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龍帝記  作者: 久万聖
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イストール王国の憂鬱

攻め込んだイストール王国に残されたものの話です。

 イストール王国王都ガロア。


 豊かな水量を誇るガロア湖のほとり建設された都市であり、都市内にも縦横に水路がはしり、"水の都"とも呼ばれる。


 その王宮の一室で王弟ウリエは深い溜息をつく。


 王位継承権第3位の王族であり、まだ十代後半の少年ながら思慮深く見識の広い王子として評価を集めている。

 そんな彼の目下の悩みは、兄であるイストール国王ラムジー四世を止められなかったことである。

 情理を尽くして説得にあたったのだが、受け入れられることなく出兵されたのだ。しかも王自ら親卒して。

「せめて親卒はおやめください」という懇願にも似た説得も、徒労に終わってしまった。

 せめて、王兄フィリップ王子がいれば説得出来たかもしれない。


「ウリエ殿下、フィリップ殿下が戻られました。」


 侍従からの報告を受け、王兄フィリップ王子を出迎えるべく大広間へと足早に向かった。



「おう、ウリエ。今戻ったぞ。」


「兄上!」


 フィリップはウリエを抱きしめる。


「や、やめてください!」


 ウリエは両手を伸ばして脱出する。


「みんなが見てるのですよ。」


「いつものことじゃないか。」


 たしかにいつものことなのだろう。周囲の者たちも笑ってはいるが、悪意のある笑い方をしているものは一人もいない。


「私が恥ずかしいんです!」


 その言葉にショックを受けたように


「私の愛情表現を恥ずかしいとは・・・。そんなことを言う子じゃなかったのに。」


「やめてください!本題に入れないじゃないですか。」


「悪い悪い。」


 王子でありながら、気さくで飾らない人柄で人気のあるフィリップだが、ここは悪ふざけが過ぎたと素直に弟に謝罪をする。

 ウリエは、自分より15歳年長でありながら、はるかに歳下の自分に対しても率直に謝罪できる、この兄が大好きだった。次兄であり、現王であるラムジー四世よりも。


「ここでは詳しくは話せませんので、私の私室へ。」


「なるほど、込み入った話のようだな。」


 フィリップの言葉に頷くウリエ。その真剣な表情にフィリップは嘆息する。

 これで誰のことの相談か、理解できてしまった。



「状況は、相当に悪いと理解していいんだな?」


 ウリエの私室。扉が閉まると同時に、フィリップが問いかける。


「王は、龍人族の住まう地に出兵されました。」


 1万5千の大軍を、しかも親卒して。


「出兵の名分は?」


「表向きには、衰退している龍人族とドヴェルグの保護、ですが・・・」


 ここでウリエは苦い表情になる。


「本音は?」


「龍の巫女です。」


 ウリエの答えにフィリップは絶句する。


「女を得るために出兵か!」


 先王ラテール五世存命の頃より、女好きで知られていた。だが、それにも限度があるだろう。


「"無名の師"とは、まさにこのことだな。」


 "無名の師"とは、文字通りの「名分の無い出兵」という意味であり、最大の批判と言える。


「止められなくて、申し訳ありません。」


 ウリエはうなだれている。

 フィリップにウリエを責める気は無い。それよりも、

「止められる部下はいなかったのか・・・。」

 いや違う。諫言を行える諫臣を、ことごとく王宮から追放しているのだ。先王からの功臣すら、同様だった。

 ただ、軍に関してだけは、フィリップが掌握していたこともあり、それほどの軍を動かせる状態ではなかったはずなのだが。


「貴族どもの私兵か。」


 フィリップも憮然とした表情になる。


「それと、近衛の者たちを引き連れています。」


 近衛兵に関しては、この国では王の専権事項となっており、フィリップの力が及ばない。


「こんなことになるなら、俺が王になるべきだったか・・・。」


 ラムジー四世より3歳年長であり、先王が崩御された際にはフィリップを推す声の方が高かった。だが、フィリップは自身の母が下級貴族であり、庶子であったため固辞したのだ。


「正妻との間にもうけた男子がいるのに、直系とはいえ庶子である自分が至尊の座につくべきでは無い。」


 そう発言して。

 その見識と無欲さから、その声望を高めることにもなったが、それは副産物でしか無い。


「王位に就けば落ち着くと思ったのだがな。」


 だが現実は・・・。


「やるしか無い、か。」


 フィリップは呟き、ウリエは小さく頷く。

 今回の出兵。負ければその非をならして退位を迫る。

 勝ったら?

 勝てば今回の出兵の功績を吹聴し、間違いなく増長するだろう。さらなる軍事行為に出る可能性が高い。その結果、どうなっていくのか・・・。


「除かなければならん、か。」


 ふたりの王子は憂鬱な気持ちに満たされる。

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