第9話 樹と前任と特命
休暇2日目。少し遅めの朝食を食べ終わった樹はリーシャの元へと向かっていた。休暇期間ではあるが行かなければ何をされるか分からない。それに部屋にいたところで何もすることがない、かといって町にもめぼしいものが無い。なんだか定年退職後のお父さんみたいな気分だ。何か趣味をもたなければいけないな。刺繍とか。そんなことを考えながらとぼとぼと歩き部屋の前にたどり着く。何をされるか分かったものじゃないので念のために耳を澄まして中の様子を聞き取る。すると中から男性の声が聞こえてくる。珍しい、一応俺以外に給仕や着替えの手伝い役として女性のメイドが出入りすることやなんなら俺の休暇期間女性メイド達が総出で世話をしていると聞くが男性が出入りするのは珍しい。それも声色から察するに若い男性ではあるが落着きを感じさせる低い声だ。お偉いさんや来客であったらいけない。何となく恐る恐るドアを開けるとやはり身分の高そうな男性が一人、リーシャと談笑しながら優雅にティータイムを過ごしていた。
「あ、失礼しました。」
雰囲気的にそう言いその場を去ろうとすると、リーシャがすっと立ち上がりそのままドタドタと樹の方へと走ってくる。
「なに帰ろうとしてるのよ!あんたを待ってたのに!」
そう怒鳴り、樹の腕をつかみティータイムの場に連れ込む。なぜだか知らないが嫌な予感がする。
「やぁ待ってたよ、イツキ君。」
男性は立ち上がり、樹に向かってにっこりとほほ笑む。やはり男は着ている服のわりに若く見えるがその聡明そうな顔立ちや細い眼鏡のせいなのか仕事の出来るエリートイケメンといった印象を受ける。そして樹がそれよりも気になったのは胸に見える勲章である。確かハンクの胸にもそれに似たようなものがあった気がする。ハンクは部隊長だから目の前の男ももしかしたらハンクレベル、それ以上の身分の人間かもしれない。行いに気をつけなければ。
丸いテーブルにリーシャとその男の間に座らせられた樹は粗相がないようにと背筋をピンと伸ばしてメイドが持ってきたお茶を飲んでいた。
「ははっ、そんなにかしこまらなくていいよ。今日は先輩として君に会いに来たわけだし。」
男は笑いながらそういう。
「先輩?」
「ああ、君の前に姫様係だったのは僕なんだ。」
ということはこの目の前の男はカルの言う通りならば攻撃部隊長か総指揮となる。
「そういえば自己紹介がまだだったね。私はラース。役職は一応大臣で外交関係を担当している。」
なんかとんでもない身分がカミングアウトされた。大臣?それもこの歳で?とんでもないエリートではないか。というかカルの話はガセだったのか。どうでもいいけど。
「ここ最近の姫様の様子を見る限り君の仕事はうまくいってそうだったんだけどある日急に姫様の元気がなくなってね。メイドらに話を聞いてみたら君が倒れて休養中と聞いてね。心配していたんだけど昨日急に姫様の元気が100パーセントになってこれまた話を聞いたら君が目覚めてさらに姫様のお友達になったと聞いてね。気になって君が来るのをこうして待っていたんだよ。」
やけにお友達というフレーズを強調して語る。これによって樹はなぜこの男ラースがわざわざ樹に会いに来たのか本当の理由を理解した。
これは怒られる奴だ。ちょっと考えたらすぐにわかることだ。姫様係とはいえただの一般兵なのに変わりはない。そんな一般兵Aが姫の友人を名乗るなんて無礼にもほどがあるだろう。きっとラースはそんな樹を注意ないしは制裁しに来たのだろう。
「さて、自己紹介はこれくらいにして。話し合おうじゃないか。」
ラースは座りなおして樹のことを見つめる。
「姫様の傍若無人っぷりを!」
「へっ?」
樹、そしてリーシャは首をかしげる。
「君なら分かるはずです。私と同じように姫の世話をしている君になら!姫様の人使いの粗さとだらしなさが!」
前のめりになりラースは訴えかけてくる。樹は衝撃で止まった脳みそを動かして考える。
この人はもしかして愚痴りに来たのか?何年間もためてどこにも行き場のなかったストレスを共感者である俺で浄化しに来たのか?確かに分からないわけではない。実際、樹も休暇前はカルとその蛇に愚痴っていたから気持ちは同じだ。
「ちょっと!!何よそれ!!私に何か悪いところがあるっていうの!!仮にも私は姫よ!?」
「姫だろうが一人の人間です。悪いところの一つや二つは許容できます。ただあなたにはそれが多すぎるのです。まず・・・」
そこからはラースと樹が交互にリーシャのダメなところや直してほしいところを言い合い、リーシャがそれに対して弁明するという裁判形式となった。最初はリーシャも元気に弁明していたが途中からは心当たりがあるのか黙って二人の話を聞いていた。
「もう・・勘弁して・・・お願い・・・。」
最終的にはリーシャが限界になりこの会は終了した。
「いや~、今日は良い日でした。そろそろ私は公務があるのでこの辺で。」
そういい、ラースは仕事に向かおうとする。が何か思い出したのか樹の方へと向かう。
そうして
「君にはきっと素晴らしい未来が待っている。過酷な環境の中でも精進したまえ。」
そういって肩と胸をポンポンとたたきいて出ていく。
いい人だった。そういう印象だった。俺もあんな人になれるのだろうか。
そんなことを考えているとダウンしていたリーシャがゆっくりと体を起こす。
あっ、これはまずいかもしれない。ゆっくりとドアへと向かって逃げ出そうとすると、
「・・・アクアバインド・・・。」
水魔法が樹の体にまとわりつき、樹の体を拘束する。
「さっきはよくも言ってくれたわね~?」
「いや、あの~、友達じゃないか。」
「問答無用!!!」
「ギャーーーーーー!!!」
この先はご想像に任せたい。というよりかは思い出したくないと言っておこう。
全身びしょびしょになった樹は疲れ切った体のまま部屋に戻り、着替え等をもって大浴場へと向かう。
この状態だと風邪をひいてしまう。早くさっぱりしなければ。そんな樹が脱衣所で上着のポケットの貴重品等を取り出しているときにあるものを見つける。びしょびしょの紙片を。こんなものを入れた記憶はないし、こんなものを入れられた記憶も。ないと思ったが一つあった。ラースさんだ。最後のラースさんの不自然と言えるあの激励の時だ。あの時に入れたのかでもどうして。とりあえず見ないことには始まらない。破れないように破れないようにと慎重に紙片を取り出しゆっくりとめくる。
「大臣室で待つ」
そう書かれていた。こうしてはいられない。樹は風呂に入るのをやめてラースのもとへと向かった。
ラースのいる大臣室は王宮の中でもかなり中枢の部分にあり、そこに行くまでにびしょびしょの姿で何人もの兵やメイドとすれ違ったが、どうやら樹のことはみんなが知っているらしく、姫様係だもんねぇ、どんなことやらされてんだろう、といった憐みの声を受けて部屋の前にたどり着く。ノックをし、どうぞという声を聴いたのちに中へと入る。
ラースは樹を見ていろいろと察したらしく、
「とりあえず、一緒に風呂でもどうだい?」
と樹を風呂へと誘った。樹はお言葉に甘えてほいほいとラースの後についていった。
ラースについて行ってたどり着いた先は先ほど樹がいた大浴場ではなく、関係者専用と札が掛けてある扉の前だった。
「さぁ、遠慮なく。」
そのままラースの後に続くと中にあったのは大浴場とはくらべものにはならないほど豪華絢爛な脱衣所であった。
「ここは上流階級者や来賓専用の浴場だよ。上流階級者なら個人専用の浴室が部屋にあるけどここは交流の場であったりのんびり広々と使うために使用されることが多いよ。僕はこのきらびやかな感じが嫌であまり使わないけど。」
そういいつつ、ラースは服を脱ぎ始める。大臣というからもうデスクワークが中心なのかと思ったが体は今すぐ戦場にいっても問題がないといえるほどに引き締まっている。
「そういえば、まだ用事を聞いていなかったのですが。」
「まぁ、それについては中でゆっくりと。」
ラースは肩に手拭いをかけて浴場へと向かう。樹もそれに続いた。
かけ湯や体を洗うなどの作業が終わり、二人が湯につかったところでラースは話を切り出した。
「単刀直入にいって君に僕の仕事を手伝ってほしいんだ。」
「仕事ですか?」
「あぁ、それもとても重要な仕事だ。」
ラースは風呂によるものなのか、心労によるものなのか、それともこの仕事が過酷なのを想像してなのかはぁ、とため息をついて続ける。
「先ほど話した通り私は今外交関係の仕事に就いていて、今度隣の国のコンゴレア国に行って貿易や国防について会談を開かなくてはならなくてね。君には僕の付き人として同行してほしいんだ。」
樹は最初ぽかんとした。確かに重要な役目だが思ったよりもそうでもないという印象だ。これくらいならばリーシャの前でもいえる内容だし、第一、樹でなければならない理由もない。
「もちろんこれだけではない。これだったらあの茶会の時にでもいえたことだ。本題はここからだ。」
ラースは一つ咳ばらいをして続ける。
「実はコンゴレア国には黒い噂があってね、君にはそれを調査してもらいたいんだ。」
「ここ数年わが国マルス王国には不法薬物が出回っていてね、どうやらそれがコンゴレア国から入ってきているようなんだ。」
不法薬物。やはりどこの世界でも困ることは同じなのかと思ってしまう。
「さらにそれを行っている組織と国が手を組んでいるみたいで国はその組織を隠す代わりにいくらか利益を貰っているらしいんだ。」
「これは十二か国連携貿易条約や十二か国連携で定めている国際法に違反する。それよりもマルス王国からコンゴレアに多大な資金が流れだし、その代わりにマルスの国が腐ってしまう。そうして得た資金をコンゴレアは国防や軍事開発に注いで力をつけていずれは隣国を・・という流れになってしまう。」
「それを確かめるためにも今回わざわざ別件でコンゴレアに出向いて話し合えるように説得したが、少し強引過ぎたのかあちら側の不信感を仰いでしまってね。僕に加えて使者が一人しか入れないという条件になってしまったんだ。これは重要な任務だから人手がいる。」
なんとなく適任者を一人知っている。一人で何人にもなれてそして煙で雲隠れできる男を。
「そこで君の出番という訳だ!」
「念のため君がスパイではないかと先ほどの茶会で君の様子を窺ったり君が来る前に姫様に君について聞いてみたが特にそんな様子はない。君しかいないんだよ、イツキ君。」
なんかとんでもない仕事を振られた。国を動かすレベルの。
「え~っと、ちなみに拒否権は・・・。」
「ないよ。縄で縛ってでも連れていくつもりだ。」
ラースの目は本気だった。
「大丈夫だよ。あっちにもう潜入しているスパイがいる。その指示に従いつつ行動すればまず、君が捕まるというバッドエンドはないだろう。」
「それだったら、そのスパイたちにやらせておけば・・・。」
「そうはいかない。コンゴレア国は身分によって居住エリアがはっきりとわけられている国だ。高貴なものほど中枢にという風にね。外からの人間が入れるのは一般市民のエリアが限界でそれ以上は兵士によって厳重に管理されている。潜入しているスパイでも上流階級のエリアに入るのは困難で今は一般エリアで情報を集めているという状態だ。だが、私と来れば君は上流エリアに正面から堂々と入れ、分身と煙魔法を使えば内部の調査も誰よりもスピーディーにこなすことができる。君以外にはいないんだよ。それに、」
ラースは続ける。
「この仕事が成功した暁には君は国の英雄となって、出世街道を歩めるだろう。」
「やります!!」
即答した。確かにこの仕事は俺にしかできない。それに能力的にばれる不安というのもあまりない。そして何より、‟英雄”という言葉が樹を突き動かした。
「それでは、日時とかはまた後日メイドが伝えに行くと思うからよろしくね。」
ラースは風呂から上がり脱衣所へと向かう。
樹の初めての任務、それも特命の重要な任務がここから始まった。
一年ってあっという間ですね。何となく続けてきましたがペースが遅すぎて大作みたいになって申し訳ない限りです。次はすぐに話が作れると思いますので是非ご覧になってください。