法典公布
イストール王国使節団が去り、龍の王国にはのどかな日々が訪れる。
一部を除いて。
のどかな日々を享受できない一部は、リュウヤとテオダートら、法典の草案作成に関わった者たちである。
法典の草案は99.9%できている。
ただ、一項目。その一項目にリュウヤが反対しているため、協議へ出せないのだ。
その項目とは・・・。
「側室制度などいらん。」
そう、側室制度である。
テオダートらはリュウヤの次の代、いわばリュウヤJr.の時代を睨んでいる。
それが到来するには、正室のみでよいのかということだ。
リュウヤ自身は、自分の次代は能力がある者が継げばいい、そう思っている。
だが、テオダートをはじめとする、廷臣たちはそうはいかない。
国は可能な限り継続させるべきだと主張する。そのためには、"王の血統"が重要なのだ、と。
「リュウヤ陛下。陛下が以前におられた世界で、そのお言葉通りにされた国があるのでしょうか?」
痛いところを突いてきたのは、フェミリンスだ。
近代民主国家ならいざ知らず、王制のある国でそのようなことをした国を、リュウヤは知らない。伝説上の国ならば、三皇五帝の時代、古代中国くらいか。
「それに、お世継ぎの世代、それ以降のことはどうお考えですか?」
それも痛いところだ。
日本の皇室が、お世継ぎ問題で相当に揺れていることは、リュウヤも知っている。悠仁親王が御生まれになり、人心地ついたものの、根本的解決になっているわけではない。
なによりの問題は、リュウヤはこの世界に血族がいないということだ。日本の皇室ならば、旧宮家の皇籍復帰という手段もあるだろうが、リュウヤにはそれができない。
だから、テオダートらの立場からすると、リュウヤには多くの子を成してほしいのだ。
サクヤだけでそれが可能なのか?
この世界、不妊という知識は無いようだが、妊娠するには相性のようなものがあることくらいは、知られている。リュウヤとサクヤの相性が悪かったら?
最悪というものは、常に想定しなければならないのだ。
「休憩にいたしましょう。」
これまで一言も発していなかったサクヤの言葉。
その言葉により休憩となり、リュウヤは部屋から出て行く。
その後をサクヤが追う。
「サクヤ様に説得していただかねばならぬとは・・・。」
疲れたように言葉を発するテオダート。
「だが、リュウヤ陛下はなぜにあれほど側室制度に反対なさるのか?」
それはこの場にいる者全ての疑問だった。
リュウヤとサクヤは大扉の前にいた。
「私に気を使わなくてもよいのですよ?」
側室制度、一番嫌な思いを抱いているのはサクヤだろう。
そのサクヤにそんなことを言わせてしまっている。
そのことに自己嫌悪に陥る。
サクヤに気を使っている。
それが無いとは言わない。
だがそれ以上にあるのは、自身のトラウマだ。
夫と子供がいるにもかかわらず、他の男と駆け落ちした母。その血が自分にも流れている。
その自分が"側室制度"などという、いわば甘えにも繋がりかねない制度があればどうなるのか?
自分も、サクヤを捨てるようなことをしてしまうのではないか?
それを想像すると、とても怖い。
「リュウヤ様。」
サクヤがリュウヤを抱きしめる。
いつのまにか、リュウヤは涙を流していたらしい。
「リュウヤ様の母君がどのような方であろうと、リュウヤ様はリュウヤ様です。」
サクヤはそう言ってリュウヤを強く抱きしめる。
「私の知るリュウヤ様は、とても誠実でお優しい方です。私をそんな風に捨てるなど、絶対になさりません。」
そのサクヤの言葉に、リュウヤは泣いた。まるで幼子が母を求めて泣くように。
「サクヤには、情け無い姿ばかり見せるな。」
泣き止んだリュウヤの言葉。
「私の特権ですね。」
サクヤはクスリと笑う。
「長い休憩になってしまったな。」
強引に話題をそらすリュウヤ。
「顔をお洗いして、皆のところに戻りましょう。」
側室制度について、修正が加えられる。
正妻の尊称は"王后陛下"となり、たとえ世継ぎを産んだとしても、側室の尊称は"妃殿下"とする。
たかが尊称かもしれないが、それがリュウヤのせめてもの、サクヤへの想いでもある。
公布は一月後と決定された。




