アルナック村
ふらふらしているマテオを連れて、馬車でアルナック村に向かう。
村々の往来を促進するために、定期運行の乗り合い馬車を走らせている。
「馬に乗ってなくてよかったな。」
馬に乗っていたら、マテオは落馬していたに違いない。
乗り合い馬車には、リュウヤたち以外に五人乗っている。
四頭立ての大型の馬車であり、人だけなら20人くらいは乗れるかもしれない。
乗客は、それぞれ色々な荷物を持っている。
「その荷物は売り物なんですか?」
アルテアが人懐っこい笑顔で、恰幅の良い年配の女性に話しかける。
「そうだよ、お嬢ちゃん。アルナック村の市場で売るのさ。」
この女性の話によると、アルナック村はイストール王国からの物品と、龍王国の物品とが飛び交い、また両国の商人の出入りも多いことから、色々なものが売れるのだという。
この女性が持ち込む商品は、木で作られた食器だそうだ。その商品をひとつふたつ見せてもらうと、なかなかに手の込んだ装飾が施されている。
「うちの旦那は、グリーシアって国の木工職人だったんだよ。だけど、グリーシアは木を船作りにばかり使ってねえ。こっちになかなか回ってこなくて。」
それでこの地に移住したのだという。
「しかもこの国じゃ、身分証さえあれば誰でも商売をしていいっていうじゃないか。」
移住した者、移住希望者には住民として登録さえすれば、領内の移動の自由を認めている。
ただし、王宮へと至る道が整備されているのは、現在ではアルナック村とラスタ村だけである。
領内の移動の自由と商売の自由は、織田信長の「楽市楽座」を見習ったものである。
「それにね、こんな乗り合い馬車を無料で走らせてくれるんだから、使わない手はないだろう?」
これも、リュウヤが人の往来の活性化を狙って行った政策である。
人の往来が活発になれば、物や金の動きも活発になる。そこに税金をかければ、税収も増える。
地球において、18世紀半ばより起こった産業革命と、それに伴う鉄道網の整備は、そういった側面があるのだ。
このあたりはアデライードとも綿密に計画して、実行している。
目的地であるアルナック村に到着すると、色々と話を聞かせてくれた女性は、
「あんたたちも、いい雇い主が見つかるといいね。」
そう言って市場の喧騒の中に入っていった。
女性を見送ると、リュウヤたちはいまだにふらふらしているマテオを木陰で休ませると、目当てのドヴェルグの工房を目指す。
目指す工房は、地元の村人に聞くとすぐにわかった。
村の端、そして森から最も離れた場所にその工房はある。
「燃料がたくさんいるだろう。」
と、気を利かせた村人たちが森の近くを勧めたのだが、ドヴェルグのリーダーと思われる者がそれを丁重に断ったのだという。
ただ、それでは不便だろうし、自分たちも鍛治師は生活に必要だからと薪を差し入れているそうだ。
また、ドヴェルグたちは色々は雑事も気軽に引き受けてくれて、とても重宝しているという。
他の村々での建設作業を助けたり、色々な揉め事の仲裁をしたりと、新参者の割には随分と受け入れられている。
ドゥーマらに聞いていた人物像とはかなり違うが、これはかつての失敗から成長したということだろうか?
工房近くまでくると、
「遅かったじゃないか。」
そう声をかけられる。
「ナスチャか。」
蜘蛛使いの少女、ナスチャがそこにいた。
「ドゥーマからの届け物だよ。」
そう言って、厳重に包まれた手のひら大のものをリュウヤに渡す。
「ドゥーマは、アンタに頼まれたものって言ってたけどなんだい、それは?」
「鱗だよ、シヴァの。」
「そんなもの、どうすんだい?」
「加工してもらうんだよ、これもね。」
龍の、しかも始源の龍の鱗だ。そうとうな防具が作れるだろう。
「なるほどね。そうそう、目当てのドヴェルグ、そこにいるよ。」
そう言うと、そのままリュウヤらについて工房に行く。
リュウヤはシズカに仮面を着用させて、工房の扉を叩く。
シズカの仮面は、ダグとギドゥンがシズカの顔を覚えている可能性を考慮してのものである。
そして、扉が開いた。