表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ヒューマン・ビーング  作者: マーブ
6/35

遠い地球

第6章

  


 「こ、これは・・・・・・」

 ISS復旧のため、長いケーブルを運んでいたジェリーは、モジュールノード3の、キューポラと呼ばれる観察用窓の前で、立ち止まった。


 ここでは、ドッキングしたソユーズ宇宙船を、直接見ることが出来、そして壮観な地球観測所にもなっている。


 通常はスペースデブリや、流星塵による損傷を防ぐため、開閉式のシャッターが取り付けてある。今は、停電によって、開いたままになっていた。

 ジェリーは、地球の異変に気付いて、運んでいたケーブルから手を、離してしまった。ケーブルは長いために、何重にも巻いてあったが、ジェリーの手から離れた途端に、モジュール全体に広がっていった。


 それでもジェリーはただ、呆然と、観測用窓を見ていた。


 観測用窓から見える地球は、光っていた。


 ISSが、突然の電源ダウンを起こした当初、テリーに呼び止められて、地球を見た時は、いつもの綺麗な夜景が見えなかった。まるで地球全体が、大停電を起こしているようだった。


 しかし、今は、目の前に広がる北アメリカ大陸、それに南アメリカ大陸は夜になっていたが、明確にその姿を表していた。

 だが、いつもの都市ではない。都市の明かりはついてはいない。停電のためだろう。ただ、無数の光の点が、動いているのが見える。

 それはまるで、流れ星のような尾を引いて、消えることなく、太平洋を越え、アメリカ大陸の方向へと、飛んで行くのが、はっきりと見える。

 そしてその殆どが、母国アメリカ大陸で、ひときわ大きく光を放って、消えていく、まるで大きな隕石が、アメリカに向け、無数に落ちているようだった。


 ジェリーは体が凍りついたように、ただ、無言でその様子を見ていた。

 ISSが、ユーラシア大陸上にゆっくりと位置すると、今度は逆に、光の点、が、アメリカから太平洋を越え、ロシア、中国へと向かって、飛んでいる。

 斜めの方向に、飛んでいるものもある。イランあたりであろうか、このあたりの大陸は今、昼間である。よく見ると、飛んでいる光の点は飛行機雲のように、白く長い雲を従えている。ジェリーは頭の中で、これはミサイルだ。間違いない。それも、核ミサイルだと、心の中で思っていたが、あまりの数の多さに困惑した。 


 「核戦争・・・・・・」


 「まさか?」

 それしか、思い浮かばなかった。


 「何故?」


 今、見ているものは現実なのか、映画で何度も見たことのある、全面核戦争のシーンと、全く変わらない映像を見ている。 


 「何故だ!」

 理由もない怒りが込み上げて来た。


 ジェリーは無意識に、自分の奥歯を噛み締め、窓をたたいていた。

 地球は目の前にある。

 だが、すぐに戻れる所ではない。 


 「お袋は、家は・・・・・・」

 ゆっくりと回る地球には、同じ光景が、そこら中で見られた。


 どの大陸も、例外なく光の点が、広がっている。

 どこまでも、青く広がる海の上でさえも、光の点が広がっている。

 そして黒とも茶色とも言えない、どす黒い雲が立ち昇って、いるのが見える。

 ジェリーはこの光景を見て、嘘だと、思いたかった。

 ISSの危機的状況など、もう頭から、吹き飛んで消え去っていた。


 「ばかな! ばかな!」

 窓を両手でたたきながら、


 「やめろ! やめろ! お願いだからやめてくれ・・・・・・」


 「お前ら何をやってるんだ!」


 アメリカ大陸や、見えて来る大陸から、今までにない大きな光の塊が、次々と現れ始めた。

 核爆発にしては、あまりにも巨大過ぎた。


 「頼むからもうやめてくれ、頼むからもう・・・・・・」 

 ジェリーの目には涙が止めどなく、流れていた。


 「頼むから・・・・・・」

 ジェリーはその場にうずくまった。


 そして床を力まかせに、たたいた。

 鼻に溜まった涙が、ポツンと中を舞った。


 「やめてくれ!」


 ジェリーの周りには、こぼれた涙が浮いていた。

 「やめろ! やめろ! もうやめろ!」


 「頼むからやめてくれ!」

 涙で、地球が曇ってよく見えないが、大きな光の塊だけは目に映った。


 「やめてくれ! やめてくれ! 誰が始めたんだ!」

 ジェリーは大きな声で叫んだ。


 しかし、その声は地球には届かない。


 「戦争したいなら、やりたい奴だけでやってくれ! 自分らで殺し合いをしろ! 周りを巻き込むな! 俺達を家族を、巻き込むな!」

 ジェリーの叫び声は、ISS中に響きわたった。


 ジェリーの異常な声を聞いて、管理操作用モジュールで、コンピュータの復旧作業をしていた、デックがやって来た。


 「ジェリーどうした?」

 ふと、デックは観察用窓を見た。


 一目、見てデックは、

 「これは一体何なんだ!」


 地球を見て、直感的に核戦争だとデックは思った。


 そして観測用窓に見入った。


 デックが見始めた頃には、地球上のあらゆる場所に、核爆発によって作られた、巨大な雲が、高く立ち昇っていた。

 ジェリーの異常な叫び声を聞いて、隊長のローレンスに続いてテリー、ミハイルが作業を中断して、駆けつけて来た。


 ジェリーは床を力一杯、両手に拳を作って、たたきつけていた。

 「戦争したいなら、自分らだけでやってくれ! 俺達を巻き込むな! 家族を巻き込むな!」

 と何度も、何度も、繰り返し叫んでいた。


 「戦争?」

 ここに来たばかりのテリーとミハイルには、意味が分からなかった。


 隊長のローレンスは既に観察用窓を、無言で見ていた。


 「隊長、一体何が?」

 テリーが口にすると、隊長は無言で観察用窓を目で示した。


 テリーとミハイルが、軽く隊長の肩を手で押さえ、観察用窓を覗きこんだ。その地球の姿を見ると2人は、押し黙った。 


 「あっ、地球が・・・・・・」

 テリーは今、見ているものに、現実感が持てなかった。


 「何故、こんなことに・・・・・・ 俺が宇宙にいる間に、何故」


 ミハイルは自分の祖国であるロシアに、無数に降り注いでいる、光を見て、叫んだ。


 地球のあらゆる所に立ち上る黒い雲、まるで核ミサイルが無差別に、あらゆる大陸に、落ちているようにしか見えなかった。5人はいつ終わるともしれない、核爆発を、ただ、呆然と見ているしか、すべはなかった。


 地球は目の前にあるが、遥か遠い所にある場所に、彼らには思えた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ