表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ヒューマン・ビーング  作者: マーブ
7/35

死の惑星

第7章


 

 「最大深度900mまで潜行」

 艦長リチャードは操舵手に命令した。


 操舵手の手は、小刻みに震えていた。


 太平洋ソロモン諸島沖を、潜行中の原潜ハワードでは失意の中、艦長リチャードは、深く潜ることを、命令した。


 まもなく、この艦は核爆発を起こす。搭載されている核ミサイルは、既に、全て発射された。それに、恐るべきことに、残された核弾頭も、勝手にカウントダウンを始めていた。


 止めることは不可能に思えた。


 192発の核弾頭が、5分後に全て起爆する。


 核ミサイルが発射された当初、艦内は全面核戦争の恐怖で、混乱を極めた。どうせなら、アメリカに帰ろうとする者と、そうでない者との間で、反乱が起ころうとした。しかし、艦内に残されている、全ての核弾頭のタイマーが作動したことで、これらの騒ぎは収まった。


 192発のタイマーを止めるのは、不可能というあきらめの気持ちが、乗組員の興奮を、あきらめの気持ちに変えたからだった。


 まもなく、全ての核弾頭が爆発するであろう。

 信じられない話だ。


 残された核弾頭は192発、全てのタイマーが作動中で爆発をするのを待っている。


 核弾頭が、カウントダウンを始めた当初は、止められると希望を持って、一つの核弾頭を取り出し、慎重に分解してタイマーを止めようとした。


 「ゆっくりと、ゆっくりと」

 核兵器の、専門教育を受けたブライアンが、保管庫の棚から一つだけ、降ろされようとする核弾頭を、見ながら言った。


 ブライアンの顔は、汗でびっしょりだった。


 降ろされた核弾頭は、ミサイルの先端部分だ。このの中に、さらに五個の核弾頭が、取り付けらている。ブライアンは手に持っている電動ドライバーで、核弾頭の左側面にある六本のボルトを外そうとしていた。


 「ブルルン、ブルルン、ブルルン・・・・・・」

 慣れた手つきで六本のボルトを、手早く緩めた。


 時間がない。


 そして、一本づつボルトを抜き取った。六本を抜き終わると、固定されていた金属製のカバーが、本体から外れた。カバーが落ちないように、ブライアンは、右手でカバーを持った。カバーを床に置き、中を覗きこんだ。電子部品が、ぎっしり詰まった基盤が、見える。それにたくさんの配線が、走り回っている。


 ブライアンは一旦、核弾頭から一メートル程離れて、あぐらをかいて床に、座りこんだ。一息つき、額の汗を左腕で拭った。ふと、横に置いた、ガイガーカウンターを見ると、針が振り切れている。周りにいる乗組員を、怖がらせないようにピ、ピ、ピという音は、鳴らないように切っていた。今の状況を考えると、被曝と言うことは無視出来た。


 しかし、タイマーの数字は無視出来なかった。


 ブライアンは気合を入れて、再び作業を始めた。この核弾頭のタイマーを止めても、後、191発ある。頭の中では全てを、止めることは不可能だと、言っている自分がいる。


 この思いを振り切って、工具箱にあるプラスのドライバーを握りしめた。電子部品が、ぎっしり詰まった基盤を外すために、ドライバーでネジを緩めた。四箇所、緩めたところでショートしないように、ピンセットでネジを、一つ一つ取り外した。そして配線を抜かないように、ゆっくりと、基盤を外に引き出した。


 周りでそれを見ていた乗組員は、後ずさりした。


 「あっ・・・・・・」

 ブライアンは、引き出した基盤を見て驚いた。


 電子部品の多くを占める、ICと言う部品がひと目で分かる程、そのほとんどが破損している。破損の様子をよく見ると、破裂しているようだ。


 「こ、これは・・・・・・」


 「な、何故、こんな状態でタイマーが作動している」


 「さ、さわれない、触れる所がない!」

 ブライアンは皆に聞こえないよう、小声で言った。


 「タイマーを止めるどころか、この基板に触ることさえ出来ない・・・・・・」


 「タイマーは正常に作動しているようだが、これではいつ爆発してもおかしくない」

 ブライアンは止められると思った、最初の気持ちは、基盤を見た瞬間に、消え去ってしまった。


 そして外に出した基盤を、そっともとに戻した。


 それを見ていた周りのクルーの一人が、


 「止めるのは無理なのか?」

 と言う問いかけに、ブライアンは無言で頭を一度だけ振った。


 するとこの返事を見て、周りにいた、クルー達はその場を足早にに去った。


 ブライアンは重苦しい思いを、胸に持ちながら、発令所へと向かった。

 発令所に着くと艦長に敬礼した。

 「艦長、タイマーを止めることは出来ませんでした。核弾頭をバラして基盤を見ましたが、何らかの力が作用して、部品のほとんどが破裂していました」


 ブライアンは一息ついて、

 「いつ、起爆してもおかしくない状況です」


 ブライアンは艦長に見たまま、そして思ったままを報告した。


 それを聞いた艦長リチャードは、悲壮感を隠せないまま、

 「そうか、ご苦労」

 と言うと、ブライアンに軽く敬礼した。


 「副艦長、現在の深度は?」

 艦長リチャードは副艦長トニーにたずねた。


 「最大深度の900mです」

 副艦長トニーは答えた。


 艦長リチャードは迷っていた。


 このままの深度で、核爆発によって自沈するか、それとも、浮上してクルーに最後の景色を見せるかどうか、迷った。このままの深度で、核爆発を起こせば、地上での被害は、多少ましであろう。だが、果たして、192発の核弾頭による、核爆発の威力はいかなるものか、艦長リチャード自身、恐ろしくて想像することさえ、出来なかった。


 それにクルーを艦外に退避させる時間は、とてもなかった。暴動が起こらないのが、せめての救いだった。


 核爆発の恐怖が、クルーの気持ちを、静めたからだ。あきらめと言う気持ちでだった。


 この判断は、アメリカの原潜ハワードだけの、問題では無かった。

 船籍を問わず、全ての海を航行中の、あるいは停泊中の、核兵器を搭載している潜水艦と、他の艦船の問題でもあった。


 世界中にある、核兵器を搭載した潜水艦や艦船、航空機までも、核のタイマーがほぼ同じ時刻に、動き出したからだ。まるで核本来の目的である、核爆発を、意志を持たない機械が、自ら起こそうとしているようだった。


 艦長リチャードは側にいる副艦長に、

 「トニー、このままでいいかな?」

 と低い声で言うと、


 「このままで行きましょう」

 副艦長トニーは艦長リチャードの決断に同意した。


 「深度を維持して微速前進」

 艦長リチャードは、最後の命令となる言葉を、口にした。


 「深度を維持し、微速前進」

 副艦長トニーは復唱した。


 艦長リチャードは、この異常事態がこの艦だけに起こったとは、考えていなかった。通信が全く出来ないため、確かめる手段はないが、ほかの潜水艦や、艦船にも、同様の異常事態が、起こっているに違いないだろうと、考えていた。

 何故なら、この潜水艦に搭載されている、核兵器全てに火が付いたからだ。こんな事は偶然でも絶対に、起こらない。何かが、意図的にしたのだろう。自分は敬虔なクリスチャンではない。教会に行く事も、最近はほとんどない。神がいるかどうかも、分からない。だが、運と言うものがあるだろうと、この57年の人生を通して感じていた。


 「これも何かの運命か・・・・・・」


 「外の状況は分からないが」


 「今は、この運命にまかせるしかない」


 核の格納庫では、カウントダウンが0に近づいていた。


 そしてソロモン諸島、東南東1000Km沖に、とてつもなく大きな水柱が上がった。

 その直径は、200Kmを超えている。遥か上空まで何重にも重なった、傘のような形をした雲が、沸き立っている。

 ゴー、ゴーと、とてつもなく大きな音が、一面の空気を、容赦なく震わせた。

 海の底から顔を出すように、眩いばかりの光の塊が、せり上がって来た。その眩いばかりの、光の球体を直視する事は決して出来ない。何もかもを、溶かして蒸発させる無慈悲な力を持っているからだ。


 これが、核兵器だ。


 光の球体は、一瞬で、ソロモン諸島全てと、ニューギニア島の一部を、飲み込んだ。あまりにも激しい高熱のため、海水が蒸発し、沸騰している。遠く、1000Km以上離れている、オーストラリア大陸でさえ、海水の蒸気で覆われた。

 オーストラリアの大都市シドニーから西の端、パースまでも、海水の蒸気に覆われた。


 この蒸気によって、致死量を、はるかに超える大量の放射性物質も、運ばれていた。

 オーストラリア全土と、周りにある美しいコバルトブルーの海も何もかも、放射性物質によって、汚されてしまった。この大陸にはもう、人間が住むことは、二度と出来ないだろう。


 艦長リチャードの言う、何かによって、世界のあちこちにある核兵器、それに、原子力発電所は、次々と核爆発を起こした。核を持っていない国でさえも、巻き込んで、破滅的な被害を及ぼした。


 核と名のつくものを持つ国は、核爆発によって徹底的に、容赦なく、破壊しつくされた。核を持つ量に応じて、破壊力は増減した。それはまるで、核を憎むかのように際限なく、爆発していった。


特に、アメリカ、ロシア、中国は、数万個の核兵器を持っていたために、自国の持つ、核兵器の爆発だけで、国土そのものが、蒸発してしまった。


 敵国による、核攻撃を受けるまでもなかった。


 かつてあった建造物は、その大小に関係なく、立っていたと言う痕跡だけを残して、消え去った。生き残った人間はいないだろう。


 イギリス、フランスにいたっては、国土の面積が小さいにも関わらず、多くの核物質を持っていたために、イギリスはアイルランドを巻き込み、海に沈んだ。

 フランスはクレーターだけが、大地に残った。もちろん、ヨーロッパ全域を巻き込んでいた。


 アメリカ、ロシア、中国は、完全に消滅した。


 核を兵器として、持っていない国にも、核は破滅的な核爆発を起こし、その国土の、人を含む生物の、ほとんどが死滅した。


 その原因は、原子力発電所の、原子炉が起こした、核爆発であった。

 その核爆発の規模は、核兵器一個の数百万倍になり、原子力発電所を多く持つ国は滅び、周りに他の国があれば、その国も破滅に追いやった。


 日本は国土のあらゆる所に、原子力発電所があるため、日本列島ごと吹き飛んでしまった。生存者はもういない。


 また、核爆発は生物が二度と、住めない大地や海に、変えてしまう。

 核反応によって生成された、放射性物質は、地球の遥か上空を漂い、時間が経つにともない、地上に降り積もり、海にも例外なく、降り積もっていった。この放射線に耐えて、生き残る生物は、地上にも海にもいないだろう。もし、いるとしたら、ごく限られた微生物だけである。人間はもちろん、生き残ることは到底出来ない。


 放射性物質によって、生物が死ぬ原因は、遺伝物質のDNA自体が放射線によって、破壊されるためだ。

 新しく細胞を作る上に必要な、細胞の設計図であるDNAが、破壊されて無くなるため、新しい細胞を作ることが出来なくなる。細胞は死ぬ一方で、再生されないために結局、多くの細胞で出来ている、生物は死を待つことになる。

 子孫を残すことも出来ず、生物は絶滅に追い込まれる。これが核の隠れた、恐ろしさである。


 核の爆発によって、地球の姿は大きく、変わってしまった。人間を含め、生物が生き残れる場所は少ない。遥か上空に、舞い上がった放射性物質が、時間と共に、あらゆる場所に降り注ぐだろう。この放射性物質によって、地球上の生き残った、あらゆる生物は死滅していく、やがて地球は、死の惑星になってしまうだろう。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ