不審な人物
湖の西岸に、物資の集積基地が急ピッチで建設され、食料をはじめとする物資と、人員が集合している。探索期間は、10日の予定。
この集積基地、今回はあくまでも探索隊用のものだが、探索後には本格的なものとして整備されることが決定している。
その集積基地へ渡る前日、リュウヤはギイの妻アイニッキを訪ねていた。
「あら、リュウヤさんどうされたのかしら?」
アイニッキは、微笑を浮かべてリュウヤを迎える。
迎えいれられた部屋には、トモエとシズカも居る。
「ふたりと同じ要件、でいいのかしら?」
リュウヤは頷く。そうトモエとシズカ、ふたりにここに来るように"念話"にて指示を出していたのだ。
「貴女に頼みたいことがあって来た。ふたりにも協力してもらいたい。」
「サクヤちゃんのことね?」
「はい。」
リュウヤは協力してもらいたいことの内容を、アイニッキに話始める。
☆ ☆ ☆
「私にそれが務まるかしら?」
「補佐は、私とシズカが行います。ですから、是非ともお力添えを。」
リュウヤの提案にトモエが真っ先に乗り、シズカも同調するようにアイニッキに頭を下げる。
「そこまで言われたら、引き受けるしかないわね。」
アイニッキはそう言って、リュウヤの依頼を引き受ける。
それを見てリュウヤは感謝の意を述べて、退室した。
「サクヤちゃんも、随分と気を使わせちゃってるのね。」
退室するリュウヤの背中を見ながら、アイニッキが呟いていた。
出発当日。
対岸の物資集積基地に向かう船団を見送る者たちの中に、アイニッキとその後ろに控えるトモエとシズカがいた。
「うまくいったかしら?」
「はい。船に乗るところまで確認しました。」
「リュウヤ陛下にも、念話にて連絡いたしました。」
トモエ、シズカが報告する。
「後は、リュウヤさんに任せましょう。」
岩山の王宮に戻り、いなくなったサクヤの代わりをしなければならない。
「ふたりとも、しばらくは苦労をかけると思うけど、よろしくね。」
「「はい。」」
リュウヤは対岸の集積基地に着くと、用意された部屋へと入る。
そこは、簡易的な会議室であり、今回の探索隊の主だったメンバーがリュウヤの到着を待っていた。
リュウヤの側近として宮廷魔術師ヴィティージェと秘書官ミーティア。親衛隊からタカオら5名。
この地へも巡視をしていた経験のある龍人族のヒサメとオボロ。かつての班長クラスを随行させることに反対意見もあったのだが、エストレイシアが押し切った。
リョースアールヴから7名。フェミリンスがその中に入ったことに、周囲は驚いていた。
デックアールヴから5名。スティールが中心となる。
ドワーフからアリギバを中心に10名。彼らは測量を行うことも求められており、探索後はこの地に留まり、開発計画を立案する。
今回の探索隊で最大数になるのが、森の人とも呼ばれるエルフたち20名。ギュルヴィが中心となる。また、彼らエルフは、探索後にはドワーフと協力して開発計画を立案するだけでなく、地図の作成という大任を任されている。
そして、人間族が15名。パドヴァの元貴族の子、コジモが中心となるのだが、コジモはまだ15歳であるため、補佐としてヴィティージェの弟子ベニードがつけられている。
今回の探索隊に、ドヴェルグたちは参加していない。
また、他にも補給隊として100名ほどが集積基地に詰めている。
リュウヤが着席するのを待って、皆が着席する。
「目的は皆、理解していると思うが、改めて確認する。」
それぞれに印刷された計画書が配られており、皆が改めて確認する。
「質問はありますかな?」
進行役を務めるヴィティージェが確認する。
「相手が敵対しなければ、受け入れるということでしょうか?」
ギュルヴィの発言。それにリュウヤが返答する。
「そうだ。相手が敵対行動を取らぬかぎり、こちらからは手を出さない。」
「相手が死んでいる可能性は?」
コジモの問い。
「その可能性は、もちろんあるだろうな。だが、今回は生きていることを前提として行動する。」
「そうそう出会えますかな?」
アリギバの言葉。森の一部、西方とはいうもののその面積は広大であり、出会えない可能性がある。
「その心配は不要だろうな。」
リュウヤは左手に乗っかっているデス・スパイダーの幼生を撫でながら続ける。
「優秀な道案内がいるからな。」
「まさか、その道案内というのは・・・。」
「そう、デス・スパイダーだ。」
そこでリュウヤは皆を見る。
「気づいてなかったのか?この基地を囲むように、少なくとも10匹はいるぞ。そのうちの1匹は、俺の研究施設にいたデカイ奴だ。」
リュウヤのその言葉に一番大きな反応をしたのは、エルフたちだった。ともすれば、恐慌状態になりかねないのをリュウヤが一喝する。
「落ち着け!敵意があるなら、とっくに攻撃してきておるわ!」
そして、次に大きな反応をしたのは、左手に乗っかっているデス・スパイダーだった。
「気づいてたの?」
とでも言うように、リュウヤを見上げている。
「呼ばなくていいぞ。呼んだら、パニックになるからな。」
デス・スパイダーの疑問を肯定する。
「質問はもう無いようだな。出発は明日、早朝だ。しっかりと備えておけ。」
リュウヤの言葉が、解散の合図となる。
会議室から皆が去ると、アルテアがリュウヤのもとに来る。
リュウヤは、戦闘能力の無いアルテアを連れて来る気はなかったのだが、本人の強い希望から同行を認めた。
そのアルテアが、リュウヤに言いづらそうにしている。
「不審な人物が見つかったのですが・・・。」
「不審な人物?」
「はい。」
「身元は確認したのか?」
「確認したのですが、それが、その・・・。」
アルテアは、一層言いづらそうになっている。
「わかった。その者のところに案内せよ。」
「は、はい。」
アルテアに案内された部屋にいたのは・・・。
サクヤだった。