見るならば、この村は最初に来るべき場所だったに違いない。
舌が肥えてしまって、味気なく感じられてしまうのだから。
この村での収穫は、やはりあのシニシャの存在を知ることが出来たことだろう。
人口比的に、軍でも人間族の比重が大きくなりつつあるにもかかわらず、人間族の指揮官が圧倒的に不足している。一軍を任せられるのがグィードしかおらず、下士官クラスもほとんどいない。
あのシニシャを迎え入れることができれば、本気でそう思うのだが、問題はあの男が何者なのかだ。間諜だとは思わないが、なんらかの計算があって、この地に来たようにみえる。
「このようなもの、陛下の口に合わないのではありませんか?」
粗食を食べるリュウヤを気遣ってのマテオの言葉だ。
「そうでもないぞ。これはこれで、なかなかオツなものだ。」
それに軍中にあっては、贅沢は言っていられない。事実、先の蟲使いの集落の探索やそれに続く獣人族の国への移動、その間のリュウヤの食事は最下級の兵士と同じものだった。
それに、あちらの世界でも粗食には慣れている。親戚の家をたらい回しにされているとき、まともなものを出されなかった時期だってある。現在ならば、育児放棄と言われる時期だってあったのだ。
美味いとは流石に言わないが、その時に比べれば遥かにマシではある。
そこへ糸にくっ付いた、二つ折りにされた紙がリュウヤの前に降りてくる。
その糸を辿って上を見ると、そこにはサスケともう一匹の蜘蛛がいる。サスケより一回り小さい個体。
サスケがその紙を見ろというふうに、ジェスチャーをしている。
そこでその紙を見ると、表面にナスチャの名前が書かれている。
「ナスチャも字の読み書きができるようになったのか。」
軽く感動を覚える。
龍王国に来た頃は、一切の読み書きができなかったのだ。それが一月ほどで少しは読み書きができるようになったのは、たいしたものだと思う。
実際、文字の読み書きというものは、歳を経るほどに困難になるのだという。
そして、そのまま文字の重要性を知らずに成長してしまうと、その子供もまた文盲となってしまう。それは国の発展を阻害してしまう要素となるのだ。
日本の明治維新が成功した大きな要因には、すでに世界屈指になっていた識字率の高さにある。当時、日本にやってきた欧米人は、庶民が当たり前のように本を読んでいる姿に喫驚したという。なぜなら、当時世界最先端を行くイギリスでさえ、文字を読めない貴族が当たり前のように存在していたのだから。
何が書いてあるのか、楽しみにその二つ折りにされた紙を開く。
「・・・・・・・・、読めん・・・。」
そこには、切断されたミミズがのたうち回ったような記号が羅列されていた。
シズカらも、その紙を見る。
「これは、たしかに読めないですね。」
アルテアが呟き、他の二人も同意する。
そこへ、上から糸が垂れ下がってくる。
どうやら、サスケがそれを渡せと言っているようだ。
その求めに応じて糸にくっ付けると、するすると引き上げていく。
しばらくすると、再び紙が降りてくる。
広げてみると、見事に清書された文字が書かれている。
「サスケが清書したのか・・・」
いや、これはどうなのだろう。読み書きができる蜘蛛というのは、たしかに凄い。ここは素直にサスケの知能の高さを称賛するべきなのか、ナスチャの字の汚さを怒るべきなのか。
いや、ここはサスケの知能の高さを称賛するべきだろう。あの、暗号としか思えない文字を解読し、清書したのだから。
ただ、そこに書かれた文章を見て脱力する。
"文字を書けるようになったぞ、凄いだろ"
本当にそう書いてあったのか、それはナスチャしか知らない。