開演
フィリップとウリエの方針は、ラムジー四世派貴族の妄動を待つというものだったが、アデライードに待つ気はない。
むしろ、積極的に煽って動かざるを得ない状況にするのだ。
そのための準備もしてある。
母は平民とはいえ、その実家は王宮への出入りを許された豪商。その人脈の広さはそこいらの貴族どもの比ではない。
王族として公認されるまで、アデライードはその豪商の家で生活しており、自身も人脈を築いている。
そのルートからラムジー四世派貴族の動向は入手しているのだ。
そして今夜、決起集会なるものが行われることも知っている。表向きには、オータン伯爵の誕生日祝いとなっている。だが、その参加者の顔ぶれを見れば、それがどういう性格のものかがわかる。
参加者全てが、ラムジー四世派貴族なのだ。
その顔ぶれを知らされたとき、アデライードは呆れていた。
「もう少し隠せばいいのに。」
せめて中立派貴族を入れるくらいすれば、監視の目をそれなりに逸らすことができただろう。もっと目端の利く者ならば、フィリップ、ウリエ王子派も招くだろう。
だが、ラムジー四世派貴族にはその程度の知恵もない。
相手として不足しすぎで、物足りない。
だが、彼らには自分のための踏み台になってもらう。自分の未来のためにも。
アデライードは家令を呼ぶと、なにやら指示を出す。
指示を受けて立ち去る家令の背中を見ながら、アデライードは微笑を浮かべる。その微笑は、見る者によっては"獲物を前にした猛獣"に見えたかもしれない。
オータン伯爵46回目の誕生日を祝う会。
表向きの名称である。表向きの名称ではあるが、それなりの規模のパーティを開いている。アデライードには笑われるだろうが、彼らなりの偽装工作なのだ。
宴も終盤になり、酒の勢いもあり気勢をあげる。
「明日の勝利を!!」
決行は明日、早朝。夜明けとともに、それぞれがそれぞれの場所で手勢を率いて騒乱を起こす。その鎮圧のために王宮の守りが手薄になった隙に攻撃。ラムジー四世を救出して復権させるのだ。
自分たちこそがこの国の正当な統治者なのだ!
そんな熱気が会場に広がる。
そんな彼らは知らない。
その策をそれとなくラムジー四世派貴族たちに流した存在のことを。
熱気に包まれる場。
それに冷や水を浴びせる大声が聞こえる。
「謀叛人どもを捕らえよ!!」
オータン伯爵邸は狼狽えた声と罵声が飛び交う。
「なぜ暴露たのだ!!」
誰かが裏切ったのか?
そんな声もあがる。
「こうなっては、行動を前倒ししましょうぞ!」
「そうじゃ、それしかない!」
「今、王宮に居るのは小娘だけだ!」
「そうだ!あの小娘を捕らえ、ラムジー四世王をお救いするのだ!!」
それらの言葉が飛び交い、ひとつの方向性を示し出すと、冷や水を浴びせられた空気が、再び熱気に包まれる。
そのためには、まずはこの場から逃げ出すことだ。
「こちらから逃げられよ!」
オータン伯爵は、参加した貴族たちに逃走経路を指し示す。
ラムジー四世派貴族たちは、オータン伯爵の示した逃走経路で逃げ出した。
追跡をなんとかやり過ごした貴族たちは、すぐに行動にかかる。
手勢をまとめ、王宮へと進軍した。
王宮、広間に居るアデライードの前に、縄に縛られて引き立てられて来た人物。
オータン伯爵だった。
「縄を解きなさい。」
アデライードの言葉だが、引き立ててきた兵士が異を唱える。
「謀叛人の縄を解くなど・・・」
「武器はなにも持っていないのでしょう?ならばかまいません。」
再びアデライードに言われ、渋々縄を解き、その場を離れる。
兵士が部屋から出ると、
「ご苦労様でした、オータン伯爵。」
「い、いえ。これで、私の罪は・・・」
「ええ、問わないであげる。貴方が行なって来た不正蓄財の罪も、ね。」
不正蓄財。はっきり言ってしまえば賄賂の受け取りと、贈ってきた相手への利益供与。
さらには物資の横流し。
アデライードはそれらの証拠を掴むと、オータン伯爵と取り引きを行った。
自分に協力するなら見逃す。そうでないならば、即時逮捕。
「どちらを選ぶ?」、そう言われ協力することを選んだのだ。
「ですが・・・」
言葉を続けるアデライードに不吉な物を感じる。
「やはり拘禁させていただきます。」
「協力したではないか!」
「伯爵、あなたの屋敷から禁制の薬物、阿片が見つかっていますの。それを見逃すわけにはいけませんわ。」
許したのは不正蓄財。阿片が見つかったとなれば、それを見逃すわけにはいかない。
アデライードは衛兵を呼ぶと、オータン伯爵の拘束を命じたのだった。