ギイの失敗
リュウヤがエストレイシアを伴って会場に戻ると、仁王立ちしたアイニッキと、その前で項垂れているギイがいた。
そしてその横には、サクヤとフェミリンスに介抱されている猫人族の少女。
たしか、最年少の子だったような・・・。
「陛下。」
先に戻っていたミーティアが、リュウヤを見て駆け寄る。
「ギイ、か?」
「はい。」
だいたいの予想はつく。
少女がギイの飲んでいる葡萄酒に興味を示したところ、それに気づいたギイが面白がって飲ませた。その結果、少女が酔ってひっくり返り、それを見たアイニッキが激怒してしまった。そんなところだろう。
はたして、ミーティアの説明はリュウヤの予想通りだった。すると、少女は"急性アルコール中毒"が最も疑われる。
リュウヤは急いで少女の元に駆け寄ると、回復体位をとらせる。
回復体位とは、いわゆる横向き寝だが、気道確保が最優先される。
そして脈を取ると同時に、ミーティアに医者を呼ぶように指示。
また、近くにいるナスチャには担架を持ってくるよう指示をする。
医師ダニーロと担架がほぼ同時に来ると、別室にゆっくりと移動して、ベッドに寝かせる。もちろん、ここでも回復体位をとらせる。
「脈は少し弱くなっておりますが、命にかかわることはないでしょう。」
とは、医師ダニーロの言葉だ。
「ただ、私も獣人族を診るのは初めてですので、確証はありませんが。」
彼もまた、パドヴァ出身であり、獣人族がほとんどいなかったため、診る機会がなかったのだ。
「それでも診てくれたのはありがたい。」
その言葉は本音である。だが、次の移住団には医者を含めてもらわないといけないだろう。
アルテアを呼ぶと、会場に残ったサクヤに状況を伝えさせた。
歓迎の宴が終わると、サクヤがやって来る。
「あの後はどうだった?」
「リュウヤ様が自ら看られていると、獣人族の皆に伝えましたら、安心したようです。」
「それは良かった。」
まさか、王位にある者が自ら看病するなどとは思いもしなかったのだろう。それだけに、自分たちが大事にされていることを知り、安心できたのだろう。
「それにしても、ギイも困ったものだな。」
まさか、こんな小さな子供に、興味を示したからと言って飲ませるか?
正直なところ、相当に呆れている。
「お酒が入ると、とんでもないことをしてしまいますね、ギイは。」
「本人に悪気はないのだろうが、だからこそ問題なんだよ。」
溜息混じりのリュウヤの言葉。
猫人族の少女の頭を優しく撫でているリュウヤを、サクヤが愛おしげに見ている。
その視線に気づくと、
「どうかしたのか?」
「いえ、リュウヤ様がとても優しい目をされていると、そう思って見ておりました。」
「そんな目をしていたか?」
「はい。」
「自分ではわからんからなあ。」
そう言いながら、猫人族の少女の頭を撫でている。
特段、自分が子供好きだとは思わない。
だが、自分が普通の家庭に育っていたなら、これくらいの年頃の子供がいてもおかしくはなかった。
それを考えると、自然とそうなってしまうのだろう。
ここで、ふと思う。
「ギイとアイニッキには、子はいないのか?」
「・・・、いるというか、居たというか・・・。」
サクヤの歯切れの悪い返事。
なにか事情があるのだろう。
深く立ち入るのをはばかられるような。
「お母さん・・・」
見知らぬ土地で寂しいのかも知れない。そんな時は、父親よりも母親の方が恋しくなるのかもしれない。
「リュウヤ様。ここからは、私が代わります。」
目が覚めたとき、側にいるのは男よりも女性の方がいいのかもしれない。
「サクヤも、他の者に代わってもらうなりして、休めよ。」
「はい、承知しております。」
後をサクヤに任せて、リュウヤはその場を離れていった。