出発
「なぜ、ここにいるのかな?」
アルテアにデス・スパイダーの幼生を預けて退室させた後、リュウヤがサクヤに問いかける。
そこで返ってきた答えにリュウヤは一瞬、思考停止に陥る。
「リュウヤ様の、王宮の外での仕事姿を見たくてきてしまいました。」
あれ?
気分転換をさせるために、こちらに来させるための協力を求めたんだよな、アイニッキには・・・。
それがなんで、俺の仕事姿を見ることになったんだ?
?マークが頭の中を乱舞する。
思考停止しているリュウヤを見て、サクヤは
「アイニッキが言っていました。仕事姿というものは、とても格好良く見えて、良い刺激になると。」
それは聞いたことがある。あちらの世界での話だが、"働いている姿"は魅力的に見えるとかなんとか。
数少ない交際相手も、同じことを言っていたものだ。
ただ、これが略奪になると、仕事姿しか見ていないために、普段の姿とのギャップについていけずに、長続きしないのだとか。
「そんなことのために来たのか・・・。」
その呟きにサクヤが強く反応する。
「"そんなこと"ではありません!私は、リュウヤ様のことをもっともっと知りたいのです!他の誰よりも!!」
リュウヤに詰め寄るように近づいており、これではどちらが問い詰めようとしているのかわからない。
「わかった。同行を認める。」
もともと、同行させるつもりだったのだからこれはいい。
「ただし、特別扱いはしない。それが嫌なら・・・」
「それでかまいません!」
サクヤが即答する。
そこでリュウヤはアルテアを呼ぶ。
入室したアルテアの頭の上にデス・スパイダーが乗っており、アルテアは涙目になっている。
「陛下〜。この子、言うことを聞いてくれないんです。」
こういう言葉が出てくるということは、彼女は随分と図太い神経をしているのかもしれない。それとも、リュウヤに慣らされたというべきか。
アルテアの栗色の髪の上にいるデス・スパイダーを左手に乗せると、
「タカオを呼んできてくれないか。」
「かしこまりました。」
アルテアはタカオを呼びに退室する。
部屋に入ったタカオは、サクヤを見ると絶句する。
「サクヤ様、なぜここに?」
「王宮を抜け出したそうだ。お前たちは俺の警護よりも、サクヤの警護を中心に考えよ。」
「わかりました。そのように計画を見直します。」
部下と協議するため、タカオは退室した。
翌日の出発に備え、会議と夕食は並行して行われる。
その際に、サクヤが同行することをリュウヤの口から告げられる。
そしてもうひとつ、リュウヤにやたらと懐いているデス・スパイダーの幼生に、"サスケ"という名前が付けられたことも、リュウヤから告げられた。
早朝、リュウヤ指揮下の探索隊は出発する。
森は原生林と言っていい状態であり、馬車はもちろん、馬も使えない。
小型のリヤカーを作成して、人力により運んでいる。
それも、大きな木の根などが邪魔をしており、思うような速度では進めない。それでも、ひとりひとりが担ぐよりはマシだと、皆割り切っている。
もともと、地図の作成も並行して行われているため、進行速度が遅くなることは織り込み済みということもある。
「この方角で大丈夫なのでしょうか?」
ミーティアが不安そうな言葉。
「大丈夫だろう。サスケの仲間が、先行している方角と同じだからな。」
サスケとは、もちろん"真田十勇士"のひとり、猿飛佐助から取ったものだ。
「信用、できるのでしょうか?」
ギュルヴィが疑問を呈する。
「できるだろう。罠に嵌るなら、とっくにやってるだろうからな。」
ギュルヴィの疑問に答えつつ、空を見上げる。
日は中空から西にやや傾いている。
「早いが、今日はここで野営するとしよう。」
地図作成のための測量もあるし、補給隊のための道の整備(と言っても、草の刈り取りや低木の伐採くらいしかできないが)もしなければならない。
足が遅くなるのも想定内だ。
「陛下。」
フェミリンスがリュウヤのそばまで来る。
フェミリンスは移動中はリヤカーに乗っているが、停車した状態では降りており、従者に手を引かれてリュウヤのところまで来たのだ。
「気づいているか?」
「はい。監視しているのは、蜘蛛だけではないようですね。」
「蜂がいるな。」
蜂の行動距離と自分たちの移動速度を考慮すると、相手と遭遇するのは、
「明後日あたりに出会えそうだな。」
リュウヤが呟く。
「フェミリンス、警戒を頼む。」
「陛下はどちらへ?」
「設営を手伝わねば、な。」
人手は最低限しかいない。リュウヤも手伝わないといけないのだ。
ただ、そうなると索敵・警戒能力が落ちてしまうため、それを補うべくフェミリンスが同行しているのだ。
「わかりました。警戒は私にお任せください。」
フェミリンスはゆっくりと魔力探知を、半径数百メートルの範囲に広げていく。
「リュウヤ陛下並の精緻さを求めようとすると、私にはここまでが限界ですね。」
半径数百メートルの精緻な魔力探知、それだけで隔絶した能力なのだが、リュウヤはそのフェミリンスの能力を遥かに上回る。
現在、フェミリンスが展開している精度ならば、リュウヤは半径2〜3キロで展開できる。
だからこそ、フェミリンスにはリュウヤの能力の凄まじさを理解し、そしてなによりもリュウヤが暴走することを恐れる。
「今のところは、怪しい存在はいないようですね。」
フェミリンスはそう呟き、彼女付きの従者は主人を守るように側に立っていた。