扉の中へ
目を覚ました龍弥は、涙を流していることに気づいた。
あれは、少女の記憶なのだろう。依代として、ひとつの身体にふたつの魂が同居しているため、一部が混ざり記憶を共有しているのかもしれない。
「お水をお持ちしました。」
巫女姫がコップと水差しをトレイにのせて、部屋に入ってきた。そして涙を流している龍弥の顔をみて驚く。
「どうかなさったのですか?」
慌ててトレイを円卓に置くと、龍弥のところに駆け寄る。
「いや、違うんだ。」
駆け寄る巫女姫を制する。
「夢、いや違うな。この依代の少女の記憶を観たんだ。」
「記憶を?」
「そう、記憶。」
龍弥はみたことを話す。
黙って聞いているうちに巫女姫は涙を流す。
「それは、その子の記憶なのでしょう。」
そして、龍弥の仮説を肯定した。それ以外にないでしょう、と。
コップに一杯の水をもらい、ゆっくりと飲み干す。
これが日本なら、グイッとひと息に飲み干すのだろうが、この地では水は貴重だ。今日、始源の龍が復活するまでは。
巫女姫に向き直し、龍弥は頭を下げる。
「昨日はごめん、申し訳ない。」
巫女姫は驚いて龍弥を見る。
「昨日は、きみや、依代の少女、二人の従者の心情をなにも知らずに、あんなことを言って、本当に申し訳ない。」
「いえ、リュウヤさまはなにも知らなかったのですから。」
「そう言ってもらえると、少し気が楽になるよ。」
龍弥は穏やかな顔をして言う。
巫女姫は、龍弥の顔を見つめる。
穏やかな表情。
いや、違う。穏やか過ぎる表情だ。
この表情、見覚えがある。
それはどこで見たのだろう。
「そろそろ行こうか。」
龍弥の言葉に、巫女姫は思考を停止させられる。
「は、はい。すぐに支度をします。」
支度しなければならないようなことがあるのかと、そう思ったりもしたが、彼女たちにしてみれば神のような存在の下に行くのだ。それなりに準備が必要なのだろう。
しばしの間、部屋で待っていると、巫女姫が従者を連れて戻って来た。"えっ"と思っている間に、着替えさせらてしまう。
「では行きましょう。」
巫女姫とともに始源の龍の下に向かい、歩き出す。
そして、昨日と同じように途中でギイが合流する。
あれだけ酒を飲んだと言うのに、後に残っていないようにみえるとは・・・。
ドヴェルグ恐るべし!
大扉の前。
あとは、この中に入って始源の龍に名をつけて終わる。
そう、それだけ。
ふと、外を見る。
違和感を感じて、荒涼とした大地に点在するオアシスを見る。
「どうした、リュウヤ?」
そう言ってギイも龍弥と同じ方向を見る。
「煙?」
なぜオアシスに煙が・・・?
「奴隷狩りか!」
「!?」
敵の数は・・・。ギイが望遠鏡らしきものを使い、オアシス群を見ている。
「まずいな、少なくみても1万はおるぞ!」
「1万!!」
巫女姫らは唖然とする。どうみても奴隷狩りに1万は多すぎる。ならばその狙いは?
「鉱山も奪うつもりなんだろう。」
龍弥があっさりと答える。
確かに、そう考えるとこの大動員も理解できる。
「相手の狙いはなんであれ、守りを固める必要があるだろう。」
その通りだった。龍弥が名付け、すぐに復活するかどうかもわからないのだ。
「ワシは戻るぞ。守りの指揮を取らねばならん。」
ギイは指揮を取るべく戻って行く。
「貴女達も、ギイを手伝ってください。」
巫女姫も従者ふたりに指示を出す。
ふたりは巫女姫に一礼して、ギイの後を追った。
「巫女姫、貴女は行かなくていいのか?」
「はい。あなたをこの世界に召喚した責任があります。全てを見届けさせてください。」
どうやら、気づいたかな?ただ、その内容そのものは知らないだろうけれど。
「じゃあ、行くとしようか。」
穏やかに龍弥は巫女姫に言うと、悠然とした足取りで中に入って行く。
その後ろ姿に巫女姫は一抹の不安を抱いている。