人間ですか?
「よ、よし! 今のはなかったことにしよう! お、俺たちは何も見なかった、うん」
「そ、そうですね……」
全てをなかったことにした。勝二たちは何も見ていないし、ここに血まみれの幽霊がいることなんて知らない。まったく、全然、何も知らない。今までのことを綺麗さっぱり水に流した。
勝二は話題を変えようと、若干震える声で二人に質問した。
「ね、ねえ、みんなはこのデパートで何しに来たの? 買い物?」
その質問に、桜は首を振った。
「いいえ。私はその、このエレベーターに興味がありまして……」
「興味って……その、あ、あれ……だよね?」
隅から明らかに奴からの強い視線を感じるが、勝二は完全に無視して会話を続ける。ていうか、幽霊こっち見んな。
「え、ええ。私、オカルトが大好きなので、こういう噂には目がないんですよ。今回もいわくつきのエレベーターを調査しにきたんです……本物に会えるとは思いませんでしたけど」
彼女が懐中電灯を持っていた理由がわかった。自ら心霊スポットを調査するなんて、とんでもない根性の持ち主だったようだ。心臓に毛が生えているに違いない。
流暢に語っていた彼女だが、突然、影を落とし、
「まあ、そのせいで友達一人もいないんですけど」
お前もかよおおおおおおおぉぉぉ!
桜に感染するように、その話を聞いていた愛実まで影を落としていく。どんよりしていくエレベーターの中、勝二は必死に会話を続けた。
「ま、愛実ちゃんは何しにここへ来たの!?」
その言葉を聞き、今まで暗かった愛実の表情が若干明るくなった。
「わたしはこれを買いにきたのです!」
少し自慢げに、背負っていたリュックサックから何かを取り出す。
可愛らしい魔法少女が印刷された袋のお菓子だった。
「鬼畜戦隊、魔法少女リリンちゃんのコーンチップスなのです!」
「なんですとおおおぉぉぉ!?」
唐突に桜のテンションが上がった。さっきまでとは百八十度違う彼女の姿に、勝二はあんぐりと口を開けて呆けた。
「リリンちゃんチップスのコーン味といえば、もう殆どの店で売ってないレアなやつじゃないですか! それを購入したなんて、あなたなかなかやりますね!」
「お姉さんこそ、リリンちゃんに詳しいようで、一体何者なのですか?」
よくわからないが、二人の間で何かが芽生えたらしい。見つめ合い、互いの力量をはかっている。なんだ、これ。
「えっと、リリンちゃんって……何なの?」
二人はバッと同時に勝二を凝視する。顔には信じられないといった風で、まるでツチノコを見る目だった。
「今、子供にも大人にも大人気アニメ、鬼畜戦隊、魔法少女リリンちゃんを知らないんですか!? 今までどうやって生きてきたんですか!?」
「お兄さん……本当に人間ですか?」
リリンちゃん知らないだけで、どれだけ自分の人間性を否定されるんだよ。
「へ、へえー。リリンちゃんってそんなに凄いんだ」
「凄いなんてものじゃないですよ! 小さいオトモダチから大きいオトモダチまで、魔法少女であり、鬼畜戦隊の総督であるリリンちゃんはありとあらゆる人たちを侮辱暴行し、殺戮。リリンちゃんの関連商品は全てバカ売れ。さっきのコーン味チップスなんて、どこの店にも売っていない、かなりレアな商品なんですよ! くぅー、思い出します。リリンちゃんがはじめて近所のたけし君をヤっちゃったシーン。あれは興奮しましたね!」
凄まじい剣幕で解説してくれる桜。勝二は完全に置いていかれていた。
「確かにそのシーンも素晴らしいのですが、リリンちゃんがたけし君を殺害した後、お父さんのよしとを口封じに釘バットで襲うところです。リリンちゃんの見事な狂気ぶりに感動したのです」
「さっきからリリンちゃん、かなり恐ろしい子なんですけど!? そんなもの小学生が見たらだめだよ! 社会問題だよ!」
叫ぶ勝二をよそに、二人の熱気はますます激化していく。リリンちゃんについて何度も討論し、やがて、桜が熱狂するアイドルオタクのような叫び声を上げた。
「ぐおおおおおおぉぉぉ! こうなったら歌いますよ! エレベーターに閉じ込められようが知ったことですか! リリンちゃあああぁぁぁん! リリン、リリン、リリンちゃあああぁぁぁん!」
「リリン、リリン、リリンちゃあああぁぁぁん!」
とても歌とは思えないような金切り声を上げ、おかしくなった二人に勝二はさすがに止めに入る。
「ち、ちょっと二人とも、落ち着いて……今はそんな状況じゃ……」
「なに自分だけ黙ってるんですか! あなたも歌うんですよ! さあ、一緒に! リリンちゃあああぁぁぁん!」
「……」
もはや正常な目をしていない桜。これは従わなければヤられる。そういう目だった。
彼女に言われるまま、リリンちゃんのテーマソングらしい呪詛らしきものを歌った。
「お兄さん、もっと感情込めて歌うのです! もっと熱くなれよおおおぉぉぉ!」
「ご、ごめん、愛実ちゃん。リリンちゃあああああああああぁぁぁん!」
完全にキャラが崩壊した愛実に叱りつけられ、勝二はやけくそのように大声を出した。
「リリン、リリン、リリンちゃあああぁぁぁん! 可愛い、プリティー、リリンちゃあああぁぁん!」
「RI・RI・N!」
「リリンはとっても優しい子! 近所のたけしをフルボッコ!」
「YEAH!」
「人類撲滅リリンの使命! 近所のガキもフルボッコ!」
「YEAH!」
『うっせんだよテメエらああああああああああああぁぁぁ!』
部屋の隅にいた幽霊が、ついにキレた。
『テメエら今の状況わかってんの? 下手すれば今夜ずっとこのままだよ? 馬鹿なの? 呪われたいの? もっと危機感持てよ! のんきにアニソン歌ってんじゃねえよ! 呪い殺すぞ、ゴラァ!』
「す、すいません……」
あまりの幽霊の剣幕と常識的な言葉に、勝二の口から謝罪が出ていた。
『だいたいなぁ、わし幽霊だよ? 血まみれだよ? 半透明だよ? こんな近くにいるのになんで怖がらねえんだよ! テメエらふざけてんの!? こちとら無視されて寂しかったんだぞコノ野郎!』
『ほんとすいませんでした』
勝二と一緒に、桜、愛実も頭を下げて謝った。
幽霊男の怒りはおさまらないようで、充血した瞳を吊り上げ、ギロリと三人を睨みつけてくる。興奮して頭から血が噴き出していた。
『さっきから話を聞いていれば、ふざけたことばかりぬかしやがって! おい、そこの小学生! 幽霊がみえるくらいでなんだ! わしは死んでるんだぞ、こんちくしょう! 虐められて悔しいんだろ!? だったら死ぬ気で殺し合えよ! 殺した相手の後始末はおじさんがしてやるからよ!』
「わ、わかったのです」
怯えた表情で、愛実が頷く。
『そこの女子高生! 友達がいねえだぁ? 甘ったれるんじゃねえ! こちとら何年ひとりで浮遊霊がんばってると思ってんだ! 明日死ぬと思って友達作れや! できなかったら飛び降りて死ね!』
「り、了解しました」
桜は真っ青な顔色で、コクコクと何度も頷く。
そして、「そこのお前!」と、最後に勝二を睨みつけてきた。
「ええ!? お、俺なにもしてませんよ!」
『さっきから鞄の中身が気分わりぃんだよ! 今すぐ捨てろや! 呪い殺すぞゴラァ!』
「す、すみません……」
学生鞄の中にある《あれ》のことを言っているのだろう。しかし、勝二にも捨てられない理由があった。申し訳ないが、口だけの謝罪でごまかす。




