アルナック村の夜
地域大国たるイストールとの交易路となっているだけに、アルナック村は栄えている。
物資はもちろん経済的にも、開拓地の村の中で最も豊かである。
それだけに、ここを軍事拠点にするのは難しい。
かつて豊臣秀吉が、博多を"唐入り"への拠点にしようとしていたが、その繁栄ぶりから肥前名護屋に拠点を移した事例がある。
アルナック村もその例に倣うことになりそうだ。
それだけ栄えている村だけに、この村の宿はいくつかある。
リュウヤたちが投宿したのは、リサーチした中で最も評判の良い宿だった。
評判の良い宿=宿泊費が高い宿でもある。
リュウヤ自身は安宿でもよかったのだが、
「安宿に泊まっているようでは、傭兵として足元を見られるのでは?」
というマテオの意見が採用され、今回の宿となった。
宿を確保して、夕刻まで村内を見て回った。
夕刻、宿に戻り一番隅の席に座る。
料理はやはりというべきか、畜羊が盛んなイストールとの交易があるだけに、羊肉づくしだった。
羊肉の香草焼きだったり、ラムチョップ(骨つき羊肉)だったり。アイリッシュシチューに似たシチューもある。
そしてキッシュ。
キッシュとは、地球ではフランスのアルザス=ロレーヌ地方の郷土料理の一つである。パイ生地、もしくはタルト生地で器を作り、卵と生クリームを使った食べ物である。具材としては、挽肉や野菜を入れるのだが、リュウヤはキッシュを見て一瞬固まる。
「どうかなさいましたか?」
アルテアの言葉に、
「キッシュにいい思い出が無くてな。」
バイクでのツーリング途中で立ち寄ったある店で、初めて見たキッシュを食べたのだが、途轍もなく甘くて、ひとつ食べたら胸焼けに襲われた記憶が蘇る。
さすがにこの世界で甘いキッシュが出てくるとは思わないが、それでも身構えてしまう。
「あちらの世界と同じものとも限らんのだがな。」
そう言うと、一口食べる。
やはり、かつて食べたものとは全く違うものだった。
「これは、なかなか旨いものだな。」
そう言って食べ進める。
それを見て、皆も食べ進めはじめた。
食後、大きな宿だけあって風呂もある。
入浴してさっぱりすると、リュウヤは宿の中庭に出ている。
設置されているベンチに座り、空を見上げる。
「陛下。」
シズカたちがリュウヤの元に来ていた。
「その呼び方は・・・」
止めろ、そう言い終わる前に、
「結界を張っていますから、私たちの話声は周囲には聞こえません。」
シズカに言われる。
「なにしてたんだい、王様。」
ナスチャのぞんざいな口調に、眉をひそめるアルテア。
「俺がいるとマテオが眠れないようなんでな。アイツが寝るまで星を見てようと思ってな。」
「それって、逆なんじゃないのかい?」
主人が部下を気遣って外に出ているなんて、本末転倒もいいところだ。
「本来なら、そうなんだろうな。」
そう答えてから、3人にベンチに座るように促す。
シズカ、アルテアは遠慮しようとしていたのだが、空気を読まないナスチャがどかっと座ったため、2人も座る。
「王様も変なヤツだよな。王様ってのはもっと踏ん反り返ってるものだと思ってたよ。」
その意見には、アルテアも同意する。
「それに、美人を周りに侍らせて遊んでるのかと思ったら、全然、手をつけてないってんだもんなあ。あたしの中の王様のイメージが壊れっぱなしだよ、王様のせいで。」
「それは悪かったな。」
苦笑しながらリュウヤが答える。
「サクヤ様は婚約者だから置いとくとして、フェミリンスにエストレイシアにミーティア、アルテアだっている。なんで手を出さないのか、理解できないね。」
「そこにナスチャもいるのにな。」
リュウヤの思わぬ反撃に、ナスチャの顔が真っ赤になる。
「か、からかってんじゃないよ!」
ナスチャの慌てぶりに、皆が笑う。
「俺は、自分にそれだけの甲斐性があると思っていないからな。」
本音だが、それが理解されるとは限らない。
「王様に甲斐性がなかったら、世の男どものほとんどが甲斐性無しになりそうだけどね。」
リュウヤは幾度目かの苦笑をする。
リュウヤが何かを言おうとした時、
「クシュン。」
と、アルテアがくしゃみをする。
「湯冷めしてはいけないからな。もう、戻るとしよう。」
その言葉で、皆は部屋へと戻ることにした。