遭遇
1日に約4キロ。それがこの探索隊の移動速度である。
進んでいる道は、獣道と言って差支えがないほどであり、その道を進みながら測量と地図作成、簡単な道の整備をしているため、とても遅い移動速度となっている。
集積基地より出発して3日目。
リュウヤの予測ではそろそろ出会える頃合いではある。
「止まれ!」
リュウヤの鋭い言葉が響く。
「どうされましたか?」
ギュルヴィがリュウヤに尋ねる。
「蜘蛛たちが前方に移動した。」
その言葉に緊張が走る。
サスケだけは、変わらずリュウヤの左肩に乗っている。
アルテアら非戦闘員を中心に円陣を組み、サクヤとフェミリンスが結界を展開する。
「周囲に警戒しながら進むぞ!」
タカオが皆に号令をかける。
"あぁ、この馬鹿"と、リュウヤは口に出しそうになるが、実際に口に出したのは、
「タカオ、お前たちはサクヤらを守れ。それ以外の全体の指揮はスティールが執れ。」
スティールはリュウヤの意図をすぐに理解し、周囲にハンドサインを送る。
タカオの方は、リュウヤの意図を今ひとつ掴めていないようである。
相手が見えている、もしくは既知の相手であるならば、タカオのように声を出して指揮を執るのもいいかもしれない。わざとこちらの行動を示すことで、相手を威圧することができるから。ただし、現在のように相手が見えておらず、その能力が不明な相手にそれをすれば、かえって自分たちを危険にさらしかねない。
今回はタカオを責めるわけにはいかない。近衛隊長という立場のタカオにしてみれば、その行動は間違ってはいないのだから。そして、そんな人物の近衛としてのプライドを守るために、その役目を与えたのはリュウヤ自身なのだから。
タカオには後で説明するとして、今は相手の様子を知ることを優先する。
「この先、150メートルほどのところに蜘蛛たちが集まっているな。」
そこに蟲使い、そのうちの蜘蛛を使役する者が居るということか。
すると蜂を使役する者はどこに?
同一人物という考えはすでに捨てている。それは、蜘蛛と蜂ではその習性があまりに違いすぎるからだ。
その狩りの方法を比較してみるとわかる。
エサが近づくのを待って狩る蜘蛛に対して、自分から能動的に狩りを行う蜂。一人の人間が、その習性を把握して、使役できるだろうか?
100メートルほど進むと、小柄な人間の姿が見える。
フードの付いたマントを羽織り、フードを目深に被っており、その表情は見えない。見えないが、あの人物が姿見せてからサスケが身体を小刻みに震わせている。それは、恐怖からでは無く、喜びからの行動に見える。すると、あの人物が蜘蛛を使役しているのだろう。
さらにリュウヤは他のふたりの存在に気づく。
正面の小柄な人間の後方、約20メートルにひとり。穴を掘っているのか、身体の半分以上が土の中にある。
そして、左手の巨木の上にひとり。巨木を盾にして、こちらの様子を伺っている。
森の中に可能な限り同化させていたため、リュウヤの魔法探知でも、これだけ近づかないと発見できなかったのだろう。
さらにもうひとつ。確定できないのだが、とても怪しい気配を、100メートルほど離れたところに感知している。
魔法探知の精度を上げる必要性を、リュウヤは感じていた。
「この地は、始源の龍シヴァが治めし地。お前たちはいかな用でこの地に踏み入った?」
リュウヤが問いかける。
あくまでもシヴァを前面に押し出し、自分の名前は出さない。相手がどれだけの情報を持っているかわからないためだ。
「この森を私たちの住処とするために来た。」
フードを目深に被った、小柄な者が返答する。その声は、少年のようにも少女のようにも聞こえる。
「始源の龍シヴァの庇護を求めるのではなく、か?」
「ふん!そんなものはいらない!」
「庇護下には入らぬ、か。それは、我らへの敵対行為と見做すが、よいのか?」
その言葉に最も反応したのは相手の人物ではなく、サスケだった。
小柄な人物に向けてなにやら盛んにアピールしている。
「随分と、そいつを手懐けたようだな。」
怒りの混ざったような声。自身の僕を奪われたように感じているのだろう。
「野性の勘は、信じた方がいいぞ。」
「ぬかせ!」
煽ったつもりはなかったのだが、相手は完全に煽られたととらえたようだ。
「殺してやるから、覚悟しろ!」
殺気がみなぎっている。
リュウヤは仕方がないといった態度だ。
「離れていろ、サスケ。悪いようにはしない。」
サスケはリュウヤから離れる。
「蜘蛛使いは俺が相手する。スティールたちは、残りのふたりを相手しろ。」
「わかりました!」
「蜘蛛使いの後ろにいる奴はわからんが、木の上にいるのは蜂使いだ。油断はするなよ?」
蟲使いとの戦いが始まる。