ラムジー四世
陣中にあって、ラムジー四世は得意げになっている。
次々にオアシスを焼き払うが、まったく抵抗を受けない。
この軍勢を見て逃げ出したに違いない。そう勝手に確信していた。
この出兵に参加した貴族たちは、口々にラムジー四世を褒めそやすものだから、ますます尊大さに拍車がかかってしまっている。
龍人族とドヴェルグ、合わせて最大2千人と推定されるところを、1万5千の兵をもって攻めるのだ。負けるなどとは考えることさえできない。
ただ、あまりの抵抗の無さに罠の存在を疑うことができるだけの知性を持った者もおり、ラムジー四世に注進する。
「罠だと?」
ギロリと注進してきた貴族を睨む。
ラムジー四世の気まぐれさは、即位3年で国内に知れ渡っている。正当な諫言であってさえ不興を被ることも多く、処罰を受けた者は数多い。デュラス男爵は内心「マズかったか」と肝を冷やす。
「臆病風に吹かれましたかな、デュラス男爵。」
取り巻きの貴族のひとりが、揶揄するように言う。
デュラス男爵は、壮年であり軍歴も長い。先王ラテール五世に付き従い、また今でもフィリップ王子とともに前線に立っている。
今回の参陣は、たまたま王都に来ていたおり、周囲の圧力に負けたもので、参加などしたくはなかった。ただ、参加した以上は、しっかりと努めは果たすつもりでいる。
「そう揶揄するな。余は寛容だ。罠だと思うならば、その理由を述べてみよ。」
デュラス男爵は"どこが寛容だ"と毒づきたくなるのを抑え、意見を述べる。
「あまりに抵抗がなさすぎます。これは、我が軍を奥まで引き込むための策かと思われます。」
「ほう。すると奥まで引き込んだ先に、罠を仕掛けると言うわけか。」
「御意。ドヴェルグが優れた鉱山夫であること、このあたりの地形を考慮いたしますれば、落とし穴が一番考えられるかと。」
ドヴェルグが掘るとなれば、その落とし穴はかなりの大きさになりうる可能性があり、そこで我が軍の兵をある程度減らした上で、得意の迷宮戦に持ち込もうとするのではないか、そう意見具申をする。
「なるほど、さすがは歴戦の強者であるな。至極、道理である。」
ラムジー四世は部下に、罠がないか慎重に確認しながら進軍するように指示を出す。デュラス男爵の意見は受け入れられた。だが、不興を買わなかったわけではなかった。後方に下がるように命じられたのだ。名目上はその指揮する兵が少ないから。なにせ急な出兵だったために150名しかいない。だが本音のところは、一旦戦闘になれば歴戦の強者たるデュラス男爵が周囲の兵を指揮してしまうことになり、取り巻きの貴族たちが手柄を立てられなくなってしまうからである。
手頃な戦場で、取り巻きの貴族たちに手柄を挙げさせる。そうすることで正規軍の役職に送り込み、フィリップの力を弱める。それが目的のひとつでもあるのだ。
そして最大の目的。
"龍の巫女"を手に入れること。
「龍人族の女は、とても美しいと聞き及んでおりますが、如何程のものなのでしょうか?」
「そういえば、陛下は龍人族のところに行かれたことがおありでしたな。」
"類は友を呼ぶ"と言うべきか。下卑た笑みを浮かべた貴族たちの、ラムジー四世に媚びるような会話が飛び交う。
「もう五年前になるな。」
龍の巫女の代替わりのために派遣された使節団に、副団長として参加していた。立太子に向けた実績作りのための参加であり、団長はフィリップ王子だった。
「龍人族の女たちは、みな美しかったぞ。」
そう特に龍の巫女は。あまりの美しさに目を奪われた。まさに一目惚れというものだった。滞在中、幾度となくアプローチをしつづけ、滞在最終日に求婚をした。そして、にべもなく断られた。
このラムジーの求婚に激怒したのがフィリップだった。
「使節団としての役割をなんと心得るか!貴族の館で行われる舞踏会ではないのだぞ!!」
即座に馬車に缶詰めにし、王宮に戻るまで監視を付ける。
王宮に戻ると、報告を受けたラテール五世により立太子を取り消され、自室に謹慎処分となった。
結果として、ラテール五世の崩御後に王位につくことになるが、あの時の屈辱を忘れたことはない。
まずは自分の求婚をにべもなく拒否した、あの龍の巫女を捉え、あの美しい顔を絶望に塗れさせてやる。その次はフィリップだ。
必ず報復してやるのだ。
暗い決意を秘めて、全軍に進撃を命じた。
デュラス男爵は、手勢を最後方に布陣させる。後方に下げる、ラムジー四世はたしかにそう命令した。その命令に従うのだから、文句は付けさせぬ。
それにしても、フィリップ王子は節度と高い見識を持ち、ウリエ王子は十代にして賢王の資質を見せる。なぜ同じ父親からあんな愚物が生まれ、あまつさえ玉座につくのか?
世の理不尽を嘆き、空を見上げて嘆息する。
その時、空に黒いなにかが見えた。
それがなにか、この時点のデュラス男爵には分からなかった。