朝
この世界の朝は早い。
日の出とともに人々は活動を始める。
それよりも早く活動を始める習慣を持つ者が、今回の一行にはいる。
リュウヤ付きの侍女であるアルテアだ。
普段の習慣からいつも通りに夜明け前に起床し、身支度を整えようとして、そこで気づく。
「王宮じゃなかった。」
と。
それどころか、今は宿の宿泊客であることを思い出す。
宿泊しているのは、宿の二階の部屋。部屋の窓から外を見るとまだ夜は明けておらず暗い。
部屋を見回すと、シズカがまだ眠っている。
起こしていいものか、また外に出ていいものか悩んでいる。
おそらく、その悩みを共有してくれるであろうマテオは、リュウヤと同室であり、この部屋にはいない。
うーんと悩んでいる間に、シズカが目を覚ます。
「おはようございます、シズカ様。」
「ああ、おはようアルテア。」
起床したシズカを見ると、その長く美しい髪が、とても残念な姿に変化している。
「シズカ様!こちらにお座りください!」
慌てて椅子を用意して座らせると、櫛を自分の鞄から取り出してシズカの髪をすいていく。
「ありがとう、アルテア。朝はいつもこうなんですよ。」
だから早く起きる習慣がついているようだ。
アルテアの方はというと、シズカの髪をすいていくのが楽しいようだ。
なにせシズカ付きの侍女はいない。自分が侍女の中で初めてその長く美しい髪を触ったのだから。
「陛下の髪も、アルテアが整えているのですか?」
「いえ、陛下は短く揃えていらっしゃいますから。」
たしかにリュウヤは、襟足が肩に届くかどうかの長さのため、アルテアに整えてもらう必要はないかもしれない。
「こんな会話をするのは、サクヤ様とトモエ以外では久しぶりですよ。」
普段、あまり喋らないからか近寄りがたい存在と思われている。
「シズカ様は、あまりお話をされないですから。私ももっと近寄りがたい方かと思っていました。」
アルテアが見たシズカは、たしかにあまり話をしない。だけどとても気遣いができ、自分のような侍女にも分け隔てなく接してくれる優しい女性だ。
王宮では、サクヤ様の護衛ということもあり、より近寄りがたい雰囲気を出しているのだろう。
「シズカ様。この視察が終わってからも、お話させていただいてもよろしいでしょうか?」
「かまわないとも。サクヤ様の護衛という役目もあるから、それほど機会がないかもしれないけれど。」
シズカはシズカで、なぜリュウヤがアルテアを側に置いているのかを理解したような気がする。
本当に色々とよく気がつくし、なによりもその人懐っこさだ。人の懐にあっさりと自然に入り込んでくる。
それがなぜか心地よい。
そのせいか、この少女相手だと不思議と口が軽くなる。
「はい、できました!」
無残な姿をさらしていたシズカの髪が、綺麗に梳られている。
「自分でやるよりも、よほど綺麗になっています。ありがとう、アルテア。」
これからも頼みたいくらいですよ、そう言ってアルテアに笑いかける。
シズカは身支度を整えると、アルテアと一緒に一階へと降りて行った。
一方、リュウヤと同室になったマテオ、明け方近くまで眠ることができなかった。
まともな精神の持ち主なら、仕える王様と同じ部屋で眠ることなどできないだろう。
その結果、眠ることができたのは明け方近くになってからであり、そのおかげで主君に起こしてもらうという栄誉を受けることとなった。
この日、マテオは寝不足でフラフラになっている状況で、視察に同行することになったのである。