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ぼくのかんがえたモブ視点しあわせの王子

 これは、私が小さかった時の、不思議なお話。


 その頃私達家族が住んでいた町には、キラキラと輝く金色の王子様の像があったの。

 その像はとても高いところにあって、町のどこに居ても見る事が出来たわ。

 私はその像を眺めるのが好きで、暇があれば眺めていたわ。そんな時の私の心には、ほっこりとした熱が宿り、とてもとても幸せな気持ちになれたのを覚えている。


「ねぇママ、あの像って不思議ね! 美しく輝く王子様を見ていると、とっても幸せな気分になれるんだから」


 ある日、私はママにそう言ったの。ママは、あの王子様は実際にいたとても心優しい王子様の像なのよ、と教えてくれたわ。


 けれども、そんな幸せも長くは続かなかった。


 最初にその異変に気付いたのは、夏の暑さが和らぎ始めた頃だったかしら。

 王子様の瞳は青くて、私はその目を見つめるのが大好きだった。


 その目が、ある時から見ることが出来なくなってしまったの。

 後から知ったのだけれども、丁度その頃、王子様の目にはめ込まれたサファイアが盗難に遭ったらしいわ。私は残念で仕方がなかった。


 けれども犯人はそれだけじゃ満足しなかった。

 それからも、王子様にちりばめられた宝石が次々と盗まれていったわ。王子様は剣の柄や洋服に様々な種類の宝石がはめ込まれていたのだけれども、それらが次々となくなっていったの。


 私は悲しかった。あんなに美しかった王子様が、次第にみずぼらしくなっていくのだもの。


 宝石がなくなると今度は、王子様の全身に貼られた金箔が剥がされるようになった。


「ねえママ、犯人まだ見つからないの?」


 私が聞くと、お母さんは悲しい顔をしたわ。その表情が全てを物語っていたの。私はそれ以上はもう聞けなかった。


「神様お願いします。犯人を捕まえてください。そしてあの像を、私の大好きなキラキラと輝く王子様に戻してください」


 私は毎晩、空の神様に向かってお祈りしたわ。いい子にするからどうかこの願い叶えて下さい、と。


 それから大分肌寒くなった頃だった。


 私はその日、ツバメを見たわ。季節はずれのツバメ。今の時期にもいるんだ。そんなことをぼんやり考えていると、そのツバメ、家の窓に止まって何かを置いたの。


 ツバメが去ってから窓を見てびっくりした。

 そこにはキラキラと輝く金が置いてあったから。


 どういうことなのか私には分からなかった。ただ、うちは貧乏だった。パパとママはツバメからの贈り物を喜び、それからしばらくまともなご飯を食べられたのが嬉しかった。


 どういうことなのだろう。不思議に思った私は、近くを通りかかったときにママの目を盗んで王子様のもとへ行ったわ。

 高い高いところにある像へと通じるはしごを登り、王子様の足元へとたどり着いた。


 真っ青に晴れ渡った日だった。それなのに雨が降ってきた。雫がはたりと落ちてきたの。


「ツバメよ、君の働きには感謝している。けれども僕は悲しい」


 上の方から、澄んだ声が聞こえたわ。私はすぐに、それが王子様のものだとわかった。


「これまで僕は僕に与えられるすべてを与えてきた。剣の柄に嵌められたルビーも、服に散りばめられたダイヤも、サファイアの目も、全て君に頼んでこの町の人々に届けて貰った」


 はたり、と再び雫が落ちてきた。


「けれどもどうだ。与えても与えてもこの町から貧困は消えない。今この瞬間にも食べるものに困る人がいる。僕は宝石が無くなれば今度は体中の金を剥がして運んで貰った。全て、ここから見える人々の暮らしが楽になればと、そう願ったからに他ならない。けれども、何も変わらなかった。それが悲しい」


 静かな声が、私の心に悲しみを伝えてきたわ。


「ツバメよ、君には酷な事をしてしまったね。仲間と共に南に渡ればもっと生きられたものを、私がわがままを言ったばかりに……」


「いいえ王子。例え冬を越せなくとも、私は幸せでした。私は、あなたの力になりたくてこの地に留まったのですから」


 王子様とは別の、もっと細くて弱々しい声が答えた。ツバメだ。


「こんな無力な私にそう言ってくれるだなんて、君は優しいな」


 王子様のこの言葉を聞いて胸が熱くなった私は、思わず上を見たまま声の限りに叫んでいた。


「そんなことない!」


 頬を涙が流れるのが分かった。私の知らない所で、王子様とツバメがずっとずっと頑張ってきたのに、それを町の人達が何も知らないのが、悲しくて仕方なかったの。


「王子様、ありがとう! ツバメさん、ありがとう! うちは貧乏だけど、あなた達のおかげで美味しいご飯、食べられたよ! うちの生活、変わったよ!」


 涙が次々と流れていくのが分かった。


「王子様は無力なんかじゃない!」


 その言葉が届いたのか、王子様の涙が優しい雨の様に降ってきたわ。

 真っ青に晴れ渡った日だった。王子様の雨に濡れながら、私はただただ、声を上げて泣いた。

 その声を聞きつけたママが救急隊を呼んで、私は王子様の足元から<救出>されたの。


 3日後、宝石も金も全て剥がされた王子様が撤去された。

 ママに聞くと、もうキラキラしない鉄クズだから、壊してしまうのだと教えられた。


 どうしても行きたくて像があった場所にまた登ると、王子様の居なくなった場所でツバメが死んでいたわ。

 寒くなったこの町にツバメは1羽しかいない。私はその亡骸を抱えて、静かに泣いた。


 これが、私が小さかった時の、不思議なお話。

 パパにもママにも言えない、私だけの小さな秘密。


Fin.

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― 新着の感想 ―
[一言] 王子は満足だと思うよ。 ただ、撤去されるんや。それが、リアルで悲しいー。 でも、それがいいのかも。
[一言] アンデルセンではなくオスカー・ワイルドではないでしょうか。
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