蟲使いの集落
その日、蟲使い一族が集落を形成している場所に案内された。
蟲使いの集落の子供たちから、リュウヤらは奇異の目で見られ、大人たちからはよく言って警戒心を持って受け入れられる。
襲われないのは、リュウヤの左肩にいるサスケと、ボロボロになっている蟻使いと蜂使いの姿を見たからだろう。
リュウヤたちが来客用天幕に案内されている間、蜘蛛・蟻・蜂使いの3人は族長の天幕にいた。
「お前たちがついていながら、戦うなどという事態になるとは・・・。」
族長のアーグが3人を叱責する。
「蟲たちの被害が蜂一匹だけで済んだのは、彼らの慈悲あってのこと。お前たちを含めて、皆殺しにされていても、おかしくはなかったのだ。」
実際に戦った後だけに、その言葉が身に染みる。
「戦えなどとは一言も言ってはおらんぞ。丁重に案内せよとだけ言ったのだ。それなのに・・・。」
ここで一旦区切ると、
「お前たちは一族を滅亡させるつもりだったのか!!」
一喝する。
蟻使いナージと蜂使いラズルはうなだれ、族長の孫娘である蜘蛛使いナスチャは不貞腐れている。
「ナスチャ、わかっているのか!」
不貞腐れている孫娘に、雷を落とす。
「わかってるよ。」
ブスッと、小声で答える。
「族長。お怒りはもっともですが、少し落ち着かれては・・・。」
その言葉にアーグは深く息を吸う。
「・・・戦った感想はどうだった?」
この言葉に、3人は互いの顔を見合わせる。蜂使いラズルは、リュウヤと間接的にも戦っておらず、感想を言える立場にはない。
「あれ、いえ、あの方は人間、なのでしょうか?」
蟻使いナージが族長に疑問を呈する。見た目はたしかに人間だ。だがあの殺気、あの魔力。とても人間のものだとは思えない。
蟲使いの一族は、その異形ゆえに本来なら同族である人間たちから迫害を受けてきた。その中で、人間たちの中でも強者とされる者たちとも戦ってきた。
だが、あのリュウヤという男の力は比較にすらならない。
おそらく、あの男ひとりで自分たち3人を同時に相手どっても圧倒できたに違いない。
「それだけではありません。あの蟲の知識、一体どこで得たものなのでしょうか?」
蟲の知識、それは自分たち蟲使いの生活の糧でもあり、誰よりも自分たち一族こそが最も持っているはずのもの。だが、あの男は自分たちすら知らぬことを知っていた。それはなぜなのか。
疑問は尽きない。
「疑問はわかる。私とて同じ疑問を抱いているのだ。」
アーグが最も懸念するのが、まさにそのことなのだ。
蟲使いの持つ優位性とは、相手が蟲の生態を知らないことにある。知らないからこそ、戦略的、戦術的に優位に立てる。
それが、知られていたらどうなるか?
使役している蟲の種類がわかれば、即座に対応されてしまう。今回がそうであったように。
龍王国と戦うということは、自分たちの滅亡に直結してしまう。
「我らが生き残るためには、庇護下に入るしかあるまい。」
アーグの言葉にナージとラズルは大きく頷き、ナスチャは不貞腐れていた。
一方、リュウヤたちは蜂に刺されたアルテアの治療を依頼している。応急処置はしていても、その後の経過予測は経験のある蟲使い一族の判断を仰いだ方が良いとの判断からだ。
「まず、大丈夫でしょう。」
蟲使い一族の女性の言葉に、一同安堵の声をもらす。
"大丈夫"のお墨付きを得たアルテアは、すぐに動き出そうとするが、リュウヤに止められる。
「今日は安静にしていろ。」
「ですが・・・。」
と、動き出したそうにするアルテアに、リュウヤは続ける。
「今、動き出してしまうと、お前を守りきれなかった者たちが気を使ってしまうだろう。そんな中では、やりづらくなるものだぞ。」
非戦闘員を守るように命じられながら、守りきれなかった者たち。タカオらはどうしてもアルテアに気を使ってしまう。それこそ、下にも置かぬ有様になってしまい、かえってアルテアが気づかれしてしまうだろう。
それが、1日置いて元気な顔を見せることで、気を使う度合いが格段に変わる。見守るくらいまで落ち着くはずだ。
アルテアに説明したうえで、どちらがいいかを選ばせる。
「今日は、ゆっくり休ませていただきます。」
それが、アルテアの選択だった。
アルテアの看病をサクヤとフェミリンスに任せ、天幕の外に出て、すぐそばにある切り株に座る。
リュウヤが集落の様子を見ていると、後ろから声をかけられる。
「なにか興味深いものでもありましたか?」
リュウヤに付けられた案内役という名目の監視役、カラザという若者だ。
「興味深いものばかりだよ。」
蟲使いの人々の顔に塗られた顔料もそうだし、その模様もそうだ。塗られた模様の違いが、扱う蟲の違いなのだろうと思うが、顔料の種類も、蟲に合わせているのかもしれない。
「陛下は、私たちや蟲を恐れないのですね。」
カラザという若者は、物腰も柔らかく、口調もとても穏やかである。
「嫌いな蟲はいるが、蟲を恐れたことはないな。それに、蟲を使うというなら、養蜂だって蟲を使役しているようなものだろう。」
カラザは驚く。養蜂も蟲を使役しているようなもの?
そんな発想があること自体が驚きだ。
「君が使役する蟲はなんだ?」
唐突にリュウヤが尋ねられる。
「私は、蛾を使います。」
「蛾、か?その生態には詳しいのか?」
蚕も蛾なのだから、その扱いもできる・・・かな?
「まあ、多少は。使役する蛾は、卵から育てますから。」
卵から育てる?ますます良き人材ではないか!
「カラザ君。ウチで働く気はないか?」
なに言ってるんでしょうか、この人?
私、蟲使いですよ?みんなの嫌われ者の。そんなのを誘うんですか?
混乱し固まっているカラザの様子を、答えに迷っていると勘違いしたリュウヤは、自分の考えていることを話し出す。
「絹って知っているか?」
「知っています。はるか東方の国で産出しているという、織物のことですね。」
「そう。それをうちの国で産出したいんだよ。そのためには、カイコガという蛾を育成する必要があるんだ。」
「カイコガ?絹には、蛾が関係しているのですか?」
「カイコガという蛾の幼虫が、蛹になった時に作る繭、その糸が絹なんだよ。」
「!?」
絹が蟲の糸?
しかも蛾の?
それを育成するために自分の能力が必要?
なんと魅力的な提案。
すぐにでも飛びつきたい。
そんな気持ちにカラザが大きく傾いたとき、族長アーグからの使いが来る。
「準備が整いましたので、会談場所にご案内します。」