しろい、うさぎさん。
不定期更新となります。 数話完結型の連作となります。
昔から、私が見る夢は鮮明で記憶にハッキリと残るものだった。 おどぎ話のような夢、幸せいっぱいの夢、ちょっと怖い夢、恐ろしい夢、奇妙な夢、物騒な夢、笑っちゃう夢、悲しい夢。 夢の形は様々で、私はその一つ一つを鮮明に覚えていた。 起きると決まって、その日見た夢を毎日振り返っていたりもした。 交わした言葉から見た物まで、ひとつひとつ隅から隅まで覚えているからできることだ。
「夢喰らい?」
「そうそう、お前にはその素質があるってことだよ、天羽夢花」
ある日、私はいつものように夢を見た。 その夢は何もない空間、真っ白な床に真っ白な壁、その中心にウサギさんが居た。 真っ赤な目に真っ白な体、そしてそのウサギさんは私を見つけると、喋りだした。
「なんか怖そう……」
「今更何言ってんだよ。 夢喰らいってのは、他人の夢に入る力を持った奴らのこと。 夢ってのは人の心の奥底を映し出す鏡みたいなもんだ。 普通は人の夢になんか入れないけど、お前にはそういう力があるんだよ」
そうは言われましても。 それに、他人の夢に入るなんてプライバシーの侵害だと思う。 これまたおかしな夢だなと思い、口を開く。
「勝手に人の夢に入るのって、怒られたりしないのかな」
「……お前、今まで十五年生きてきて、そんだけ他人の夢に勝手に入っておいて何言ってんの?」
「え」
「まさかまさかと思ったけど、自覚なかったのか。 通りでオレとハッキリ話せるわけだな」
腕を組み、ウサギさんはうんうんと頷く。 短い腕で、腕を組むというよりは手を合わせていると言った方が近いポーズだけど、ウサギさん的には腕を組んでいるつもりなのかな。 そして、今度はそのまま腕を私へと向け、ウサギさんは言う。
「オレはアイザック=レカレルト、夢喰らいを育てて世界をぶっ壊すことを目的としている夢魔だ」
「アイザック……ウサちゃんでいいかな?」
「よくねえよ」
「でも、名前覚えづらいから……それに、世界を壊すとかダメだよ」
「……ま良いか。 無自覚の内に他人の夢に入ってたってことは、素質はオレの見込み通りアリってわけだし。 夢花、お前には夢喰らいについて詳しく教えてやる」
ウサちゃんは言うと、耳をぴくぴくと動かした。 いつものようにハッキリとしている夢、夢だけど夢じゃないと思わせるような夢。 ウサちゃんが言うには、私が今まで見ていたのは私の夢ではなく、見ず知らずの人の夢だと言う。 そんな話、にわかには信じられなかった。
「人の夢はオレのような夢魔にとっちゃ好物だ。 夢魔は人が夢を見れば見るほど力を蓄えられる。 オレも本来の姿は超かっけえんだけど、今は力を抑えるためにこういう姿を取ってんだ」
「今のほうが可愛いと思うけどなぁ。 喋り方は少し怖いけど……」
「可愛くなくて良いんだよ。 けど、最近そんな人の夢に勝手に入り込む夢魔が増えてきた。 夢魔は基本的に人が普通の夢を見ればそれだけで良いんだけど、自らの身の可愛さ故に勝手をするクソ野郎が増えてんだ。 オレらのような異物が夢に入れば、その夢は当然悪夢に変わる。 入った夢魔はそれでも構わねえんだろうが、他の夢魔にとっては楽しくねえ。 外から見た悪夢は餌にもなりゃしねえからな」
ウサちゃんは言うと、続ける。
人の夢に入った夢魔は、いつでもその夢を見続け力を持つことができる。 しかし、それは他の夢魔、そしてその夢を見ている当事者にとっては災難となってしまう。 餌がなければ死に絶える、そんな自然の摂理を訴えてくるウサちゃんは、ウサギでありながら言葉を喋るという自然の摂理に反している。
そして、それに触発され、人の夢に入る夢魔が増えてきた。 悪夢は悪夢、夢魔が入り込んだ悪夢は普通の悪夢とは違い、最悪の場合は当事者が死ぬことすらある。 そうなれば全体の夢は減り、夢魔たちはどんどんと弱くなっていってしまう。 最終的には力が尽き、消えてなくなってしまうのだという。 逆に力を得られれば、世界征服だって夢じゃないと、ウサちゃんは語る。
そこで、他人の夢に入る力を持った者、夢喰らいの力を利用する。 夢を見る夢魔、夢に入る夢喰らい、そうして既に夢へと入り込んだ夢魔を探し出すというものだ。 このままでは夢は減り続け、夢魔たちは生きていけなくなってしまうから。
「でも、そんな怖いこと無理だよ……それにウサちゃんに協力すれば、悪いことするんでしょ?」
「心配すんな。 お前は特別力があるし、人の夢の中で殺されてもお前の夢じゃない以上、被害なんてねえからな。 悪いことつってもお前が生きてる内には無理だから、お前には関係ねーよ」
「そういう問題なのかな?」
「そういう問題だろ」
なんか違う気もするけれど。 でも、ウサちゃんが言うように誰かが死んでしまうということが起きている。 そして、ウサちゃんもまた力が尽きてしまうかもしれない。 私には無関係なことかもしれないけど、それを知って知らない振りをするのは少し、無責任だ。
「危なかったら、ウサちゃん助けてくれる?」
「正直オレよりお前のが強い気もするが……まぁ良いぜ、オレはこう見えてつええウサギ……ってウサちゃんじゃねえ! オレはアイザック=レカレルトだっつってんだろ!」
「だから名前が長いから、ウサちゃん。 私のことも夢花でいいよ」
「生意気な奴だな……」
と、そこで部屋がボロボロと崩れ始める。 いつも見ている景色、こうして部屋が崩れていく、景色が崩れていくときは目が覚める前兆だと、私は知っている。
今宵の夢はもうおしまい。 さぁさ、瞼を開いて目覚めの時間がやって来た。 少し不思議なウサギの夢、真っ白な部屋の真っ白なウサギさんの夢。
彼は私にこう言った。 夢喰らいとしての素質があると、そう言った。
私は彼にこう言った。 それはなに? と、そう言った。
ウサギさんは困っていて、ウサギさんのお友達が悪いことをしているらしい。 ウサギさんは泣いていて、このままだと死んでしまうと泣いていて。
私に何ができるだろう。 私に何がやれるだろう。 分からないけど、ウサギさんは私を頼ってくれました。
だから少しだけ頑張ってみよう。 もしもこれが夢で、明日はまた全く別の夢かもしれないけれど。 それでも今は、ウサギさんのために頑張ろうと、そう思う。
目が覚める。 夜が明ける。 夢は夢で幻で、目が覚めれば泡のように消えていて。 それでも私は夢を見る。 いつも、いつも、夢を見る。
「遅刻すんぜ」
「ふわぁ……え、え!? う、ウサちゃん!?」
だから、その日の目覚めは驚きだった。 ベッドから起き上がる私、いつものように腕を伸ばし、人に見せるのは少し恥ずかしいあくびをし、寝ぼけ眼を手で擦る。 その目に映ったのは、夢の中に居た真っ白なウサちゃんだ。 ぴょこぴょこ、耳を動かし私を見ている。
「ど、どどど、どうして居るの!?」
「はっ、マヌケな顔だな夢花。 ようやく、よーやくオレが外へ出れたってわけだ。 サンキューな、これから人の夢を漁って漁って漁りまくってやる! お前のおかげでオレは自由ってわけよ!」
「だ、だましたの!?」
「見ず知らずの夢魔の言うことを信じるからいけねーんだよ、そんじゃあな」
ウサちゃんは言うと、空を飛び空いていた窓から外へ飛び出そうとする。 止めないと、と思うも寝起きの体は重く、ウサちゃんの体は瞬く間に窓の外へ……。
「あれ」
しかし、ウサちゃんの体が途中で止まった。 まるで見えない壁に阻まれているかのように、後ろ足を引っ張られているかのように、懸命に体を動かすもその先へと全く進めていない。
「ん……お前まさかオレを縛りやがったな!?」
「えぇ! な、なんの話!?」
「起きるときオレのこと考えてただろ!?」
言われ、思い出す。 起きる前、私はいつもその日に見た夢を振り返る。 もしかしたら、それのことかもしれないと思った。
「……少し?」
「夢魔を縛り付けるとか……お前やっぱとんでもねえな。 クソ、最悪だ最悪だ最悪だ。 よりにもよってお前みたいなガキんちょに縛られるなんて!!」
「ご、ごめんね……?」
「……んぐ、いや、まぁ気にすんな。 これから先、仕方ねえからお前はオレの奴隷として働かせてやる。 夢喰らいとしての素質は幸いなことにあるわけだし、オレの奴隷としてせっせこ働いてれば悪いようには……」
「わ、ウサちゃん顔に蚊っ!」
「ふごっ!」
ウサちゃんのほっぺたに、少し大きな蚊がついていた。 血を吸われたらいけないと思い、私はウサちゃんの頬を軽く叩く。 すると、ウサちゃんの体は勢い良く壁に打ち付けられる。 ドゴッ、という鈍い音が部屋に響いた。
「お、おま……力強いって、教えたじゃん……」
そしてウサちゃんは、静かに息を引き取った。
「よーし夢花、これからオレがいろいろ教えてやるから覚悟しとけよ。 一流の夢喰らいにしてやるからな」
「ウサちゃんほっぺたまだ痛い? ごめんね?」
「その話はすんな」
その後、ウサちゃんをなんとか起こし、学校へ行く準備をし終えた私は家を出る。 歩いて十五分、家の近くに高校があるのは便利で嬉しい。 それに、朝の通学路は海沿いで、海風がとても気持ち良い。
ウサちゃんは私の頭の上へと乗っている。 もこもこしていて気持ちが良いけど、夏は少し暑そうだ。 そんな今は春で、四月の下旬で新入生という枠にまだ入るだろう時期。
「よーっす、夢花っ!」
「わ、おはよう。 茜ちゃん今日も元気だねー」
「そう言う夢花は今日もふわふわしてんなー! 寝たりないとか?」
後ろからの声。 軽く叩かれた肩。 顔を向けると、中学生からの友達の篠沢茜ちゃんがそこに居た。 乗ってきていた自転車から降り、私の横を歩き始めた彼女はいつも元気良く、夏が近づくと海でサーフィンもやるくらいに元気が良い。 中学生のとき、私も誘われて行ったことがあるけど、結果は散々だった。
「変な夢を見たせいかな? 喋るウサギさんの夢」
「なにそれ、あはは! あたしは冒険する夢ばっかだなぁ」
少し焼けた肌に、笑顔がとても似合う子だ。 そして、どうやら私の頭の上に乗っているウサちゃんのことは見えていない。 ウサちゃんは「夢喰らいじゃなきゃオレの姿は見えねえ」と言っていたけれど、どうやら本当らしい。
「へぇえええ……冒険かぁ。 どんな冒険?」
「そりゃもう宇宙よ! こう、隕石舞う宇宙をロボットでずばばーんって」
「あ、あはは」
予想以上に、冒険のスケールが大きかった。 それは最早、冒険というよりかは宇宙戦争と言った方が正しい気もする。
「そう言う夢花は? なんか可愛い夢見てそうなイメージ」
「いろいろかな。 たまに怖い夢とか……」
怖い夢は、たまに見る。 包丁を持った未知の生物が襲ってきたり、頭がお花の男の人が沢山いたり、お婆さんが延々とジョウロでお花に血を上げていたり。 そういう夢たちは、得体の知れない怖さがある。 それに、私はそういう夢を鮮明に覚えてしまう。 それは、きっと私が夢喰らいという者で他人の夢を見ているからだ。 怖い思いというのは、たくさんしてきた。
……人の夢。 私が今まで見てきた夢と同じものを見ている人が居る。 それがもし夢魔の所為だったなら、私はどうにかするべきだったんじゃないかと、そう思った。
「ゆーめか? どしたの、ぼーっとして」
「あ、なんでもないよ。 少し眠いのかも」
「授業中よく寝てるもんな、夢花は」
「……そうかな?」
「入学初日に寝て、頭叩かれてたの覚えてるよーあたしは。 あはは! それじゃあまた学校でねー」
乗ってきていた自転車に跨り、茜ちゃんは手を振って先へと走っていく。 朝からあの元気は羨ましい、私は歩いてゆっくりと学校へ行くほうが好きだ。
「あいつの夢、中々良さそうだな。 本人が楽しんでれば楽しんでるほどオレにとっては栄養になるからよ、今日はあいつの夢見に行こうぜ」
「だーめ。 勝手なことしたら怒るからね」
「……この暴力女め」
頭の上に乗るウサちゃんは、言葉遣いこそ悪いけど、それでも割りと大人しくしてくれている。 たぶん、私に朝、軽く叩かれたのが効いたのかもしれない。 もちろん、私はウサちゃんのことを叩こうとして叩いたわけじゃないけど……。
それと、ウサちゃんは自由に夢を見ることができる。 今の言葉からしてもそうだけど、夢を見るということを栄養としている夢魔は、どんな夢を見るかというのを選べるらしい。 その選ぶ場所というのが、昨日の真っ白な部屋。 あそこから扉を通し、人の夢へと入るのが常だと話してくれた。 そして、私が無意識の内に人の夢に入っているのはとんでもなく凄いことだとも教えてくれた。
「でもウサちゃん、夢喰らいって何をすればいいの? その悪いことをしている夢魔さんをやっつける……の?」
「その必要がある場合もあるかもな。 話せば分かる奴も多いけど、基本的には夢の問題を解決するって方法が一番良い。 実際に夢の中に居る夢魔に会えることなんて滅多にねーだろうからな」
「夢の問題?」
言うと、ウサちゃんは私の頭から飛び降りると、防波堤の上へと飛び乗った。 そこを歩きながら、私に分かるように説明を始める。 ウサちゃんは意外と親切で、こうした質問には一応答えてくれる。
「昨日言っただろ? 夢ってのは心の底を写す鏡みたいなもんだ。 勝手に入り込んで居座る夢魔は、その底にある悩みを無理矢理引き出し餌にしてる。 無理矢理引き出せばそりゃ悪夢になるが、元を正せば悪夢を引き出してしまう理由ってのがある。 それを見つけて、解決すんのが夢喰らいの役目ってわけだ」
「なるほど……でも、夢の中だけでどうやって解決すればいいのかな」
「だーれが夢の中だけつってんだよ。 お前はなんのために夢に出入りしてんだ、夢花。 現実と夢を自由に行き来できるお前らのような人間だから、そういう役目なんだろうが。 夢と現実は意識してもしなくても、一本の線で繋がってる。 寝る前に考えていることが夢に出てくることは多いだろ? それと一緒の理屈だな」
……と、いうことは。
「……現実でその問題を解決するってこと?」
「最悪の場合は、だけどな。 夢の中だけで解決できんならそれが一番良いし、簡単だ。 けど、そうじゃないときはそうする必要も出てくる。 悩み事が消えちまえば、居座ってる夢魔も悪夢を引き出せない。 何もない水の中からは何も取り出せねえ、そういうこった」
……予想以上に、夢喰らいというのは大変らしい。