種明かし
アデライードが話し出す。
「貨幣鋳造場に、ガロア港。中央市場に大手門番兵詰所。そして貴方達貴族の屋敷の並ぶ住宅地に、貧民街。あと裁判所だったかしら?」
相変わらずセリュリエはアデライードを訝しげに見ている。
その一方で貴族たちは騒然とし始める。
「それらの場所、施設で時間差をつけて襲撃する。そうすると・・・」
鎮圧のために兵を動かさざるを得ない。そうやって王宮周辺に軍の空白地帯を作る。そこを主力を持って攻撃すれば・・・。
それが計画の全容。
「なぜ、それを知っている?」
ギュスター侯爵が呻くように問う。
「言ったでしょう?それは私が考えた計画だって。」
セリュリエはそこで疑問をぶつける。
「アデライード殿下。そのような計画を授けて、成功したらどうするおつもりだったのですか?」
アデライードはセリュリエの顔を凝視する。
この男は、この馬鹿貴族どもにそれだけの能力があると思っているのかしら?
そんなことを考えると、大きく溜め息を吐く。
「セリュリエ卿。この者たちに成功させるだけの能力が有ると、わずかでも思っているのですか?」
呆れたような声でアデライードは続ける。
「どうせ、誰が主力を率いて王宮を攻撃するかで大揉めしていたのでしょう。」
主力を率いて王宮を攻撃する。
それはラムジー四世を救出する、最大の名誉と栄誉を受ける立場になるということ。上手くすれば公爵位だって夢ではない。
そんな夢のような立場を、目先の利益しか考えられない貴族たちが譲るわけがない。
その結果が、互いを監視するために誰かが宴を開けば「抜け駆けを企んでいるのではないか」と疑い、掣肘し合う関係。
しっかりとしたリーダーが居れば、そんなことにはならないのだろうが、残念ながらそんな者はいない。
ラムジー四世派貴族などと言っても、ただの寄せ集めでしかないのだ。しかも全員が利己主義の。
「そんなのに雇われるくらいですから、私兵も愚か者達ばかりでした。」
それぞれの貴族の名で、まだ戦ってもいないのに「成功の前祝い」として酒を差し入れたところ、なんの疑いもせずに受け入れて酒盛りを始めたとか。
雇い主の普段の言動が、大きく影響を与えているのだろう。
ラムジー四世派貴族の内情を知り尽くし、その上で徹底的に踊らせる。
なぜ彼女にそれができたのか?
それは商人としての才覚(現代的に言い換えるならビジネス感覚)、それを持っているからに他ならない。
どこに利益を生むものがあるのか?
商品を仕入れるにあたってのリスク。
どの有力者とコネを作れば良いのか、その選定眼。
物や人の流れを読む能力。
それらの情勢を掴むための情報収集能力と分析力。
それらを持っていたからである。
だが、ラムジー四世派貴族たちのみならず、王宮内の者たちですらアデライードのその能力の価値に気づいている者はほとんどいない。
数少ない例外は、フィリップ、ウリエの両王子くらいだが、そのふたりをしても警戒心の方が強い。
「おわかりいただけたかしら?貴方たちは、最初から私の手のひらで踊っていただけだということを。」
貴族たちはその場で崩れ落ち、呆けた表情で座りこんでいる。
「彼らを如何なされますか?」
デュラスはアデライードに尋ねる。聞くまでもないことではあるが。
「牢に放り込んでおきなさい。処分を決めるのは私ではありません。」
処分は、フィリップ王子が決めるだろう。次期国王ウリエの名代として。
「ほかにはありませんか?」
今、ここで決めなければならないことはないか?
皆を見るが無いようである。
「無いようですので、私は下がらせていただきます。」
アデライードはこの場を離れ、寝室へと歩き出した。
政治家、特に現代の政治家にはビジネス感覚という物がとても重要なのですが、日本ではあまり論じられませんね。
アメリカのドナルド・トランプ大統領は極端過ぎる例ですが、国の運営を考えると、切っても切れない関係なんですよ、ビジネス感覚というのは。
日本史でそういう感覚を強く持っていたのは、やはり織田信長でしょう。
あとは、意外かもしれませんが、田沼意次。
両者に共通するのが、「商人から税金を取る」ということでしょう。
特に江戸時代、商売は「卑賤な職業」とされていましたから、そこから税金を取るという発想そのものがなかったんです。そこから税金を取るというのは、画期的なことだったんですが、松平定信らによって潰されてしまいました。
さらには、銀行に似た組織を作って産業振興に努めようとしたりと、田沼意次は近代的な思考の持ち主だったりもします。