遠い地球
第6章
「こ、これは・・・・・・」
ISS復旧のため、長いケーブルを運んでいたジェリーは、モジュールノード3の、キューポラと呼ばれる観察用窓の前で、立ち止まった。
ここでは、ドッキングしたソユーズ宇宙船を、直接見ることが出来、そして壮観な地球観測所にもなっている。
通常はスペースデブリや、流星塵による損傷を防ぐため、開閉式のシャッターが取り付けてある。今は、停電によって、開いたままになっていた。
ジェリーは、地球の異変に気付いて、運んでいたケーブルから手を、離してしまった。ケーブルは長いために、何重にも巻いてあったが、ジェリーの手から離れた途端に、モジュール全体に広がっていった。
それでもジェリーはただ、呆然と、観測用窓を見ていた。
観測用窓から見える地球は、光っていた。
ISSが、突然の電源ダウンを起こした当初、テリーに呼び止められて、地球を見た時は、いつもの綺麗な夜景が見えなかった。まるで地球全体が、大停電を起こしているようだった。
しかし、今は、目の前に広がる北アメリカ大陸、それに南アメリカ大陸は夜になっていたが、明確にその姿を表していた。
だが、いつもの都市ではない。都市の明かりはついてはいない。停電のためだろう。ただ、無数の光の点が、動いているのが見える。
それはまるで、流れ星のような尾を引いて、消えることなく、太平洋を越え、アメリカ大陸の方向へと、飛んで行くのが、はっきりと見える。
そしてその殆どが、母国アメリカ大陸で、ひときわ大きく光を放って、消えていく、まるで大きな隕石が、アメリカに向け、無数に落ちているようだった。
ジェリーは体が凍りついたように、ただ、無言でその様子を見ていた。
ISSが、ユーラシア大陸上にゆっくりと位置すると、今度は逆に、光の点、が、アメリカから太平洋を越え、ロシア、中国へと向かって、飛んでいる。
斜めの方向に、飛んでいるものもある。イランあたりであろうか、このあたりの大陸は今、昼間である。よく見ると、飛んでいる光の点は飛行機雲のように、白く長い雲を従えている。ジェリーは頭の中で、これはミサイルだ。間違いない。それも、核ミサイルだと、心の中で思っていたが、あまりの数の多さに困惑した。
「核戦争・・・・・・」
「まさか?」
それしか、思い浮かばなかった。
「何故?」
今、見ているものは現実なのか、映画で何度も見たことのある、全面核戦争のシーンと、全く変わらない映像を見ている。
「何故だ!」
理由もない怒りが込み上げて来た。
ジェリーは無意識に、自分の奥歯を噛み締め、窓をたたいていた。
地球は目の前にある。
だが、すぐに戻れる所ではない。
「お袋は、家は・・・・・・」
ゆっくりと回る地球には、同じ光景が、そこら中で見られた。
どの大陸も、例外なく光の点が、広がっている。
どこまでも、青く広がる海の上でさえも、光の点が広がっている。
そして黒とも茶色とも言えない、どす黒い雲が立ち昇って、いるのが見える。
ジェリーはこの光景を見て、嘘だと、思いたかった。
ISSの危機的状況など、もう頭から、吹き飛んで消え去っていた。
「ばかな! ばかな!」
窓を両手でたたきながら、
「やめろ! やめろ! お願いだからやめてくれ・・・・・・」
「お前ら何をやってるんだ!」
アメリカ大陸や、見えて来る大陸から、今までにない大きな光の塊が、次々と現れ始めた。
核爆発にしては、あまりにも巨大過ぎた。
「頼むからもうやめてくれ、頼むからもう・・・・・・」
ジェリーの目には涙が止めどなく、流れていた。
「頼むから・・・・・・」
ジェリーはその場にうずくまった。
そして床を力まかせに、たたいた。
鼻に溜まった涙が、ポツンと中を舞った。
「やめてくれ!」
ジェリーの周りには、こぼれた涙が浮いていた。
「やめろ! やめろ! もうやめろ!」
「頼むからやめてくれ!」
涙で、地球が曇ってよく見えないが、大きな光の塊だけは目に映った。
「やめてくれ! やめてくれ! 誰が始めたんだ!」
ジェリーは大きな声で叫んだ。
しかし、その声は地球には届かない。
「戦争したいなら、やりたい奴だけでやってくれ! 自分らで殺し合いをしろ! 周りを巻き込むな! 俺達を家族を、巻き込むな!」
ジェリーの叫び声は、ISS中に響きわたった。
ジェリーの異常な声を聞いて、管理操作用モジュールで、コンピュータの復旧作業をしていた、デックがやって来た。
「ジェリーどうした?」
ふと、デックは観察用窓を見た。
一目、見てデックは、
「これは一体何なんだ!」
地球を見て、直感的に核戦争だとデックは思った。
そして観測用窓に見入った。
デックが見始めた頃には、地球上のあらゆる場所に、核爆発によって作られた、巨大な雲が、高く立ち昇っていた。
ジェリーの異常な叫び声を聞いて、隊長のローレンスに続いてテリー、ミハイルが作業を中断して、駆けつけて来た。
ジェリーは床を力一杯、両手に拳を作って、たたきつけていた。
「戦争したいなら、自分らだけでやってくれ! 俺達を巻き込むな! 家族を巻き込むな!」
と何度も、何度も、繰り返し叫んでいた。
「戦争?」
ここに来たばかりのテリーとミハイルには、意味が分からなかった。
隊長のローレンスは既に観察用窓を、無言で見ていた。
「隊長、一体何が?」
テリーが口にすると、隊長は無言で観察用窓を目で示した。
テリーとミハイルが、軽く隊長の肩を手で押さえ、観察用窓を覗きこんだ。その地球の姿を見ると2人は、押し黙った。
「あっ、地球が・・・・・・」
テリーは今、見ているものに、現実感が持てなかった。
「何故、こんなことに・・・・・・ 俺が宇宙にいる間に、何故」
ミハイルは自分の祖国であるロシアに、無数に降り注いでいる、光を見て、叫んだ。
地球のあらゆる所に立ち上る黒い雲、まるで核ミサイルが無差別に、あらゆる大陸に、落ちているようにしか見えなかった。5人はいつ終わるともしれない、核爆発を、ただ、呆然と見ているしか、すべはなかった。
地球は目の前にあるが、遥か遠い所にある場所に、彼らには思えた。