リュウヤの研究、そして顛末
アデライード指揮の下、湖の港建設から水路網の整備、街道の整備が進められる。
これには、農地開拓がひと段落したエルフたちも動員され、その使役する石人形が大いに活躍している。
ただ、冬季には湖面が凍結してしまうため、建設場所は凍結しない場所を慎重に選んでいる。それでも、実際に冬にならないと確認できないため、別の場所に建設することも睨んでいる。
具体的には、河幅の拡張と河港の建設計画である。
リュウヤはそれらの視察を終えると、極めて個人的に作っておいた隠れ家に行く。
この場所を知っているのは秘書官のミーティアと、近衛隊長タカオとその部下の極一部。
ここで、何をしているかを知っているのは、ミーティアのみである。
ここでリュウヤがしていること。それはこの辺りに生息している生物の生態観察と、その利用法の研究。
隠れ家には、湖から水路を引いた池もあり、魚類や甲殻類の生態観察と、養殖の研究もしている。
将来的な、漁獲量の減少に備える目的もある。生態系に影響を与えない程度に、養殖と放流を行えば、長期的な食料確保もできるだろう。
そしてリュウヤが今、一番力を入れているのが、糸を産出する虫の研究である。
アデライードの呼びかけに応えてやって来た商人の一人が、絹織物を献上したのがきっかけで、この地でも絹織物を産出できないかと、研究を開始したのだ。もちろん、その商人には蚕とそのエサとなる桑の入手を依頼している。
糸を産出する虫を飼育しているエリアで、ミーティアが決して単独では近づかない場所がある。そう、蜘蛛のいるエリアである。
その蜘蛛は、ただの蜘蛛ではない。体長1メートル超え。脚を伸ばせば3メートルになろうかという巨大な蜘蛛。リュウヤは「デカイ蜘蛛だな」くらいにしか思っていないのだが、ミーティアには恐怖の対象でしかない。
初めて見たときは、"立ったまま気絶する"という妙技を披露してしまったほどだ。
それほどの恐怖の存在、通称デス・スパイダー。
正確な名前は不明だが、出会えば確実に殺されるといわれる、森の食物連鎖の頂点の一角を占める存在である。
森の住人として知られるエルフさえも、決して近づかない。それどころか、時には捕食されてしまうのだ。
ただ、去年までこの地は荒涼とした大地だったわけで、どこかから移動してきたと思われる。
本来なら、この場所に近づかないように警告を発するべきなのだが、リュウヤがそれを許可しない。ほとんどの者が知らない憩いの場、もとい研究を荒らされたくないのだ。
「誰かが被害にあったらどうするのですか?」
「お前、誰かを襲うのか?」
ミーティアの問いに対し、リュウヤはデス・スパイダーに問いかける。
問われたデス・スパイダーは、器用に前脚でバツ印を作っている。
「じゃあ、問題はないな。」
そう結論付けたリュウヤだったが、翌日、王宮で大問題になってしまった。
デス・スパイダーの幼生が一匹、リュウヤの背中にくっついて王宮に入り込んでしまったためである。
幼生といっても拳大の大きさ。気づかれないと思う方がおかしいだろう。
最初に気づいたのは、それを天敵としているエルフだった。
悲鳴続出。中にはミーティア同様に、立ったまま気絶する者まで現れる。
その結果、リュウヤの研究施設という名目の隠れ家の存在が公になった。
デス・スパイダー討伐を主張するエルフたちを宥めるため、公開せざるを得なくなったのだ。
「糸の研究をするには、蜘蛛は欠かせないんだけどなあ。」
そうぼやくリュウヤだが、
「それは理解しますが、種族を選んでください!!」
と、エルフたちに責められる。
ただ、デス・スパイダーに相当な知性があることがわかり、討伐は見送られることになった。