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何とかしてくれ

 目の前に出された茶を一気飲み干し、今さっき起こった出来事を全て話した。春也は顔色一つ変えず、ただ頷いて聞いていた。



「つまりあれやな。勝やんがこのアパートに引っ越して一週間、毎晩のようにその女がベッドまで襲いに来ると……」


「おい、その言い方やめろよ。まるで俺が毎晩性的に襲われているみたいだろ」


「そのたびに俺のところに来るのはいいねんけど、毎晩は勘弁してほしいわ。そろそろ勝やんの相手をするのも限界や。主に下半身が」


「おい、だから性的に聞こえるんだって。いい加減にしろよ、この野郎。誰がてめえなんかを襲うんだよ。顔面殴って外に出れない面にするぞゴラ」



 春也は眠たそうに瞼をおさえ、やれやれと首を振った。殴りたい。


 元はと言えば、彼が全ての元凶なのだ。


 住んでいたアパートの大家が亡くなり、半ば追い出されるように住む場所をなくして困っていた勝二を、春也が「いいところがある」と、自分のアパートのいわくつき物件を紹介したのだ。


 そのときの勝二は精神的にも金銭的にも切羽詰まっており、通常では考えられない家賃にも関わらず、まるでサンタと純情黒髪美少女がこの世のどこかにいると信じ込んでいる無垢な少年のように、疑うこともせずにその話に食いついてしまったのだ。


 こんな幽霊ホイホイの物件だと知っていたら、住むことなど絶対にしなかったと断言する。あの頃の自分の顔面を殴り、アイドルも糞尿をすると教え込みたい。



「俺が言うのもなんやけどなあ、そんなに嫌なら引っ越したらええやん」


「そんな金があったらとっくにしてるよ」


「金がなくてもいい方法があるで。ちょっと雨漏りが心配やけど、公共の場で段ボール敷けば家賃ただや。いい公園知ってんねん」


「それただのホームレスだよな!? この歳で路頭に迷えというのか!?」


「なら近くの公園で全裸になって突っ立っとき。近所のニューハーフが拾って世話してくれるわ」


「なわけねえだろうが! ニューハーフじゃなくて警察に世話になるだろうが! ていうか、近所中ニューハーフだらけかよ! 生きづらいわ!」



 勝二は青筋を立てながらボキボキと手の関節を鳴らし、



「おい、いい加減にしろよ、この関西弁野郎。こちとら明日の生死がかかってんだよ。あの黒い女に何度も殺されかかってんだよ。なに、あいつ。ほんとしつこいんですけど。部屋掃除するなって言ってんのに、平気で掃除するお母さんみたいなんですけど。あいつ何なの? あの部屋で自殺でもしたわけ?」


「それがなあ……」



 春也は言葉を濁し、不可解そうに首を傾げる。



「アパートのオーナーに訊いてんけど、あの部屋で殺人が起きたわけでもないし、自殺者もおらんらしいねん。それどころが、幽霊騒ぎになるようなことは何一つ起こってないって言うねん。やのにあそこに住んだ人はみな、口をそろえて《出る》って言うんやと。ほんま不思議やんなあ、ハハッ」


「それは本当に不思議だなあ。ハッハッハ」


「そやろ? ハッハ――へぶしっ!」



 無意識に勝二の手が動き、拳が春也の顔面に当たっていた。沈まれ、右腕。



「んなことはどうでもいいんだよ。あの女をどうにかする方法はないのかよ。このままじゃ俺、寝不足で幻覚がみえそうなんですけど。あ、目の前に丁度よいサンドバッグがある」


「ちょ、待って! お願いやから待って! わかった! わかったから手を元の位置に戻してえな! 一人だけあの霊をどうにかしてくれる人知ってんねん!」



 握り拳を作った手を下ろす。半ば疑いの目で春也を睨んだ。



「近所のニューハーフとか言ったらぶっ殺すぞ」


「近所のニューハーフでも霊はどうにかできひん。彼らにだって限界があるねん。悲しいことやけどな」



 こいつはニューハーフの何を知っているんだよ。



「んで、何とかしてくれる人って?」



 暴力をやめ、話を聞く気になった勝二に安堵のため息を吐きつつ、春也が話し始める。



「その人は神主の息子でな、霊に詳しいねん。ちなみに大学生で、俺の隣の部屋に住んどるよ」


「そんな人いたのか、知らなかった。てか、なんで今までそのことを黙ってたんだよ?」



 ジト目で睨まれる春也は何か言いたくないことでもあるのか、目を左右せわしなく動かして動揺する。



「へ? い、いや。あの人に近づいたり、紹介したりした者は、たとえマッチョなプロレスラーや拳銃持ったヤクザや果ては大阪のおばちゃんであろうと殺されるねん。《彼女》に」



 勝二の顔はあからさまに「何言ってんだ、こいつ」と前面に出していた。また意味わからないことを言う友人に、眉を寄せる。



「なにその人。ゴリラのボディガードでもついてるの?」


「ゴリラどころやない! 最終形態の宇宙の帝王以上や!」



 それもう化物じゃねえか。


 春也は嫌なことでも思い出したのか、真っ青な顔で唇を震わせる。



「ま、まぁでも、彼女は今おらんから、大丈夫や。安心して会いに行ってきいや。そ、そう……俺は大丈夫……大丈夫や」


「……お、おう」



 おかしくなった友人に若干引きながらも、その人に会いにいくことにした。


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