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ヒューマン・ビーング  作者: マーブ
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ISS

第5章 



 「おじいさん、あれ何?」

 ソルト・レーク・シティの中心街から、離れた場所にある、2階の小さな窓から、少女の声が外に漏れた。


 外は真っ暗で、月がくっきりとよく見える。風が冷たい。女の子は空に、無数に舞い上がる、光の点を指さして聞いた。


おじいさんは何も答えず、孫と手をつないで、部屋の外に出て階段を、ゆっくりと降りた。

 階段を降りると、おじいさんは孫の手を放して、


 「パパとママを起こしてきなさい」

 と優しく言った。


 いつものおじいさんと何か違う、怒っているのかなと感じながらも、両親のベッドルームへ、小さな歩幅で向かった。


 女の子には華麗な花火、あるいは、謎の円盤UFOに見えたのかもしれない。

 しかし、実際は恐ろしい、核ミサイルだった。全米各地からほぼ、同時に発射された核ミサイルは、それぞれ敵国と称される場所へと、向かって飛んでいた。

 その敵国も、核ミサイルをアメリカと全く同じ状況で、発射する意志がないにもかかわらず、突然の大停電と共に、アメリカに向け、核ミサイルを発射していた。


 後、数十分後には、この少女の生存確率は限りなく、ゼロになるであろう。この少女にはなんの落ち度もない。ましては殺される理由など、何もない。何が、核ミサイルを発射させたのか、今は、未だ分からない。


 地球の遥か上空、400キロの軌道上を回っている、宇宙ステーションISSには、地球がまもなく、全面核戦争になろうとすることに、全く気付いていなかった。


 ISSでは地球と同じく、突然の停電状態になっていた。生命維持装置も止まり、空気も供給されてない、緊急事態に陥っていた。


 「テリー、このままだとじきに空気が無くなる。サービスモジュールの機械室に行って、空気をどうにか出してくれ!」

 ジェリーは言った。


 ISSでは全員総出で、復旧作業を急いでいた。中央制御室のコンピュータが、停電のせいでクラッシュし、それが原因で、空気の供給も何もかも止まっている。

 自分達の吐いた息で、二酸化炭素濃度がどんどん上昇している。早く空気を出さなければ、ISSクルー全員が窒息してしまう。テリーは急いで機械室に行った。


 急いでいると、うまく前に進めない。無重力のせいでテリーの体は、あちこちの壁にぶつかった。それでも必死に向かった。サービスモジュールの機械室には、クルーの命を守るための生命維持装置類が、集中して設置してある。


 「しまった!」

 機械室の前に着き、取っ手を見ると、その下に鍵穴がある。


 「鍵が・・・・・・」

 テリーは慌てた。


 ISSの軌道も、修正しなければならない。停電のため、修正作業がいきなり、中断されたからだ。

 それに、既に息苦しい。早く空気を、出さないといけない。壁を蹴っ飛ばし、急いで鍵のある保管庫へ目指した。


 途中、ジェリーに出会った。


 「テリーこれがいるだろ」

 彼は機械室と名札の付いた鍵を、テリーに見せた。


 「行こう!」

 鍵を見て、テリーとジェリーは壁を蹴って機械室に向かった。


 ISSは国際宇宙ステーションと言う名前が付いているが、実際はそれほど広くはない。各ブロックごとに仕切られて、モジュールと言われる一つの部屋を、いくつもつなぎ合わせた構造に、なっている。


 モジュールを地上からロシアのロケットや、アメリカのスペースシャトルで打ち上げ、宇宙空間で手作業によって、組み上げた物になっている。

 問題の機械室には、生命維持装置やメインのコンピュータ、それに、人体に危険が及ぶレベルの太陽フレアが、発生した場合の、退避施設などがあり、隕石などの衝突から出来るだけクルーを、守るために防護シールドが外部に、設置されている。


 再び、機械室の前に立つと、テリーは素早く鍵を開けた。中は暗い。地球の夜側を回っているせいだ。表についている非常灯の薄明かりが、僅かに差し込んでいる。


 「たしかこの辺に・・・・・・」

 薄明かりを頼りに壁をつたい、テリーは手探りで非常用の懐中電灯を探した。


 「あった!」

 テリーは手に取って、スイッチを押してみるが、何故か点灯しない。何度か振ったり、たたいたりしたが、点灯しない。仕方なく懐中電灯を、回る部分からバラしてみると、茶色い液体が手に付いた。


 「電池が腐っていやがる」

 バラバラになって浮いている、電池のプラスのところが腐食している。マイナス部分には腐食もしているが、茶色い液体がついている。長年、使われなかったために、誰も電池の劣化に気付かなかったのだろう。


 「こんな時に使えなんて!」

 テリーは不機嫌に言った。


 しかし、明かりが必要だ。


 機械室の前には窓がない。ISSが地球の昼側にいたとしても、作業に十分な明かりは、ここには差し込まない。作業をするには明かりが必要だ。それを見ていたジェリーは、廊下にある非常灯に向かった。


 「時間がない。これを使おう。テリー、電線とニッパーを持って来てくれ! それとビニールテープも」

 テリーは言われるとおり、急いで工具箱を取りに向かった。


 ジェリーは壁に取り付けてある、非常灯のケースを拳でたたいた。

 でも、簡単には割れない。


 「ええ~い」

 肘で思いっきりたたきつけると、割れ目が入った。


 ジェリーは中のLEDが壊れないよう、何度かケースを軽くたたいた。そして割れ目に指を中に入れ、少しずつ割っていった。

 割れた破片が浮いてる中、ジェリーは光っているLEDを、電線が切れないようにそっと、引き出した。


 「出た!」

 ジェリーがLEDを指でつまんでいると、丁度、テリーが工具箱を持ちながら、勢い余ってジェリーにぶつかって来た。


 「もう、あまり時間がないぞ!」

 肩で大きく息をしなが、らテリーは言った。


 そこへ他のクルー達が、小型の酸素ボンベを2、3本持って来た。


 「ミハイル、デックは?」

 テリーは隊長ローレンスと一緒に、酸素ボンベを運んで来た。ロシア人クルー、ミハイルの顔を見ながら言った。


 「デックは中央制御室でコンピュータの、修復をやっている」

 デックを含めてISSのクルーは全員で5名だ。


 「ローレンス隊長、ここに入り、このドアを密閉すればこのボンベで、数時間は息が出来ます」

 テリーが言った。


 また、テリーの頭の中ではスペースデブリを避けるため、出来るだけ早くISSの機能を復旧させ、軌道修正をしなければ、衝突してしまう可能性があると、考えていた。そのためにはまず、コンピューターの再起動をしなければと、気が焦る一方だった。


 だが、そう思う一方、テリーはデックだけが1人で別の離れたモジュールに、いるのは悪い予感がしていた。それに、デックのいる中央制御室にこの状況で、安定してコンピューターに、非常用電源が供給されているとは、思えなかった。


 それに呼吸が出来なくなる危険があり、コンピューターの修理は、二の次だとも考えていた。呼吸が出来なければ何も出来ないと、テリーは混乱していながら、思っていた。


 ローレンス隊長は、空気の供給が出来るようになれば、コンピュータの修復に、十分な時間の余裕が出来る事は、承知していた。だが、コンピュータの修復も、同時に行いたいと言う気持ちもあり、焦っていた。


 何故なら、このISSのシステム全てが、コンピュータ制御になっているからだ。地上との交信さえ、コンピュータで制御されている。手動で通信する事さえ、出来ないのだ。それにそろそろ、軌道修正の時間が迫ってきている。


 ローレンス隊長は、クルーがやるべき仕事を全て把握していた。そして、テリ

ーのやっていた仕事が、気になっていた。

 障害物がISSの同じ軌道上に、回っている可能性があり、軌道を修正する必要があったからだ。たとえ、地上からの観測で、衝突する確立が1%以下と、言われていてもだ。


 その障害物は、スペースデブリと言われる宇宙のゴミだ。地球の軌道上にはたくさんの、人工衛星が回っている。その衛星を、軌道に載せるために使う、ロ

ケットから出る、様々な、金属の破片などをスペースデブリと、呼んでいる。おもに、ロケットの部品や、ロケットと衛星分離の際に出る、金属の細かい破片などである。大きな物では、使用済みの衛星本体が、宇宙のゴミになって飛んでいる。


 問題なのは、その破片が数ミリの大きさでも、時速数万キロで飛んでいることだ。こんな物がISSに当たると、穴が開いてしまう。この宇宙でもゴミが、問題になっている。


 ISSはそのため、地上から司令を受けて、当たる可能性のある、ゴミとの衝突を避けるため、不定期に、ISSの軌道を上げたり下げたり、しているのだ。これもISSを守るための、重要な任務の一つだ。


 ローレンス隊長はミハイルに命令した。


 「デックも連れて来い」

 ミハイルは急いで、デックを迎えに行った。


 全員が肩で息をし、ローレンス隊長自身も息苦しさを感じる中、まともに動ける時間は後僅かであろうと、ローレンス隊長は判断したのだろう。この機械室に全員で入ろうと決めたようだ。


 ここにいれば、少なくとも呼吸が出来るからだ。ミハイルとデックがボンベを、数本持って戻ってきた。集まったボンベは大小合わせて8本、ローレンス隊長はこのボンベを、ミハイルとデックと共に機械室の中に運び、勝手に動いてしまわない様に、近くにあった長いロープで1本1本、柱に固定した。


 「これでOK! いつでもバルブを開けば使えるぞ!」

 ローレンス隊長は最後の1本を、しっかりロープで縛り付けると、生きるのに最低限必要な空気を、確保出来たと、ひとまず安堵した。


 機械室の前では、テリーとジェリーが作業を続けていた。

 テリーが持って来てくれた配線で、LEDの照明が使えるように、手を加えていたジェリーが、テープを巻きながらテリーを見て言った。


 「あとはこのテープを念のためもう少し、巻くだけだ」

 テープを巻終え、テリーとジェリーがLEDの光を頼りに、真っ暗な機械室の奥へと、入って行った。


 「おい、ジェリー、空気と書かれているパイプを探してくれ」

 部屋全体がよく見えるように、LEDを天井の配管にテープで固定しながら、テリーが声をかけた。


 テリーは室温が徐々に下がっているのに気付いていた。


 「皆も気付いてるはずだ。どこまで下がるのか」

 と思いながら、空気と書かれているパイプを、ジェリーと共に、宙を舞いながら目を凝らして探した。


 「あった!」

 ジェリーが声を上げた。

 そしてテリーも駆けつけた。


 そのパイプをたどっていくと、いくつか細い管に枝分かれしていた。そのうちの一本が終端になっていて、金属の蓋でロックされていた。蓋には開けられるよう六角のナットが付けられている。 


 「この蓋を外せば空気が出る」


 そう思ったジェリーだが、一気に空気が出てしまっても困る。

 ISSの外部にある、いくつもの極低温酸素貯蔵タンクにある酸素と、極低温窒素貯蔵タンクにある窒素を、全て一度に放出すると、その圧力で、ISSが爆発する可能性があるからだ。


 それに、出来るだけ長く呼吸をしたい。5人が呼吸出来る、必要な分だけを、この管から少しづつ出したい。テリーも同じ事を考えた。


 「テリー、どうする?」

 ジェリーはテリーの考えを求めた。


 「とにかく今は、少しづつこのナットを回してみないか?」

 テリーが言うと、ジェリーはすぐにナットを緩め始めた。


 それ程に、切羽詰まっていた。

 とにかく、息苦しい。


 ナットを回し始めると、新鮮な空気がシューと音をたてながら出始めた。

 「助かった・・・・・・」

 そして二人は新鮮な空気を味わった。


 「隊長、空気OK! 出ました」

 テリーが緊張を緩めた声で報告した。


 「停電の原因は分からないが、これでしばらくの間、しのげる」 

 隊長のローレンスはそう言うと、大きく深呼吸をして、

 「新鮮な空気の臭いがする」

 と、安心した。


 ISSの電源が落ちてから、2時間程経っただろうか、空気は当面のところ心配はない。ただ、室温が5度まで下がった。時間が経つにつれて、もっと下がるだろう。エアコンが止まっているので仕方のない事だ。コンピュータの復旧作業はされているが、復旧の見込みは、ほとんどないだろう。ISSの軌道には変化は無く、90分で地球を一周している。


 ただ、空気が確保出来た今、次に憂慮すべき事態は、ISSの軌道を変更出来ない事だ。3週間前、地上からの司令で、軌道変更のスケジュールが、組まれていたからだ。


 ISSの軌道上に障害物があり、地上で観測されたデータによると、衝突する確率は0.01%であった。軌道変更の時間は、既に過ぎていた。

 軌道を変更するには、コンピュータの助けが、絶対に必要である。コンピュータによる、正確な誘導がなければ、ISSが今、どこに飛んでいるのか、地上からの交信が 途絶えた今、位置さえ分からなくなっている。コンピュータの復旧を含め、ISS全体のシステム復旧が、急がれる。


 今度は、ジェリーとテリーはコンピュータの復旧を、始めた。

 「テリー、電源をつないでくれ」


 デックは機械室の奥にある、メインコンピュータの下にある、電源コンソールを開け、頭を中に突っ込んで作業していた。


 「OK、繋ぐぞ」

 テリーは非常用電源から、直接つないだ2本の電線を、メインコンピュータから出ている電源に、直接繋ごうとしていた。


 まず、マイナスの線を繋いだ。次にプラスの線を繋ごうとすると、パシ、パシと火花が散った。テリーは少し慌てたが、思い切って、しっかりとプラスの線を繋いだ。


 「どうだ、動いたか?」

 テリーの問いかけに奥にいるデックは、


 「ちょっと待って」

 と言い、メインコンピュータの動きを待った。


 電源を繋いでから十秒程すると、カチと音がしてメインコンピュータの、電源ランプが次々につき、続いてハードディスクにアクセスするランプが、点滅し始めた。同時に内部のファンも、回りだした。


 デックはコンソールから頭を出し、メインコンピュータの、パネル上面にあるランプ類を、腕を組んでしばらくの間、様子を見守った。 


 「OK、スタートした!」

 デックの声に、テリーとジェリーは小さく微笑んだ。


 「どうだ、これでいけそうか?」

 テリーは軌道変更が出来るか、どうか、デックに尋ねた。


 「いや、まだまだ、やることはいっぱいある。まだ、軌道変更は無理だ」

 デックは言った。


 主電源が切れた今、非常用電源だけでどうにか、軌道変更を、しようとしていた。たとえ、スペースデブリの衝突可能性が0.01%であっても、地上で観測出来るほどの大きさの物体だ、それが時速数千キロから数万キロで飛んで来る。 それがISSに衝突すると、間違いなく致命的なダメージを与える。船体に穴が開いてしまうと、十数秒で船内の空気は、無くなってしまうだろう。今回、起こった電源ダウンとは、比較にならない事態になってしまう。


 「皆、聞いてくれ。機械室では呼吸は出来るが、他のモジュールでは空気が出ていないので、呼吸は出来ないと思ったほうがいい。動きにくいとは思うが、機械室を出て作業する者は、念の為、船外活動用の宇宙服を着用してくれ」


 隊長ローレンスは、機械室で作業しているテリーとデックを含めて、クルー全員に言った。


 デックはテリーに手伝ってもらい、宇宙服を着た。


 「動きにくいが仕方がない。船外活動みたいに宇宙服が、パンパンに膨らむこともないし、多少、気圧もあるから細かい作業は、手袋の部分だけ外して、宇宙服と手首の間に、テープを巻けばいいさ、それに船内気圧はそんなに下がってないから、大丈夫さ」


 デックは笑いながらテリーに言うと、ISS全体を管理操作出来る、中央制御室のある、モジュールに移動した。


 このモジュールには、ISSの状態や飛行制御などの装置が、左右の壁に、埋め込まれていた。


 デックがパネルをチェックしている。

 デックは、このISSの心臓部、サービスモジュールにある機械室をメンテナンスする、スペシャリストで、NASAにおいて長年にわたり、専門の訓練を受けたクルーである。ISSの予想されるトラブルには、即座に対応出来るよう、訓練されている。


 デックは電源が、来ているという印しのランプ類を、眺めていた。


 「コンピュータ類にはしっかり電気が来てるな、そのほかはダメか・・・・・・」

 ISSの設備を知り尽くしているデックだったが、


 「やはり、連動で動いてくれないか」

 コンピュータだけが動いても、どうにもならない。


 ジャイロセンサー、スラスター、GPSなどがコンピュータからの命令で、動くようになっている。


 「個別に電源をつなぐしかないか」

 あきらめとも聞こえる、小さな声で、デックはささやいた。


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