心のふるさと
第44章
「今のは何だ!」
「ジョニーの声か?」
敵母星に向け、超長距離ワープ中のジェリーが、微かな声を聞き取った。
「コンピュータ、今、何か聞こえたか?」
こんな所で、ジョニーの声が聞こえるはずがない、と思いながらも、たずねた。
「ジョニーさん達が、乗っている船からの識別信号が、消えました」
このコンピュータの答え方に、ジェリーは悪い予感がした。
「識別信号が消えた。どういう意味だ!」
ジェリーは悪い予感が、当たらないよう願いながら、聞いた。
「ジョニーさんの、微弱なテレパシーを受信しました。その後、ジョニーさん達の船が出していた、識別信号が消えました。船が破壊されたようです」
ジェリーは驚きのあまり、愕然とした。
しばらくして、
「彼らがやられたと言うのか! ええ、コンピュータ!」
「はい、残念ながらそのようです。未知の、破滅的なエネルギーも、同時に感知しました」
そして、ジェリーは恐る恐る、聞いた。
「地球はどうなった?」
「消滅した模様です」
これを聞いたジェリーは、
「何だと! 消滅!」
そしてジェリーは、体中の力が抜けてしまった。
地球に残してきた母、ジョニー達、それに心のよりどころである、地球が消えてしまったからだ。
ジェリーの頭には、何も浮かんでこなかった。
放心状態のまま、超長距離ワープは続いた。
ジェリーは深い、哀しみに包まれた。
今の、彼の頭にあったのは、母親の、姿だけだった。
哀しみが溢れだして、涙がこぼれた。
突然の母親の死、あまりにも離れ過ぎていて、現実とは思うことが出来なかった。
ただ、母親と暮らしていた、日々を思い出していた。
愛おしい気持ちが抑えられなくて、声を出して泣いた。
そしてその哀しみは、次第に母親を殺した、宇宙人への憎しみに、変わろうとしていた。
死んでしまった者は、二度と帰ってこない。
もう、会うことは出来ない。
憎しみの気持ちが、ジェリーを大きく支配していった。
敵宇宙人を、皆殺しにしてやろう。
たとえ、自分が死ぬことになっても、道連れにしてやる。
ただ、同時に憎しみにまかせて、敵を皆殺しにして、何になろうかと言う、気持ちもあった。
敵を殺しても、もう、母親は帰ってこない。
そして、自分が戻るべき、地球もない。
ジェリーは、この2つの気持ちの中で、苦しんだ。
帰る家もなくなってしまった。
だが、憎しみの気持ちが、ジェリーを突き動かした。
もう、自分はどうなってもいい。
たとえ、死んでもいいが、地球を破壊した者を、このまま見過ごすことは、決して、出来ない。
滅ぼしてやる。
ジェリーの心は、もう、憎しみの気持ち以外、何もなかった。
止まらない涙を拭いながら、復讐してやると、自分に強く誓った。
第45章
「コンピュータ、敵母星まで後どれくらいだ」
「まもなく、到着いたします」
コンピュータの返事を聞きながら、この13日間、哀しみと憎しみに苦しんだ日々を、思い出していた。
この320万光年をジェリーは、憎しみと哀しみだけで旅してきた。
地球があった銀河系は、遥か彼方にあって見えない。
もし、見えたとしても、そこにはもう、地球はない。
ここまで遠く離れると、母親はもちろん、地球さえ懐かしく思える。
ただ、ジェリーが知っていた地球は、もう存在していない。憎き宇宙人に、破壊されたからだ。
その時、
「ジェリーさん、ジェリーさん、聞こえますか」
憎しみでいっぱいの、ジェリーの心に、ささやく者がいた。
「ジェリーさん、私の声を聞いて下さい」
「私はズーラ」
ズーラと聞こえたので、ジェリーは我に帰った。
「あなたは?」
ジェリーは言った。
「そうです。あの時のズーラです。ジェリーさん」
ジェリーは一度だけズーラと会話、いやテレパシーで話をしたことがある。ISSから一人、脱出し、ニュージーランドの湖に不時着した時だった。
この会話も、もちろんテレパシーでの会話だ。
「破壊された地球を・・・・・・・」
ズーラの言葉が、途中で途切れた。
しかし、すぐに話だした。
「あなたの知っていた地球を、取り戻す方法が一つだけあります」
これを聞くとジェリーの憎しみが、一瞬、消えた。
「本当ですか?」
絶望に満ちていたジェリーの心に、わずかな希望がわいた。
「しかし・・・・・・・」
「しかし、地球を元通りにしても、全てが元通りになる可能性は少ないです」
ズーラの声が少し、沈んでいるようにも聞こえた。
「元通りにならない? それは、どういう意味ですか?」
ジェリーは不安になった。
「過去を変えることに、なるからです」
ズーラの返答に、
「過去を変える?」
ジェリーはそんなことが、出来るのかと思ったが、自分も一度、過去を変えている。この船を直すため、過去にタイムワープした事を、思い出していた。
「あなたが行ったタイムワープは、ごく限られた時空間でのことです」
そうズーラが言うと、
「あの閉ざされた空間のことですか?」
ジェリーが言うとズーラは、
「そうではありません。純粋なタイムトラベルです。あの空間でのタイムワープでは、この世界には影響は及びません。あなたには多少の変化が、ありましたが」
自分が歳をとったことかと、ジェリーは思った。
「10秒後にワープアウトします。9・8・7・6・5」
コンピュータが、ワープアウトのカウントダウンを始めた。
もうすぐ、敵母星だ。
「ジェリー、お願いです。今、あの惑星を攻撃しないで下さい!」
ズーラの思いがけない言葉に、ジェリーは驚いた。
そして、
「なぜですか? あの星は地球を破壊したのですよ!」
ジェリーは大声で言った。
「あの惑星に住む住人を皆殺しにしても、地球は帰ってこないですよ」
ズーラの声がしだいに、小さくなっていった。
「でも、あの星が!」
もう、ジェリーの叫びは、ズーラに届かなかった。
最後にとても小さな声で、
「私はズーラ、あの惑星の住人です。今は」
あまりにも小さな声だったので、ジェリーは錯覚かと、いや、錯覚だと思いたかった。
今まで、味方してくれたズーラが、あの憎き星の住人であると思いたくなかったからだ。
ジェリーは混乱した。
ズーラはこの、古代宇宙船の存在をジョニーに知らせ、地球を侵略して来た宇宙人と対等に、いや、対等以上に戦うことが出来た。この古代宇宙船がなければ、地球はとっくに、侵略者の所有物になっていただろう。
だが、今や侵略者の母星を攻撃するところまできた。
後、少しだ。
でも、あのズーラが敵だったとは、とても信じられない。
しかし、今や地球は破壊され、帰る場所もない。愛おしい母親も失った。そして何もかも、全てを、失ってしまった。ジェリーは、あまりの孤独と寂しさに、耐えかねて再び、大声で泣いた。
涙が溢れ出て、止まらない。
今までいた、母親がいなくなり、友人達もいなくなった。永久にだ。もう、会うことは二度と出来ない。母親や友人たちの顔を、思い浮かべると、涙が止まらない。
憎しみのあまり、自分も死ぬ覚悟で、あの星を破壊したかった。ただ、破壊したとしても、母親や友人、地球は戻ってこない。
それが哀しかった。
「ワープアウトします」
と言ったコンピュータに、ジェリーは、
「待ってくれ、ワープアウトしないでくれ!」
ジェリーは、お願いするように、コンピュータに言った。
コンピュータは、ジェリーの気持ちを察したのか、そのままワープを続けた。
ジェリーの頭の中では、二つの違った思いがあった。
一つは、地球を破壊されたという、憎しみの気持ちのまま、敵の星を破壊する。たとえ、敵にやられたとしても、どの道、自分の帰る地球は、もう存在しない。この宇宙で人間は、自分一人だけになってしまった。
この船ごと、敵の星に突っ込んで自爆しても、いいという思いと、ズーラが本当に敵宇宙人であるなら、あの星の住人全てが、地球を破壊した悪人ではあるまい。そんな住人ごと、皆殺しには出来ない。例え、皆殺しにしたとしても、もう、地球は帰ってこない。
この2つの矛盾する考えが、ジェリーを苦しめた。
ジョニーは焦点の定まらない目を下に向けた。
そして、こんなことまでコンピュータに、聞くわけにはいかないと、自分を笑った。
こんなジョニーだったが、たった一つ、希望があった。ズーラが、地球を取り戻す方法が、あると言ったからだ。 だが、ズーラの声は今は、もう聞こえない。
「過去を変えることになるからです」
この言葉が耳から、離れない。
ジェリーに残された、一筋の希望だからだ。
しかし、一体、どういうことなのか、ジェリー自身も過去を変えるのは、良くないと思っていた。それは未来をも、変えることになるからだ。
だが、地球が元に戻るなら、そして、もし愛しい人達が戻ってくるなら、たとえ、宇宙の法則さえ、ねじ曲げようとも、いいと思った。
しかし、今、話相手はもう、コンピュータしかいない。ズーラの声は聞こえない。
ジェリーはコンピュータにたずねた。
「コンピュータ、ズーラの声は聞こえたか?」
「テレパシーですね。聞こえていましたよ」
これを聞いてジェリーは少しだけ驚いた。
そう言えば、ジョニーの最後の叫びも聞いていた。
テレパシーは機械にも聞こえるのかと、
「ジェリーさん、私が作られた時代ではテレパシーは、通信の一手段でした」
すると、地球を元に戻すことも、聞いていたはずだ。
「聞いていましたよ。過去を変えることになりますが・・・・・・・」
コンピュータも、ズーラと同じことを言った。
「そんな方法が本当にあるのか!」
「あります」
コンピュータは、あっさりと答えた。
そして、
「過去に戻って、あの星を破壊するのです」
と言った。
「破壊するのか、そうなのか?」
ジェリーは、コンピュータの言ったことを、声に出して繰り返し、言った。
しかし、ズーラは攻撃しないでと言っていた。
それに多分、あの星の住人全てが、悪人ではない。ズーラ自身があの星の住人だから、この考えは、間違っていないだろう。
地球と同じだ。
悪い人がいれば、良い人もいる。
しかし、コンピュータは破壊するとはっきり言った。
どちらが正しいのか、するとコンピュータが、
「あなたの思いは、どちらも正しいのです」
しかし、明らかに矛盾している。
「どう言う意味だ!」
ジェリーにはコンピューターの言ったことが、理解出来なかった。
そして、コンピュータは言った。
「破壊する時間が、違うのです。それにあの星の住人全てが、悪人ではありません」
さらに続けた。
「大事なのは今、破壊するのではなく、地球を消し去る前の時間に、破壊するのです。怒りにまかせて今、あの星を破壊すれば、二度と地球は戻りません」
コンピュータは、ジェリーが願う最善策を言った。
「時間か、時間」
ジェリーは確かめた。
「そうです。時間です。過去に戻るのです」
閉ざされた空間で、行ったタイムワープと、同じだろうとジェリーは覚悟した。
なぜなら、今度、タイムワープすると、ジェリーは歳を取り過ぎて、死んでしまうかも、しれないからだ。
自分が死んだら、敵母星を攻撃するのは、コンピュータにまかそうと考えた。
「ジェリーさん、心配いらないですよ。あの閉ざされた空間には行きません。時間だけをさかのぼるだけです。だからあなたは歳をとりません。今のままです。死ぬこともありません」
ジェリーの思考は、コンピュータに読まれていた。
それは当然の事だった。彼の無意識下までも、NRSシステム、神経受信システムでコンピュータに、情報として送られているからだ。それにこのコンピュータはテレパシーを受信出来る。
ジェリーは、コンピュータが歳をとらないと言って、安心した。そして、この船はタイムトラベルも、出来るのかと驚いていた。
「ただ、ジェリーさんの記憶は一時的になくなってしまいます」
「なんだと!」
敵母星を、破壊することも忘れてしまったら、時間をさかのぼった意味がないと、ジェリーは思った。
だが、コンピュータは続けた。
「タイムトラベルする過程で、あなたは次元の衝撃波を受けます。そのために、あなたの記憶は一時的になくなってしまいます。でも、心配しないで下さい。私が、あなたに必要な、記憶を戻します」
ジョニーはコンピュータが変な、言い方をするなと思った。
必要な記憶、今までの記憶が、全てなくなってしまうのか、だが、それでもいい。地球が救えるならと、自分に言い聞かせた。
ただ、自分を助けてくれたズーラも、殺してしまうのには大きな抵抗があった。それに、あの星には地球を破壊してしまった悪人だけではなく、ズーラのように心優しい者もいるだろう。
まとめて、殺してしまうには大きな、心残りがあった。
コンピュータもこの点には、触れなかった。
しかし、ジェリーは言った。
「コンピュータ、地球が破壊される前まで、時間を戻ってくれ!」
ジェリーは決心した。
「タイムトラベルは日にち単位まで、正確に戻れません。誤差があるので、地球が破壊される、数カ月前まで戻ります。それでいいですね」
そうか、簡単に、戻れるわけではないのだと、ジェリーは思った。
「時間の設定はコンピュータ、お前にまかせる。やってくれ」
ジェリーが言うと、ワープ速度が急激に上がった。
そしてジェリーは、気を失った。
第46章
とても、とても長い夢を、見たなと思いながら、ジェリーは両腕を上げて、大きなあくびをした。
しかし、目を開けて回りを見ると、いつもの自分の部屋ではなかった。それに何か、液体の中につかっている。
驚いてジェリーは慌ててもがいた。
すると、
「ジェリーさん、大丈夫です。今、記憶を戻します」
頭の中で声が聞こえた。
聞いたことがない声だ。
そしてジェリーは気を失った。
再び目を覚ました時、ジェリーは今までの記憶を、取り戻していた。
それは、とても悲しい、記憶だった。
そしてその記憶は、激しい憎しみへと変わった。
目の前には、敵の星があった。
地球とよく似ている。
海が見える。
陸も見えた。
コンピュータは言った。
「ジェリーさん、赤いボタンを押して下さい。それで全てが終わります」
そしてジェリーは何のためらいもなく、赤く点滅する発射ボタンを押した。
「コンピュータ、あの星を、破壊してくれ!」
ジェリーは、自分が押したボタンを見ながら、ズーラのことを思った。
「許してくれ、地球のためだ」
仕方がなかった。
これでよかったのだと、自分に強く言い聞かせた。
第2の古代宇宙船の先端から、カプセルが亜高速で発射された。その中には敵の星を滅ぼすには、十分過ぎる程の反物質が入っていた。
そして何の抵抗も受けることなく、カプセルは命中した。
すると、眩しいほどの光を放ちながら、その光は星全体に広がっていった。
ほんの数秒ほどで、敵の星は太陽のように輝き始めた。
目の前の星は、光輝く太陽になった。
敵の星が、崩壊して行くのを、見てジェリーは言った。
「地球に帰ろう。コンピューター。ズーラさん、すまない」
と、
簡単に、敵を滅ぼすことが出来た。
皆殺しは、あまりにも簡単過ぎた。
反撃は全くなかった。
そして第2の古代宇宙船は、ワープに入った。
「コンピュータ、今は何日だ」
コンピュータからすぐには返事はなかった。
ジェリーはもう一度、言った。
「コンピュータ、今日はいつだ」
しかし、コンピュータからの返事はなかった。
おかしいなと思いながら、
「コンピュータ、聞こえるか、今日は何日だ!」
ジェリーは声に出して言ったが、コンピュータからの応答はなかった。
ジェリーは前にあるディスプレイを見たが、正常に機能しているようだ。まさか、さっきの攻撃でコンピュータが壊れたのかと、思い始めた。
そして、
「コンピュータ、返事しろ!」
大きく怒鳴ったが、返事はなかった。
大変だと思いながら、ジェリーは、ディスプレイをもう一度、確認した。すると、地球まで13日までと、カウントダウンが続いている。それを確認すると、ジェリーは安心したが、コンピュータなしで無事、地球に戻れるのかと不安になった。
しかし、マニュアルでの操縦は、この船に乗った時、コンピュータから教えられている。ジェリーはオートから、マニュアルにするボタンを押した。すると、後ろからプシューと音が鳴り、浸かっていたb・p・s溶液が流れ出した。
b・p・sが完全になくなるとジェリーは大きく咳き込んだ。
鼻と口から、肺に入っていたb・p.s溶液が流れ出た。
何度も何度もジェリーは咳き込んで、溶液を体の中から吐き出した。
そして久しぶりに、大きく口を開けて、空気を胸いっぱいに、吸い込んだ。
戦いは終わった。
今はいつかわからないが、地球はきっともとの姿をしているだろう。早く地球に戻って自分の家、そして愛おしい母親に、会いたいと心から願った。
第2の古代宇宙船は、超長距離ワープを続けていた。
ところが、突然、宇宙船は先端部分からすーと消えてしまった。
何が起こったのだろうか、全く分からない。




