図書館
イストール王国の使節団を迎える前日。
リュウヤは開館されたばかりの図書館にいた。
蔵書はまだまだ少ないが、そこは今後に期待する。
そんな図書館を一緒に散策しているのは、龍の王国に引き取られた王族・貴族の子供らの中で最年少のマロツィアである。
つい先日、8歳になったばかりの少女だが、かつて
「御本が読みたい。」
そう訴えていた。
その要望を、わずかながらではあるが叶えたことを、伝えるためでもある。
「まだまだ蔵書は少ないが、これからも増やしていく予定だ。」
目を輝かせているマロツィアの頭に手を乗せている。
「リュウヤ様、見てきていい?」
その言葉に頷くと、少女は走り出す。
よほど文字に飢えていたのだろう。その様子を、リュウヤは微笑ましく見ている。
「もう、マロツィアったら。"様"ではなく"陛下"とお呼びしなさいって言っているのに。」
リュウヤの隣で愚痴をこぼすのは、レティシア。
パドヴァ王族・貴族の子弟で、男子のまとめ役がユリウスなら女子は彼女である。
「かまわん。他に人がいる時なら兎も角、そうでないなら気にすることはない。」
鷹揚にリュウヤが言う。
「レティシア、お前は見に行かなくてよいのか?子供たちへの教材の準備も必要だろう。」
レティシアは、開設が決定している学校の教師になることが内定している。サクヤから話を持ちかけられ、「面白そう」と引き受けたのだ。
冬の間、子供たちに文字の読み書きを教えさせていたら、予想以上にその適性があるようでもあった。
そして、ヴィティージェとともに教材作成を行ってもいる。
ただ、どうしてもヴィティージェは高等教育に偏ってしまうため、レティシアが初等教育を担当することになっている。
「ありがとうございます。早速、色々と見させていただきます。」
レティシアは本棚に向け歩きだす。
見ていると、かなり足取りが軽い。彼女も文字に飢えていたようだ。
さて、彼女は気付くだろうか。本に隠された新しい技術に。
レティシアはパラパラとページをめくり、そして気づいたようだ。
「陛下、これは一体・・・?」
秘書官ミーティアもレティシアが持っている本を覗き込む。
「これは?」
ミーティアも気づいたようだ。
「文字の大きさ、形が一緒?」
この世界の書物は全て手書きであり、複製もまた手書きになる。これは、ある技術が生み出されるまで地球でも変わることはない。
その技術、
「活版印刷だ。」
「かつばんいんさつ・・・、ですか?」
文字ひとつひとつを型に取り、それをはめ込むことで文章を作り、印刷する。 だから、同じものを大量に作成することができる。
その説明を受け、ふたりは驚いていた。
「異世界の技術、なのでしょうか?」
リュウヤが異世界からの転生者であることは、すでに公表している。なぜ転生したかの詳細は公表していないが。
「ヴィティージェに活版印刷は教えていない。お前たちが、それを目にした初めての者だ。」
そして、この図書館にある蔵書は全て活版印刷によって作成されており、手書きの物は原本として別の場所に厳重に保管してある。
「ヴィティージェ師も喜びます!教本の確保に頭を悩ませておりましたから。」
実のところ、リュウヤは不安だったのだ。この世界の者たちに、活版印刷の価値がわかるのかどうか。
魔法というものが存在するため、あちらの世界とは文明がかなり異質なものとなっている。そのため、あちらの世界で有用な技術も、こちらの世界では受け入れられないのではないか、と。
だが、ふたりのこの反応を見る限り、この世界でも活版印刷は有用な技術だとわかる。
「イストール王国への土産にするとしよう。」
この言葉に驚くふたり。
「よろしいのですか?」
ミーティアは驚いた表情でリュウヤを見る。
「隠すことは無い。すでにパドヴァには送っているのだからな。」
魔道具ではないのだから、パドヴァでも受け入れられるだろう。リュウヤはそう言って笑う。
「リュウヤ様!」
「どうした、マロツィア?」
よほど気に入ったのか、一冊の本を胸に抱きしめるマロツィア。
「この御本、部屋に持っていっていいですか?」
「いいとも。それを読んだら、その感想を聞かせてくれないかな?」
「はい、リュウヤ様!」
大喜びするマロツィアの頭を優しく撫でる。
まるで、昔の自分の姿を見るような気分になっていた。
ファンタジー小説では馴染みの無い活版印刷。
これも、算盤と同様に文化の発展に大幅に寄与する道具なのですけどね。
こんな意外な道具が、今後も出てきます