発射
第4章
マイケルの目の前にある、観察用小窓に核ミサイルから剥がれ落ちていく、氷の破片が見える。激しい轟音と共に、ミサイルが少しずつ上って行く、アメリカのオハイオ州エリー湖付近の、地下にある、核ミサイル発射施設でのことである。
「マイケル、発射中止コードは入力したか!」
トムがマイケルに大声で聞いた。
「入力したが、コンピュータから何の反応もない!」
マイケルが轟音に負けじと、大声で言った。
トムは既に飛び出そうとしている、ミサイルの発射中止コードを入力しても、無駄だと判断し、ミサイルの自爆コードを即座に、入力した。
「トム・・・・・・」
マイケルがそれを見て、小声で呼んだ。
核ミサイルを空中爆発した場合、核爆発は起こらないが、核物質であるプルトニウムの、飛散によって、広範囲が放射性物質で、汚染されることになる。このことが気になった。
しかし、今、それどころではない。核ミサイルを止めないと、全面核戦争は目に見えてる。プルトニウムによる汚染など、考えている暇はなかった。一方的に、敵国に対して核兵器で、先制攻撃することになるからだ。核兵器による攻撃は、第2次世界大戦時、アメリカによる日本の広島、長崎の原爆投下以来になる。
トムは必死な形相で、モニターに見入っていたが、モニターからは何の応答も 無い。
「クソ、クソー!」
トムはこう言いながらも、自爆コードを幾度もキーボードに、たたき込んだ。
しかし、トムの思いを無視するように、コンピュータからの応答は、何も無った。トムは力が尽きたように、頭を下げ、後ずさりした。
そしていきなり、トムはキーボードのあるコンソールを、思い切り、怒りの感情にまかせて、何度も蹴った。
「止まれ、止まれ! 止まれ!」
と言いながら、何度も蹴った。
それでもコンピュータからの、応答は何も無かった。
2人は唖然とただ、飛び去ろうとするミサイルを、見ているだけだった。
ミサイルを止める事も、破壊することも、もう出来ない。
「おしまいだ。何もかも」
立ち尽くしているマイケルの姿を、見ながらトムが言った。
退役するまでは、決して発射ボタンを押すことは、ないであろうと思っていた。
「バカな核戦争は起こるはずがない」
と、今までトムは信じていた。
しかし、現実は違った。
核ミサイルは飛び去ってしまった。
トムとマイケル2人は、モニターを見た。映し出されているのは、ターゲットに設定されている場所と、着弾所要時間である。首都モスクワが表示されている。
着弾予想時間は、二十九分だ。
もう一方のミサイルは、中国の北京へ向かっている。
「どこの偉いさんが決めたのか、よく分からないが、ロシアと中国の中心都市を、無差別に攻撃するなんて、とんでもない考えのヤツだ。中心都市には軍事施設はないだろう。一般の市民を、殺すなんて・・・・・・」
マイケルは大声で怒鳴った。
自分達も間もなく、核攻撃に、されされようとしている状況だったが、マイケルにはこの思いが、一番に浮かんだ。そして恨めしくも、感じた。
2人は、地下の発射施設から、階段をつかって地上に出た。外は真っ暗だった。
空を見上げると、2本のはっきりとした飛行機雲が、月明かりで、遥か上空にまで、途切れ途切れに、続いているのを見た。
マイケルがトムに向かって言った。
「始まってしまったな」
トムはもう、何も答えられなかった。