兎人族
翌日、旅の延長を伝えるための使いを出し、西方へと向かう。
族長達の多くは早朝、先に出発している。
残っているのは、兎人族族長ファーブと羊人族族長サリュラであり、彼らが同時に道案内役でもある。
ラニャも当然のように、同行している。
ここからは平原が続いているとのことで、用意された馬車に乗り込む。
リュウヤは、ふと疑問に思ったことをサリュラに尋ねる。それは、羊人とは山羊なのか羊なのかということである。
それに対するサリュラの答えは、
「両方ですよ。」
羊人のなかには二種族あり、山羊種の方が戦闘に向いており、羊種は牧畜に向いているのだそうだ。
そのため羊人のほとんどは定住をせず、国内を放牧して回っているという。放牧する羊種と、それを守る山羊種という間柄になる。
それだけでなく、山羊種は指揮能力に優れており、戦闘力の低い羊種の集団でも、ある程度は戦える集団にできるのだとか。
それを聞いたリュウヤは、"シートン動物記"を思い出す。"狼王ロボ"の話の中に、羊の群れの中に山羊を入れる、そんな話があったのだ。そうすると羊たちは、賢く勇敢な山羊を群れのリーダーとして纏まるのだとか。ただ狼王ロボのエピソードでは、山羊は真っ先にロボたちに狙われたそうだが。
途中、放牧をしている羊人族に何度か出会ったが、その頭の角は、山羊のようであったり羊のようであったりと、バラエティに富んでいる。
「長閑ですね。」
馬車の窓から見える風景の、サクヤの感想。
同乗しているファーブとサリュラ以外は、皆頷いている。
「だからこそ、狙われやすくなっている側面もある。」
放牧に適した土地ということは、広い平原があるということだ。そして、平原というのは攻めやすく、守り難い。
地球上の国々でも、ポーランドやウクライナなどの、国土の大半を平原が占める国というのは、被侵略国になりやすい。そして、それは歴史が証明している。
また、中国史を紐解いても、北方の平原地帯を奪われた後、南方で抵抗するのがパターン化している。
「残念なことに、陛下の仰る通りでございます。」
サリュラは、リュウヤの言葉を肯定する。
そして、だからこそ獣人族は結束したのだとも。
結束して、役割をそれぞれが分担した。
放牧にて、羊毛と羊肉をえる羊人族。
農耕を行うだけでなく、国境付近での警戒にあたる兎人族。
漁業と、夜間警備にあたる猫人族。
狩りと領内巡回をしている狼人族。
生産的なことは苦手だが、戦闘には無類の強さを発揮する獅人族と虎人族。
力仕事に長け、闘いにも頼れる熊人族。
力を合わせてきたからこそ、この地で生きてこられたのだろう。
「人間たちの方が、よっぽどまとまりがないわ。」
リュウヤはそう言って笑う。その笑いに、同乗しているコジモとベニードが苦笑する。
「それに、兎人族は戦闘力が無いと思っているようだが、人間よりも遥かに戦闘力はあるぞ。」
その言葉に、ファーブとコジモは驚く。
「まさか。」
異口同音に出る言葉。
「気性としては、戦いに向いていないかもしれないが、身体能力はお前たちが想像している以上にあるぞ。」
その言葉を信じないふたりに、
「では、少し試してみるか?」
馬車を止めるとラニャを呼び、コジモには兵士をひとり連れてくるように命じる。
呼ばれてやってきたラニャに、リュウヤがなにやら耳打ちすると、驚いたように
「無理無理無理無理無理無理〜〜〜〜!!!」
と絶叫する。
だが、リュウヤはそれを無視して、動作を交えた指導をしている。
そこへコジモが兵士を連れて戻って来る。
その兵士に盾を構えさせると、
「ラニャ、俺が教えたように盾を蹴ってみろ。」
ラニャは渋々といった様子で、盾をめがけて蹴りを繰り出す。空手でいう回し蹴りだ。
盾に当たると凄まじい音が響き、屈強に見えた兵士は後ろに飛ばされ、盾は破壊されていた。
その様子に皆が驚く中、蹴ったラニャはというと、
「痛い痛い痛い!足が痛い!!」
リュウヤはここで重要なことを忘れていたことに気づく。
「脚甲させるのを忘れてた。」
"テヘペロッ"としたいところだが、自分にはとても似合わないことを理解している。そこで、
「サクヤ、手当をしてやってくれ。」
サクヤは苦笑しながらそれに応じて、ラニャに治癒魔法をかける。
治癒魔法といっても瞬間的に治るわけではなく、本来の治癒能力を引き出して、治癒にかかる時間を短縮させるのだ。
「痛かったぁ。」
まだ涙目になっているラニャに、彼女の蹴りで破壊された盾を見せ、
「盾を破壊した感想はどうだ?」
「へ?」
リュウヤが持っている壊れた盾を見るラニャ。
自分がしたことが信じられない、そんな表情をしている。
「なぜ、その身体能力に気づいたのですか?」
コジモの疑問。
「足だよ。特に太腿を見てみろ。太いだろ?」
"太いだろ"の言葉に、
「気にしてるのにぃ。」
ラニャの乙女心が傷つく。
コジモはリュウヤに言われて、初めてそのことに気づいた。
たしかにその太腿は太い。しかも尋常じゃないほどに。
コジモには比較する対象がないが、リュウヤは"男性競輪選手"か"男性サッカー選手"に匹敵するとみている。
「その太腿の脚力があるからこそ、あの蹴りができる。」
さらにリュウヤは言う。あの脚力が生み出す瞬発力なら、多少の間合いは無にできる。
「意外と、近接戦闘に向いているってことだ。」
身体能力を活かす格闘術か、または戦術を編み出せれば、相当な戦力になる。それが、リュウヤの見立てである。
無論、兎人族の気質もあるだろうから、無理強いはできないが。
説明を終え、再び馬車を走らせると、ファーブは考え込んでいた。