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龍帝記  作者: 久万聖
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サクヤ、抜け出す

 話は前日の夜に遡る。


 サクヤの部屋にアイニッキがやって来た。


「随分と暗いところにいるのね。」


 それがアイニッキの第一声だった。


 普段なら点けられている、灯をともすランタンが消えており、真っ暗なベッドの上で、いわゆる体操座りをしている。


 アイニッキはランタンを点け、持ってきた鍋をテーブルに置く。


「夕飯、あまり食べてないって聞いたわよ。」


「食べたくない。」


「あらそう?サクヤちゃんの大好きなスープを持って来たんだけど。いらないなら、私ひとりで食べようかしら。」


 そう言いながら鍋の蓋を取る。


 あたりに食欲をそそる香りが立ちこめていく。


 ググゥ〜っと、なにかの音が鳴り、サクヤが赤面している。


「食べなさい。お腹が空いていると、ギスギスしたことしか考えられなくなるわよ。」


 食欲をそそる香りに負け、サクヤはテーブルに着く。


 深皿にスープを入れながら、


「久しぶりね。サクヤちゃんと一緒に食べるのは。」


 そう言われて、サクヤも気づく。


 最後にふたりで食べたのはいつだろう?


 リュウヤがトモエとシズカを伴ってイストールに行った時、あの時が最後ではないだろうか?


 それと同時に、育ての母と言っても過言ではないアイニッキを、随分とないがしろにしてきたように感じられる。


「ごめんなさい。いつもアイニッキがそばにいてくれてたのに、そのことを忘れてた。」


「いいのよ。それだけサクヤちゃんが成長したってことなんだから。」


 そう言って、"ふふふ"と笑う。


「私も思い出したわ。貴女がリュウヤさんに"サクヤ"って名前をいただいた時のこと。」


 その名の由来も一緒に教えられ、とても嬉しそうにしていたこと。


「リュウヤさんの国の、とても綺麗な女神様からいただいたって。」


 サクヤはその時のことを思い出して、一層顔を赤くする。


 はしゃぐようにアイニッキに報告したことを思い出して。


「でも、その名前に恥じない行動ができているか、自信が無くて。」


「十分にできている、私はそう思っているわよ。」


 常に、リュウヤの留守を守ってきたのはサクヤなのだから。


「違うんです!そうじゃなくて、リュウヤ様に相応しいのか、って。」


 そう言うと、堰を切ったように話しはじめる。


「リュウネにヤキモチを焼いていたり、いつも留守役ばかりで、一度も一緒に遠征することがなかったり・・・。それで、いつも一緒に行動しているミーティアやフェミリンス様、エストレイシア様に嫉妬していたり・・・。フェミリンス様やエストレイシア様は、とてもお綺麗だし、ミーティアは可愛いらしいし、婚約者といっても、私ではふさわしくないんじゃないかって、不安になって、リュウヤ様に八つ当たりしてしまって・・・」


 途中から、涙が溢れ出している。


「なにを言ってるのかしら、この娘は。リュウヤさんが、貴女が一番相応しいって考えてるから、婚約したのよ?もっと自信を持ちなさい。」


 サクヤの涙を拭きながら、アイニッキは続ける。


「サクヤちゃんは、リュウヤさんのことをどう思ってるの?」


「大好き、です。」


「だったら、それでいいじゃない。誰にも負けないでしょ?その気持ちは。」


 アイニッキの単純明快な物言いに、サクヤが笑う。


「そう、ですね。リュウヤ様を大好きな気持ちは、誰にも負けません。」


「そうそう。それでいいのよ。」


 アイニッキもサクヤと一緒に笑う。


「ねえ、アイニッキ。」


「なに?」


「アイニッキは、どうしてギイと結婚したの?」


 突然のサクヤの言葉に、アイニッキは笑いながら、


「突然、どうしたのかしら?」


「急に知りたくなったから。」


 クスクス笑いながら、アイニッキが答える。


「背中、かしらね。」


「背中?」


「そう。ギイの仕事をしている時の背中。とても大きくて、格好良く見えたのよ。」


 酒癖は悪いけど、と笑う。


「サクヤちゃんも見てきたら?リュウヤさんの外での仕事姿を。」


 サクヤは驚く。


「でも、留守を任されているのに・・・」


「あれ?見たくないのかしら?」


「見たいです。だけど・・・」


 アイニッキはひと息つくと、


「サクヤちゃん。たまには悪い娘になってもいいのよ?」


「え?」


「いつもの聞き分けのいいサクヤちゃんも好きだけど、昔の、お転婆なサクヤちゃんも大好きなのよ、私。」


 サクヤが聞き分けのいい娘になったのは、父親を失ってから。それまでは、男の子顔負けのお転婆な娘だった。次期巫女姫となってからは一層、わがままを言わず、龍人族の将来ばかりを考え、行動していた。


 そのサクヤにアイニッキは、もっとわがままになりなさい、そう言っているのだ。私はそんなサクヤが大好きだと、そう言うことで。


「でも、リュウヤ様がなんと言うか・・・」


「大丈夫よ。文句なんて言ったら、私がぶちのめしてあげるから。」


 怒ると怖いの、知ってるでしょ?悪戯っぽく続ける。


 知ってる。戦いのときは退くことを知らないギイが、唯一、最初から逃げるこもを考えるのが、怒ったアイニッキなのだ。


「どうするの?」


 決めるのは貴女よ?アイニッキがサクヤを見つめる。


「行きます。行って、リュウヤ様の仕事姿を見て来ます。」


「じゃあ、しっかり食べなさい。じゃないと、お腹の音でバレちゃうわよ?」


 アイニッキの言葉に赤面しながら、サクヤはスープを食べる。





 サクヤが食べ終わるのを見届けると、


「じゃあ、準備をしてくるから待ってなさい。」


 アイニッキは退室する。


 そして、すぐにトモエとシズカに合流する。


「行く気になったわよ。リュウヤさんの思惑とは、少し違うけど。」


 思惑とは違う、その言葉に戸惑うふたりだが、


「あとは、リュウヤさんの仕事よ。」


 と、あっさり言い放つアイニッキの言葉に従う。


 夜のうちにサクヤが抜け出すための準備が整えられ、リュウヤたちが対岸へ向けて出発する前に集積基地に潜りこんだのである。



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