閉じ込められた三人
「閉じ込められた……?」
情けない自分の声が密室の中で響いた。
学校の放課後、《あれら》を買いにデパートへ来ていた望月勝二は、楽をしようとエレベーターに乗ったのが不運の始まりだった。
いや、そもそも不運はその前から始まっていたのだが、今回の出来事で勝二に相当な精神的苦痛を与えるのは容易なことだった。
「……」
勝二は黙りこむ。一緒に乗っていた二人の乗客も気まずい空気を出して口を閉ざしていた。
乗客はセーラー服を着た女子高生と、小学生ぐらいの可愛らしい少女。
三人が乗ったエレベーターは、ガゴンという不吉な音をたて、不自然な状態で停止した。
そのとき、その場にいた誰もが察しただろう。
――エレベーターの中に閉じ込められた、と。
「あのー……」
重い沈黙を破り、黒髪の女子高生がおずおずと手を上げた。
「エレベーター……故障していますよね?」
みんながあえて口にしなかったこと……いや、考えたくなかった事態を発言し、勝二と小学生の少女は黙り込んだ。勝二は途方に暮れた表情で、どの階にいるか表示されるランプを見る。
エレベーターが稼働している様子はなかった。
勝二は覚悟を決めた顔つきで、ジッと女子高生を見た。
「あの、すみませんが、ちょっと冷静に俺の頬を殴ってくれませんか? 夢から覚めると思うんで」
「いや、あなたが冷静になって下さい!」
自分の頬を指さしながら言う勝二を、痛いものを見るような目できっぱりと断った。
終わった……人生終わった……。
勝二は頭を抱えて叫んだ。
「いやだあああああああ! ただでさえ不幸続きだったのにこんなところで死ぬのはいやだこんちくしょおおおぉぉぉ!」
「し、心配しなくても大丈夫ですよ。こういうときのために、《非常ボタン》がありますから。それを押せば呼び出し音が鳴って、係の人が今の状況に気づいてくれますから」
小さい子供をあやすかのように、女子高生が勝二を安心させようと、自分の近くにある赤いボタンを指さす。
「そ、そうなの……? な、なんだ。助かるのか……ははっ」
歳はそう変わらないはずの冷静な女子高生に、勝二は自分が恥ずかしくなった。誤魔化すように頬をポリポリとかく。
改めて女子高生を観察する。
整った容姿。長い艶やかな黒髪に、気品のある物腰。着ている制服は確か、有名なお嬢様学校のものだったか。
まさに大和撫子という言葉がぴったりの黒髪美人さんは、クスリと笑い、落ち着いた様子で非常ボタンを押そうとしたそのとき――
「それ、もう押したのです。無駄なのです」
「……へ?」
突然、横槍を入れられ、彼女がまぬけな声を出した。
視線を下げ、小さい声の主を見た。
年齢は十歳前後、ふっくらとした唇に、クリンとした瞳。ツインテールにした髪型に、まるで人形のような、いや、ぬいぐるみのように愛らしい女の子が、ちょこりんとそこにいた。
勝二は目をパチパチと瞬きして、《非常ボタン》を指差す。
「えっと、これ……押したの?」
「はい、押したのです」
嘘偽りのない顔で、女の子がコクリと頷いた。
「は、はは……。う、嘘よ、そんなの……」
動揺した色を隠しもせず、黒髪少女が赤いボタンを押した。
――反応がない。
「あ、あれ、おかしいわね」
狼狽しながらも、もう一度、赤いボタンを押す。
――反応がない。
「こ、こんなの絶対おかしいわよ!」
必死の形相で、高速で連打する。
――やっぱり反応がなかった。
「いやああああああああぁぁぁ! うそよおおおおおおぉぉぉ! 閉じ込められたあああああぁぁぁ! 私死にたくないわあああああぁぁぁ! うわあああああぁぁぁん! お母さあああああああぁぁぁん!」
さっきの冷静な彼女とは別人なほど、ドアを殴りながら涙目で絶叫する黒髪少女。完全に我を失っていた。
「あのー……だ、大丈夫ですか?」
とりあえず、黒髪少女を落ち着かせようと声をかけた。
さっきの自分、こんな感じだったのか。他人が正気を失っている姿を見ると、自分が冷静になることを学んだ。
「そ、そうだ! このエレベーターをみんなで力合わせて揺らせば、遠心力で壁を突き破って脱出できるんじゃないんですか!?」
「それいい考えだな! よし、今からみんなで力を合わせて――って、そんなわけあるか! 無理だからね! とりあえず冷静になろうか!」
「いや、いけるはずなんです! 発想は爆発です! 失敗を恐れていては何もできませんよ! さあ、やりましょう!」
こりゃダメだ……。とんでもないことを言い出した少女に、勝二は手で顔を覆い困り果てた。
すると、その様子を一歩引いたところで見ていた小学生が、黒髪少女の服をギュッと掴み、
「大丈夫なのです。係の人がきっと、気がついてくれるのです。もし気がつかなくても、帰りが遅いわたしの兄ちゃんが必ず気がついてくれるのです。だから、安心して」
「グスン……本当に……?」
まるで幼い子供のようにしゅんと項垂れ、涙目の表情で弱々しく尋ねる女子高生。
小学生はそんな彼女に、上目遣いで優しくコクリと頷く。
「大丈夫なのです。兄ちゃん、とてもしつこいのです。ゴキブリなみなのです。トイレにまでついてくるし、内緒で家出たのに電信柱でニタニタしながらこっち見てる人なのです。だから、今回も必ずわかってくれるのです」
小学生に慰められる高校生。あまり見ない図だった。それにしても兄ちゃんこえーな。
「本当に助かる? 私、トイレ行きたくなるかもしれないわ。それでも大丈夫?」
「大丈夫だよ! 後ろ向いておくから!」
勝二も便乗して、女子高生を安心させようと身を乗り出す。
女子高生は少し落ち着いたのか、ホッとした表情で、
「そう、なら安心ね。耳は塞いでおいて下さいね?」
何が安心なのかわからないが、とりあえず女子高生は冷静になったようだった。
本気でここでトイレする気なのだろうか。それはそれで嬉し――いや、けしからん。