ロリコン登場
信じられない光景に、桜の目が据わっていく。
「は、はは……。三十階まで来ちゃいましたよ……。このデパート、意外と大きかったんですね。どうやって圧縮されていたんでしょうか」
「いやいやいや、圧縮しないし大きすぎだから! 高層ビルより大きくなってるよ!?」
なんとかこの事態を打破しようと、非常ボタンを押したり、開閉ボタンを連打したりしてみたが、何も効果はなかった。
この事態にどうすることもできず、全員立ちつくすしかなかった。そして、エレベーターがようやく止まる。
――ランプは《四十四階》を示していた。
チンという音と共に、扉が開く。
中は暗闇そのものだった。辺り真っ暗で、何も見えない。まるで、闇だけがそこに広がっているようだった。そしてどこか、焦げたような臭いが広がってきた。肌がチリチリするような、異様な空気がする。
「こここここれは、生と死の境界線!? 邪悪なるネクロマンサーが私たちを消そうと動きだしたというのか!? やつめ! 私たちの情報をどこで――!」
「秋村さん、正気に戻って!」
今の異常事態に頭がパンクしたのか、桜がわけのわからないことを言い始めた。
勝二は一旦冷静になろうと、深く深呼吸をする。
「おおおお俺、このエレベーターから脱出したら、結婚するんだ」
「お兄さんもしっかりするのです!」
無言で立ちつくす勝二たち。だが、静寂の中、何かの音が聞こえてきた。最初は遠くの方から。次第にどんどん大きくなっていく。
――ペタ、ペタ
素足で床を歩くような、だが、人が歩いているにしては動きがおかしく、まるで異常者がふらつきながら向かってくるような、異様な音だった。
「……だ、誰かが近づいてくるのです」
恐怖を感じている愛実が、勝二の服をギュッと掴む。勝二は無言で、やってくる何かにゴクリと唾をのみ込んだ。
やがて、向かってくる何かがエレベーター内の光で照らしだされる。
――生気のない、生きているかも怪しい異常な人間だった。
頭から血を流し、胴体らしきものは焼け焦げ、原形がないほど全身真っ黒。肌は剥がれ落ちている。男か女かもわからない、まるで燃やされた死体のようなそいつは、ゾンビのような足取りでこちらに向かってくる。
桜から乾いた笑みが漏れた。
「なななななんでしょうね、あの人。お手洗いでも探しているんですかね。きっと漏れる寸前で意識が朦朧とし、あんな生気のない目をしているんでしょうね」
「それどんな状況!? あきらかに死んでるよ、あの人!? 糞尿以前に血がダダ漏れなんですけど!?」
勝二は急いで閉ボタンを押す。
しかし、何度押してもドアが閉まらない。
「だ、ダメだ! このボタン壊れてる! い、いやだあああぁぁぁ! こっちくるなあああぁぁぁ! トイレは回れ右ですよおおおぉぉぉ!」
そうこうしているうちに、やつがエレベーター前まで迫ってきた。愛実が焦り、
「だ、誰か簡易トイレを持ってないのですか!? それさえあれば――!」
「あったところで無意味だからね! そもそもそんなもの持ってるやついないだろ!」
隣にいる桜が頭抱えて悲痛な声を出す。
「しまった! 今日は持ってきてないわ!」
「あんた普段、鞄の中になに入れてんだよ!?」
やつが目前まで迫っていた。
「ここここ来いや、オラア! 彼女いない歴=年齢であり、柔道の黒帯を持った友人がいる俺が相手になってやる! かかってこいや!」
桜から「それあなたには無関係じゃないですか!」という声は無視し、勝二は格好だけでもそれっぽく構える。
「ややややってやる! 放課後、毎日家へ帰る部にいる俺をなめるなよ!」
「それただの帰宅部!」
「きゃあ!」
だが、やつは勝二をスルーし、なぜか愛実の腕を掴んで闇の中へ引きずりこもうとしてきた。
愛実の柔らかい肌に、やつの汚い手が触れる。
「やつめ、俺に恐れをなして弱い者から攻めてきたか! 卑怯な!」
「足をガクガクさせながら何言ってるんですか!」
「愛実ちゃん! す、すぐに助けるからな!」
急いでやつから愛実を引きはがす――はずが、どんな力をしているのか、ビクともしない。
桜も一緒になって引っ張るが、愛実は徐々にエレベーターから離れ、闇の中へ引きずり込まれていく。
「こ、この人、トイレに必死すぎだろ! まったく動かないぞ!」
『塩だ! 坊主の気色悪い塩を使え!』
もうだめかと思ったそのとき、幽霊のおっさんが勝二の鞄を指差して叫んだ。
瞬時に桜が動き、鞄の中から塩を取り出した。無我夢中で塩袋を引き破り、
「くらえ! 海よりいでし白い悪魔よ! ソルトブリザアアアァァァド!」
無理やりに破いたため、辺り一面に塩が錯乱する。そのまま、大層な技名を叫び、塩袋をやつにぶん投げた。
桜の投げた塩はやつに命中する。
『ウヴァアアアアアアアアアアア!』
やつは目に見えて怯み、この世のものとは思えない悲鳴を上げていた。これはいける!
「今だ! みんな、かかれ!」
勝二は素早くやつから愛実を引きはがし、大声を張り上げた。
その掛け声で一斉にみんなが攻撃していった。
勝二はやつの顔面をタコ殴りに。
「このロリコン野郎が! くたばれ!」
血まみれだったやつの顔面は、よりいっそう酷いものとなっていく。
「女の敵! 最低! 幼い少女の心に傷が残ったらどうするのよ! この変態! 死ね、ロリコン! もげろ!」
桜はやつの腹にボディブローを。
「……」
愛実は無言でやつの股間を蹴りあげていた。
全身フルボッコにされ、白目を向き、血の泡を吹きながらやつが倒れていく。と同時に、再びエレベーターが動きだした。
やつを置いて扉が閉まり、さらに上の階へと移動していく。
「はあ……はあ……やりましたね」
髪を乱し、息を荒くしながら、桜がどこか誇らしげに呟く。
勝二たちは全員、勝ち誇った表情で顔を見合わせ、勝利の雄叫びを上げた。
「やった! やったぞ! 俺たちはロリコンゾンビ野郎に勝ったんだ!」
「やったのです!」
『いや、テメエらやりすぎだろ!』
全て見ていたおっさん幽霊は、思わずツッコんでいた。




