滞在2日目
しばらくは、ウリエ視点の龍の王国観察記です。
この日は岩山の王宮の周囲に建設されている、街の視察である。
チェスの盤面のように整備・区分けされた都市。
王宮へと続く道は広く、大型の馬車四台分くらいはあるだろうか?
それだけではない。
水路も張り巡らされている。
だが、王都というには、都市の規模が小さい。多く見積もって1万人が暮らせればいい方だ。
「王都というには規模が小さい、そう思われたかな?」
リュウヤがウリエの様子を見て声をかける。
「一国の王都というには、物足りないように感じられます。」
リュウヤの言葉を肯定する。
「ここは政治都市、だからな。」
政治都市?聞き慣れない言葉だ。
「ここには、基本的に政治に関わる者が住む。」
政治のための施設と、それに関わる者達のための都市。
その外側に、商業や工業を中心とした街を作っていく。
この地を鳥瞰したら、森の中に街が点在しているように見えるだろう。
「森を切り拓くのは、最小限にとどめたかったからな。」
リュウヤはそう言う。
リュウヤ自身は、森を切り拓くことで起きる影響を抑えようとしているのだが、ウリエ、と言うよりもこの世界の住人にその意識はない。それ以前にこの地はウリエが知る限り、何百年も荒涼とした大地だったのだ。そちらの影響の方が遥かに大きいのではないか、そう思う。
農村部とされる地域にまで足を運ぶと、その建物に大きな特徴が見られる。
屋根が鋭角になっているのだ。
「あの屋根の形状はいったい?」
「この辺りは、雪が凄くてね。その雪への対処として、ああいう形になったのさ。」
なるほどと思う。屋根を鋭角にする事でつもり難くするのか。
だけど、雪?
この辺りは寒風は吹いても、雪はなかったはず。
そんなウリエの疑問に答えるように、
「この辺りが森になったからな。それが原因で変わったようだ。」
そういうことか。
森ができた影響は、相当なものなのだな。
「そのことに気づくのが遅れて、領民に苦労をかけた。死者こそ出なかったが、私の失敗だな。」
そう言ってリュウヤは笑う。
失敗?それをそんな簡単に認めるのか?
リュウヤの秘書官だというエルフ、ミーティアに小声で問う。
「リュウヤ陛下は、そんなに簡単に自身の失敗を認められるのか?」
「はい。失敗や過ちがあれば、すぐに認められて謝罪なされます。それがたとえ幼子相手であったとしても。」
そう言ってミーティアは微笑む。
王たるものが、そんなに簡単に謝罪をするものなのか?
ウリエには信じられない。
王とは、無謬の存在でなければならない。過ちなど、よほどなものでない限り、謝罪などするものではないと教えられてきた。
その、自分にとっての常識がリュウヤには通じない。
考えさせられることばかりだ。
今日の視察が終わり、宿泊している部屋に戻る。
「知れば知るほど、不思議な人物だな、リュウヤという人は。」
「まったくですな。」
ウリエに同意するアンベール。
アンベールは、龍の王国との下交渉を担当していたのだが、なにやら思うところがあったらしい。
「大枠は、あっさりと合意できております。」
今回の交渉は、ラムジー四世の仕出かしたことの後始末であり、アンベールは相当厳しい交渉を覚悟していた。
ところが、こちら(イストール)が出したものほぼ全てを、受け入れたのだ。
それも全て、リュウヤの指示だという。
「もっとふっかけてもよい立場だというのに、欲がなさすぎて、かえって怖いくらいだ。」
その言葉にカペーやヴァロアは同意する。
ただ、ウリエだけが、
「あの時から変わらぬのだな。」
そう言う。
初めて会った時も、イストールの負担にならぬように配慮していた。
それはなぜか?
「我が国との友好を保つことが第一、なのだろう。」
それは同時に、若き王となるウリエへの餞別でもあり、貸しでもある。
「餞別であり貸しである、ですか?」
ヴァロアは理解しかねる表情だ。
外交としては、もっとも難しい事案のひとつである敗戦後の処理。それをこちらの条件を全て飲ませて解決したとなれば、それをまとめたウリエの功績は大きなものとなる。それが餞別であり、相手はウリエの立場を強化するのに手伝ってやったというのが"貸し"だ。
「意外と腹黒いものですな、あの王様も。」
ヴァロアの言葉は貶したように見えるが、その響きは好意的である。
「敬意を表すべき相手、ではあるな。」
カペーは笑う。
「この国がどんな国になるのか、見てみたい気にさせられますな。」
アンベールの言葉に、皆が頷く。
続くウリエの言葉が決定的かもしれない。
「明日も見るべきことがあるだろう。なるべく多くを持ち帰るぞ。」
我が国は伝統だけではない。
進取の気風を持つことも知らしめよう。
その決意表明でもあった。
政治都市というと、アメリカ首都ワシントンD.C.やオーストラリアの首都メルボルンがあります。
作者の空想上の都市ではありません。




