何かいる
とりあえず、勝二たちはこれからどうしようか三人で相談することにした。三人で意見を出し合ったが、解決案など出るはずもなく、手詰まりな状況が続くだけだった。
そのときだった。突然、照明が消えた。
「……ひっ!」
隣にいた小学生から息をのむ声が聞こえる。
「だ、大丈夫か?」
何も見えない暗闇の中、声をかけると、服をギュッと掴まれる感覚がした。
大人びて見えていてもやはり子供なのだろう。暗闇が怖いのか、手が震えていた。
「い、いた……」
「え、何が?」
「な、なんでもないのです」
小学生は動揺した声を押し殺し、それ以上は何も言おうとしなかった。
「確かこの辺りに……あ、ありました!」
女子高生からゴソゴソと物をあさる音が聞こえ、カチリと何かのスイッチを押す音がした瞬間、目の前が眩しくなった。突然の光に目がチカチカする。
「懐中電灯を鞄に入れてきて正解でした」
「なんでそんなもの持ってるの!?」
「意外と便利ですよ。あ、予備の電池もあるので、安心して下さい」
「用意周到すぎるだろ! この状況を予知でもしてたのか!?」
女子高生は【計画通り】とでも言いたそうな顔でニタリと笑った。
なんだこの女子高生、おそろしい子!
突っ立っていても仕方がないので、勝二たち三人は輪になって座ることにした。
「……」
「……」
「……」
そしてみんな、無言で懐中電灯の明かりを眺める。
正直、とても気まずかった。
よく考えれば、こんな状況になっていなかったら、話すことすらなかった赤の他人なわけで、おまけにこんな絶望の中、まともに話すことすら難しかった。
「あの、その……せっかくだし、自己紹介、しない?」
気づまりな空気の中、勝二が恐る恐るそう提案すると、二人は無言で頷いた。
「えっと、じゃあ、言い出しっぺの俺から。俺の名前は望月勝二。高校一年生です。趣味は……特にないです。一人暮らししていて、最近の悩みは隣人トラブル……と、その他たくさんです。よ、よろしく……」
「秋村桜」
「森野愛実」
順番に女子高生、小学生と、暗い面持ちでボソリと名前だけ呟いた。
「暗い! 暗すぎるよ、二人とも! もっと自己紹介しようぜ! い、いえーい!」
「……」
「……」
「……なんか、ごめん」
自然と謝罪の言葉が口から出ていた。なんで謝っているのだろうか。
再びどんよりした空気になり、堪らず勝二は口を開いた。
「あ、秋村さんは俺と同い年ぐらいだよね。高校生?」
「ええ、そうです。高校一年生です」
「おお! 俺と一緒だね!」
「そうですね」
「……」
「……」
会話終わっちゃったよ、ちくしょう!
勝二はめげず、今度は小学生の方を見た。
「えっと、愛実ちゃん? 何年生なのかな?」
「小学三年生なのです」
「へえー、三年生かー。学校は楽しい?」
「……」
「あ、あれ、愛実ちゃん?」
突然、無言になって俯く愛実に勝二は焦る。彼女は少しの沈黙の後、どこか遠い目をして口を開いた。
「……行ってないのです」
「へ……?」
愛実は目を伏せ、
「……わたし、ひきこもりなのです」
「あ、うん、そうなんだ。ごめんね、悪いこと訊いちゃって」
「……いいのです」
とんでもない爆弾引いちゃったよ、ちくしょう!
ますますドス黒くなっていく空気。あまりの気まずい雰囲気に、勝二からダラダラと汗が流れる。
さすがの桜もこの空気に耐えられなかったようで、顔をひきつらせながら話題をふってきた。
「あ、そうそう、知っていますか。このエレベーター、一部の人たちの間で結構有名なんですよ」
「へ、へえー、そうなんだ。どう有名なの?」
勝二はすかさずこの話題にのっかかった。この空気を打ち消してくれるなら、なんでもよかった。
それにしても、何度かこのアパートに来ているが、そんな噂、聞いたこともなかったな。勝二は首をひねる。
さっきまでの暗い面持ちはどこへやら、桜はどこか得意気な表情で、
「ここで自殺した幽霊がでるらしいんですよ!」
「おいいいぃぃぃ! あんたこの状況で何言ってんだあああああぁぁぁ!」
爆弾どころか大砲ぶっぱなしてきたよ、この女!
桜は動揺する勝二をクスクス笑い、
「あくまで噂ですよ。本気にしないで下さい。今まで結構な心霊スポットに行ったことがありますけど、幽霊に会ったどころか、みたことすらありませんよ。大体、こんなところに幽霊なんているわけが――」
「あ、あの、それなのですが……」
今まで黙って話を聞いていた愛実が恐る恐る、
「幽霊なら、さっきからずっとあそこにいるのです」
そう言って、エレベーターの隅を指差す。
「またまた嘘ついちゃってもう。年上をからかうものじゃないわよ」
桜が笑いながら、懐中電灯の光をそこにあてた。
――血まみれの男が立っていた。
「うぎゃあああああああああああぁぁぁ!」
「ぐおべえええええええええええぇぇぇ!」
勝二たち二人は悲鳴を上げる。
桜が懐中電灯を投げ捨て、真っ青な顔でゼエゼエと息を切らす。しかし、そのおかげで奴の姿が暗闇に消えて見えなくなった。
「今のなに今のなに今のなにいいいいいいぃぃぃ!? きゃああああああああああ!」
彼女は狂ったように同じ言葉を何度も叫び、頭をかきむしる。今の姿は美人も糞もなかった。無理もない。勝二も桜が叫んでいなければ、正気を失って大声を上げていただろう。
「い、いつからいたんだ、あれ!?」
勝二の問いに、愛実は平然と、
「明かりが消える直前からいたのです」
「そんなときからいたの!? ていうか、よく今まで平気だったね!?」
「見慣れているのです」
愛実はそう言い、何か嫌な記憶でも思い出したのか、目を細めて、自虐的にふっと笑った。
「そのせいでいじめられて、ひきこもりになったのです」
「あ、ご、ごめんね。嫌なこと思い出させちゃったね」
「……いいのです」
また話が戻っちゃったよ、ちくしょう!
またもや勝二たちの空気は悪くなり、互いに無言になる。