情勢確認
別室では、護衛隊長カイオンと副長の狼人族ワイダが待っていた。
こちらでも酒類と食事が出されており、食事をしながらの歓談というスタイルになる。その内容は歓談とはとても言えないが。
少し遅れてアデライードもやって来る。
リュウヤはふたりにアデライードとエストレイシアを紹介する。フェミリンスとミーティア、ナスチャは、国都ボースにて面識があるため、今回は割愛している。
「貴女が、あの戦巫女で!?」
エストレイシアの名を聞くと、ふたりは驚いて立ち上がる。
「戦巫女の勇名は、我々のような若輩者でも聞き知っております!」
個人の武勇もさることながら、その指揮の巧みさは凄まじいと、ワイダが言う。
「我々狼人族は、戦巫女様の指揮を崇拝しております。」
個人の武勇よりも集団戦を重視する狼人族なら、あの指揮の見事さを評価するのは当然か。
実際に見たリュウヤとしても、あの指揮の見事さは言葉にするのが難しい。
「私の指揮から学ぶのはよいが、崇拝するのはやめた方がいい。」
エストレイシアの忠告だ。
誰しも天才の真似をしたがるものだが、真似ができないのが天才なのだ。そして、エストレイシアは間違いなく誰も真似ができない天才なのだ。
「さて、状況はどうなっているんだ?」
リュウヤがカイオンに尋ねる。
「その前に、これをお読みください。父リュシオンからの手紙です。」
カイオンから差し出された手紙を開き、読み進める。
「なるほど、な。」
手紙をエストレイシアに渡し、一息つく。
「神聖帝国西方国境紛争が終結に向かっているそうだ。」
そう言ってエストレイシアを見ると、リュウヤの視線に気づいたのか、小さく頷く。
神聖帝国が揉めているのは、後は南方国境。
西方が片付けば兵力に余裕ができる。余裕ができた兵力を南に向けるか、それとも獣人族相手に向けるか。
「どう見る?」
エストレイシアへの問い。
「私ならば、先に南を片付けます。」
「やはり、そう考えるか。」
現状で獣人族を抑えられるなら、あえて増強せずに南を片付ける。
そして後顧の憂いを断ったあと、西方と南方に抑えの兵を置いた上で、獣人族の国へと攻め込む。
自分が神聖帝国の立場なら、必ずそうする。その方が、確実に勝てるのだから。
「仮に、お前の案を採ったとして、獣人族の国に攻め込むのは何時頃とみる?」
「南を片付けた後、最短で一年。長く見ても三年というところでしょう。」
西と南を片付けたら、すぐに獣人族へ攻め込むことができるわけではない。兵力再編もあるし、国境を押さえ込んだとしても、相手がそれに納得するわけがない。油断すればすぐにでも取り返すべく行動をするだろう。それを抑えられるだけの兵力は置かなくてはならない。
また、紛争を終えて、自分たちが無傷ということはあり得ず、兵の休養と補充が必要になる。
補充して、すぐに使い物になるわけではなく、訓練をする期間が必要になる。
神聖帝国がどういう兵制を採っているかにもよるが、紛争と言えども戦いというものは国力を浪費する。その国力の回復を図る時間も必要だ。
すると、エストレイシアのいう「最短で一年、長くて三年」というのも、十分に説得力を持つ。
「すると、我々は今のうちに国力増強と、防衛力の強化を図らねばならぬ、そういうことでしょうか。」
カイオンがまとめる。
「そうなるな。」
エストレイシアがなにかを言おうとしていたのを遮るように、リュウヤが答える。
エストレイシアが言いたいことはわかっている。ほぼ間違いなく、自分と同じことを考えているだろうことは。
リュウヤとエストレイシアの認識の違いは、彼らの代表であるガルフをはじめとする族長たちの人柄を知っているかどうかだ。
エストレイシアには、後で説明する必要があるだろう。
だが、それよりもやっておくべきことをしなければならない。
「エストレイシア。彼の国に軍事顧問団を派遣したい。人選を頼む。」
「わかりました。」
重要な事案の話し合いが終了すると、アデライードを残して退室する。
アデライードには、彼らとの交易の交渉があるのだ。
リュウヤはエストレイシアのみを別室に呼び、先程の話をする。
「あの時、なにを言いたかったのだ?」
「はい。守りを固めるだけではなく、獣人族の側からも攻撃するべきかと。」
やはり、そう言いたかったのか。
攻撃すると言っても、大規模なものでなくていい。小規模の軍を、複数の場所に侵入させて攻撃する。そうすることで敵を撹乱できるし、敵が攻勢に出る際にも兵力を分散させることが期待できる。仮に、分散しなかったとしても、使われなかったルートから侵入し、後方を撹乱することができる。
「言いたかったのは、そんなところかな?」
リュウヤの言葉に、エストレイシアは頷く。
「それを彼らに話したとしても、害にしかならん。」
軍事的に見れば有効な手段も、問題はそれを使えるかどうかだ。
あの族長たちには、この策は使えない。能力の問題ではなく、その気質の問題だ。正面決戦に拘っているわけではない。この策を採用した場合、本来なら戦場にならなくてよかった場所の住人から恨みを買い、将来に禍根を残すのではないか、そのことを気にしている。
甘いと言わざるを得ないことではあるが。
仮にカイオンにこの策を話した場合。
それを是としない族長たちとの間に溝ができる恐れがある。それは、防衛戦には致命的だ。
防衛側が一枚岩になれず、滅亡した例はいくらでもある。
日本ならば、大坂の陣での豊臣氏の滅亡や、豊臣秀吉の小田原征伐が有名か。
「わかりました。派遣する者には、そのあたりをよく言い含めておきます。」
人選をするために戻ろうとするエストレイシアを留める。
「人選は、護衛隊が帰国するまでに間に合えばいいさ。」
そう言って、子供らのいるメイン会場とでも呼ぶべき場へ伴って行った。