戻ってきた日常
「だ……ぶ……ですか!?」
ざわざわと人の話し声がする。騒がしさで、目が覚めた。
目だけを動かし、現状を分析する。どうやらエレベーターの中で眠っていたらしい。救急隊らしき人が目の前におり、エレベーターの外には野次馬で埋め尽くされていた。
勝二は痛む体を動かし、ゆっくりと体を起こす。足がズキズキする。
「ああ、よかった!」
「やった! 目を覚ましたぞ!」
「誰も起きないから心配したわ!」
デパートの係らしき人と、野次馬が歓喜の声を上げる。悪霊の姿などどこにもない。
ふと隣を見ると、桜と愛実が眠っていた。二人の瞳がゆっくりと上がる。
「こ、ここは……?」
「夢……だったのです?」
二人とも寝ぼけ眼で辺りを見回し、今の状況を確認する。
「使用停止してたエレベーターに人がいると聞いたときは驚きました。一体、どうやって入ったんですか?」
「使用停止……してた?」
救急隊員の言った内容に、言葉を失う。
そんなはずはない。確かにエレベーターは動いていた。入るときも起動していたはずだ。
「そんな……じゃあ、今までのは全て夢……?」
信じられない表情で呟く勝二に、愛実が落ちていた鞄を拾う。大量の塩が入った、勝二の鞄である。
「夢じゃ……ないのです」
鞄の中身を見ながら断言する愛実。勝二と桜も鞄の中を見る。
――塩が全部なくなっていた。
黙り込む勝二と桜。その横で、愛実が小さな声で呟いた。
「……約束、無事果たせたのです」
あんなことがあったはずなのに、どこか嬉しそうに言う愛実に、思わず勝二の顔が緩む。桜もつられてクスリと笑った。
「ところで、気になってたんですけど、し、勝二さんはどうして大量の塩を買ったんですか?」
いつの間にか下の名前で呼んできた桜。さらには、どこか熱っぽい視線までチラチラとこちらに向けてくる。
隣にいる愛実が、ムッとした顔で頬を膨らませた。
「ああ、実は――」
桜のその質問で、今まで忘れていた厄介事を思い出し、げんなりした。
そうだったのだ。勝二は今から、《あそこ》に帰らないといけないのだ。
これからくる災難を想像して、思わず乾いた笑みが漏れる。興味津々で見てくる二人の視線から目を背け、彼は言い難そうにくぐもった声で言った。
「俺の住んでるアパートの部屋、《いわくつき物件》なんだ」
第一夜 【エレベーターが止まった】
~完~