ニシュ村
ニシュへと向かう馬車の中、ふとリュウヤは疑問を口にする。
「村の名前って、どう付けているんだ?」
これには誰も答えられなかった。
実は村の名前は、その開拓団のリーダーの姓から取られている。
ラスタ村は、パドヴァからの移住団リーダー、パオロ・ラスタから。
アルナック村は、イストールからの移住団リーダー、ドミニク・アルナックからつけられている。
これから向かうニシュ村も、セルヴィ王国からの移住団リーダー、アンドリヤ・ニシュの姓からつけられている。
「セルヴィ王国は、どんな国だったかな?」
ラスタ、アルナック両村は、その開拓団の出身地の特色が出ている。ならば、ニシュ村にもその傾向が見えるに違いない。
「エストレイシア様の報告によれば、鉱工業をはじめとする職人が優遇されているとか。また、麦類の栽培が盛んであるとも、聞き及んでおります。」
シズカの説明である。
鉱工業となると、鍛治職人が多いということだろうか。
すると、ミスリル鉱石を全てダグらに渡したのは不味かったか?
ニシュに鍛治職人がいたならば、その技量を見るためにミスリルの加工を見るのがよかったかもしれない。
ニシュに到着すると、周りを見回す。
ラスタ、アルナック両村に比べて、かなり雑然としている。
また、その喧騒も喧嘩腰のものが多く、どこか殺伐とした印象を受ける。
「この村の帰属は、オスト王国と諍いがあったんだったな。」
「はい。特に税率を巡ってのものが激しかったと聞いております。」
税率はオスト王国が五割に対してこちらが二割。
さらには武力をちらつかせていたというから、オスト王国への反発も相当なものだっただろう。
その名残りなのか、武装した男たちが多い。
これは、絡んでくる者も多そうだ、そう思っていると、早速やってきた。
「なんだ、お嬢ちゃん傭兵を連れてんのかよ。」
下卑た笑みを浮かべた、いかにもな傭兵達が近寄ってくる。
リュウヤは、アルテアを自分とシズカの後ろに移動させる。
傭兵たちはシズカに近づくと、
「仮面のせいで顔はわからねえが、いい体してそうじゃないか。」
顔を一層、近づけながら下卑た笑いをしている。
その次の瞬間、その男が吹き飛ぶ。
シズカの動きは、軽く手で払うような仕草であり、軽装鎧とはいえ、鎧を着た男を吹き飛ばす力があるようには見えなかった。
仲間たちは、当初何が起きたのか理解できなかった。
理解するのに数瞬の時間がかかり、理解した時にはすでにひとりの首筋に剣先を突きつけられていた。
「女だと侮らないほうがいいぞ。」
リュウヤの忠告。
だが、頭に血が上った彼らの耳には届かない。一斉に剣を抜き、リュウヤ達に斬りかかってくる。が、その刃がリュウヤらに届くことはなかった。
リュウヤらとの間に槍が投げ込まれ、続く周囲を圧する声量を持つ男の言葉に動けなくなったからだ。
「やめんか、馬鹿者どもが!!」
「た、隊長・・・!」
現れた男に、傭兵たちはたじろぐ。
「お前たち、何をしている。」
現れた男は、巨人を思わせるような長身・大柄な人物だった。
「い、いや、なにも・・・」
傭兵たちは巨漢の男に威圧され、スゴスゴとその場を離れていく。
「すまんな、旅の方々。」
巨漢の男は頭を下げ謝罪する。
「規律を叩き込んだつもりだったのだが、つもりでしかなかったらしい。」
嘆かわしいことだ、そう続ける。そして、
「名乗りが遅くなったが、俺はシニシャ。この村の守備隊の隊長をしている。」
「俺はルシウス。パドヴァ出身の傭兵だ。この娘はアルタ、仮面を付けた方はコクヨウ。」
「私はマテオと言います。」
マテオのみ実名である。これは、マテオという名が一般的な名前であることと、マテオ自身が特徴ある顔立ちをしているわけではない、平凡な顔立ちであるために憶えられにくいためでもある。そのため、あえて偽名を作る必要性を感じなかったのだ。
「コクヨウ殿の先ほどの動きは見事なものだったな。」
シズカは軽く一礼する。
「?」
「コクヨウは喋れないんだ。」
ダグらに説明したのと同じ内容を、シニシャにも話す。
「出会った頃は名前もなかったのだがな。その黒い綺麗な髪が、まるで黒曜石のようだろう?だから、コクヨウと俺が付けたのさ。」
シニシャはなるほどと、納得する。たしかにその髪は黒く美しい。
「おや、あんた達は・・・」
リュウヤらに声をかけてきたのは、昨日、馬車に同乗していた恰幅のよい女性だった。