過去 4
「使者を殺す、か。」
嘆息するしかない。
"郷にいりては郷に従え"とは日本の諺だが、それは変な軋轢を生まないための知恵でもある。
だが、"郷にいりては郷が従え"では、軋轢しか生まない。欧米においてムスリム移民が嫌われるのは、そういう姿勢が強くあるからだ。
そしてそれに便乗するかのようなpolitical correctness(ポリティカル コレクトネス:略称ポリコレ、政治的公平性と訳される)を振りかざす者たちによって、現地の伝統が破壊されていくのも、その要因である。代表的なものが、「メリークリスマス」という表記を禁止して、「ハッピーホリデー」と表記させるなどという、まさに言葉狩りとしか言いようのないことが行われている。
他に、そういう者たちがどんな行動をしているかというと、アメリカで着物を着るイベントを開催すると、「文化盗用だ」などと批判し、ファッションショーで欧米人モデルが和服調のデザインをされた服を着ると、これまた「文化盗用だ」と騒ぎ立てるのだ。当の日本人は、全く気にしていないというのに。
この世界をそんな風にしたくはないと思う。
「自ら破滅に向かっているとしか、言いようがないな。」
リュウヤの呟きに、ドゥーマらも頷いていた。
ドヴェルグと龍人族たちは、殺害した使者の首を相手に向けて放り投げ、怯んだ隙に攻勢をかける。狙うのは敵本陣。領主の命。
攻勢に出た判断は、あながち間違いではない。
この集落には獣対策の柵や堀はあっても、戦闘を想定したものではない。立て篭もったところで、簡単に柵や堀を突破されるだろう。だから攻勢に出た。
ただ問題なのは、その攻勢の目的をどこに置いていたか、だ。
通常ならば、こういう時は逃走目的の突撃になる。
だが今回は・・・
そもそもドヴェルグ60名と龍人族20名の、わずか80名しかいないのだ。
龍人族が本来の力を保っていたのなら、1千人程度の人間族など敵ではなかっただろう。だが、残念なことに龍人族は本来の力とは程遠いありさまだ。
せいぜい、人間族の一般的な騎士程度の力しかない。
不意を突いた攻勢も、最も分厚い本陣を攻撃したためにすぐに押し返される。
ただ押し返されるだけではない。使者を殺害したことで、相当な怒りを買っている。
「奴らをブチ殺せ!!」
「野蛮な奴らに鉄槌を!!」
口々に叫びながら、ドヴェルグや龍人族に襲いかかる。
押し返されたあとは、もはや戦いと呼べるものではなかった。
圧倒的な数の暴力。
1千対80。
単純に戦力比12.5対1。
一方的に嬲りものにされていく。
しかも、ひと思いに殺すようなことはしない。
手足を棍棒などでへし折り、いたぶっていく。
悲惨なのは、数少ないながらもいる女性たち。
彼女らは捕まると、皆の見ている前で凌辱される。
そこには女性の尊厳などというものは存在しない。
一方的に、望まぬ行為を強制される。
女性たちにとって、永遠とも思われた時が終わる。
もはやピクリとも動くことなく、生きているかどうかさえ怪しい。
「おいおい、誰だよ、こんなに犯りまくったのは。」
「お前もその一人だろうが。」
「ああ、そうだった。」
ガハハッ、と下品な笑いが巻き起こる。
「でもよお。生きてんのか、こいつら。」
棒で女性たちを突くが、反応はない。
「売り物にならねえなら、もう要らないよなあ。」
そう言うと、女性たちの喉元に刃を突き立てていく。
絶命する女性たち。
それを見ているしかない、手足を折られて動けなくなっている男たち。
残されたのは、ドヴェルグ12名と龍人族5名。
遺体を数えると、ドヴェルグが42体と龍人族15体。
「逃げた者がいるようだな。」
その言葉には嘲りの色が強く出ている。
逃げるくらいなら、最初から戦わなければよかったのだ。
そのための条件を提示したにもかかわらず、それを無視して戦った。それならばここで死ねばよいのに、逃げ延びるとは。
逃げ延びたドヴェルグたちへの哄笑が、一帯を包み込んでいた。
筆者は、「文化とは互いに影響しあって発展していくもの」だと認識しております。
ですので、political correctnessを標榜する者たちを、とても嫌っていたりします。