賭け
第38章
「この船を元の状態に戻せるぞ」
ささやくような声がした。
「元に戻せるぞ」
今度ははっきりと聞こえた。
幻聴ではない。
「お前は誰だ」
驚くべきことに、ジェリーは生きていた。
時空の間に、第二の古代宇宙船と共に漂流していた。
ここには何も存在しない、無の世界だ。
時間さえも、存在しない。
「私はリシオ、お前のそばに、いたでわないか?」
「リシオ? まさかあの白骨化した・・・・・・・」
予想もしない人物の声を聞いて、ジェリーは死んでしまったのかと思った。
「死んではいないよ、ジェリー・コービン」
「な、なぜ、私の名前を知ってる」
「ここでは何でも分かる」
ジェリーは死んでいないと聞いて、なぜか、安心した。
「なぜ、大昔に死んだ、お前と話が出来る」
「ここは時空の間、空間と時間を超越した場所、何もない死の世界、まぁ、すくなくても、天国でも地獄でもない所だ。安心しろ」
ジェリーにはこの言葉の意味が、全く理解できなかった。
そして気付くとコックピットに座っている。NRSは動いていないようだ。外の世界が何も見えない。
「あたりまえだ。ここには内も外もない。無の世界だ。時間さえ存在しない」
ジェリーは自分の体を見回した。
「俺はここにいる」
しかし、どこにも声の主は、姿が無かった。
「そうだ。俺は死んでいる。白骨化した俺を見ただろ。俺にもよく分からないが、ここでは、俺の意識だけはあるようだ」
混乱しているジェリーは、いっそう混乱した。
だがジェリーは、リシオの言った言葉を、忘れてはいなかった。
「この船を、元の状態に戻せると言ったな」
「そうだ。戻せる」
「どうすれば戻せる?」
声の主はすぐには答えなかった。
しばらくして、やっと、
「この空間から、抜け出るだけでも大変だぞ」
「お前の命を、削ることになる」
ジェリーは黙って聞いていた。
「覚悟はあるか?」
いづれにせよ、ここにいることは、死んでいるのと同じだ。ジェリーには、選択の余地はなかった。
「覚悟はある。この空間から出たい。この船を元通りにしたい。そして地球に戻って、ジョニー達と一緒にもう一度戦いたい」
「分かった。お前の余命を、かなり使うことになるぞ、それでもいいか!」
「余命? やってくれ!」
ジェリーには迷いはなかった。このままでは、死んでいるのと同じだからだ。
「この空間から出る方法は一つだ。時間を作ることだ。その船にはその力がある」
「時間を作る?」
「時間? 破壊され、動かなくなったこの船に、そんなことが出来るのか?」
ジェリーはたずねた。
「そうだ。出来る。お前は破壊される前、無意識にこの閉ざされた空間に、来ることを願った。そうしてお前はここにいる。動かなくなったのは、お前が、そう思っているからだ。お前が強く願えば、この船は必ず動く」
時間を作ると聞いて、ジェリーはタイムワープをするのだなと気付いた。
「どうすればいい」
ジェリーは一つの文明を滅ぼした危険な男、リシオに聞いた。
「簡単だ。破壊される前に戻ればいい。そう願えばお前の思いは、かなえられる」
リシオは続けて話した。
「ここは無の世界だ。時間も物質も空間さえない。しかし、お前は生きている。俺を信じろ、そして強く願え!」
ジェリーはリシオの言う通りにした。
自分なりに、第二の古代宇宙船が破壊される前に戻れるよう、目を閉じて強く願った。
すると、コックピットの明かりがついた。
そしてディスプレイが表示された。しかし、時間の無い空間では何も映しだされなかった。
次々とシステムが起動し始め、タイムワープがもう始まろうとしていた。
その時、
「なぜ、あなたは、あなたのいた世界を、滅ぼしたのですか?」
ジェリーが聞いた。
今、一番、聞きたいと思っていた事だ。
「この世界、いや、宇宙には必ず善と悪が存在する。俺はその存在に挑んだだけだ。無駄だったが・・・・・・」
「この話はいい。もう、行け。ここはお前のいる場所ではない、信じることをしてこい」
ジェリーはヘルメットをかぶった。そしてこの船に初めて乗った時を思い描いた。
「あの時に戻れ!」
すると、何も映っていなかったディスプレイに、巨大な穴のようなものが映った。
そしてジェリーの船はその穴に吸い込まれていった。
穴の中に入ると、まるでトンネルのようなものが続いていた。たくさんの分岐点があり、ジェリーの船はまるで決められたかのように、幾重にもある、分岐点を選んでは曲がっていった。
ジェリーが、
「これは何だ!」
「ワームホールです。時空間を同時に移動出来るトンネルのようなものです」
「これであの時間に戻れるのか?」
「そうです。あなたがこの船に初めて乗った時間までさかのぼります」
ジェリーはワームホールの存在は知っていたが、ジェリーのいた時代の科学では、理論上あるかも知れないと言うだけで、その存在はまだ、確認されていなかった。
それに過去に戻ることが出来ることを知って、脅威を感じていた。
「俺は今、まさにタイムトラベルをしてるんだ!」
ジェリーが興奮した声で言った。
そして同時に、何か悪いことをしているように感じた。
時間を、自由に支配出来るというのは、全てのことを支配出来ると思ったからだ。しかし、これは自分の思い過ごしだと、この考えをすぐに捨て去った。
「今は地球を救うことだけを考えよう」
余計なことは考えず、今やるべきことを、やろうと心に誓った。
やがてジェリーは、目的の場所と目的の時間にたどり着いた。
機能が回復したのだろう。
全ての電源ランプ類がついている。
そして、
「到着しました」
しかし、コンピュータに言われるまでもない。
ジョニー達が感じられない。
それにここは、さっきまでいた、時空の間だ。
「コンピュータ、一体どうなっているんだ! 同じ場所に戻ってる!」
ジェリーは怒鳴った。
そしてイラだっていた。
「分かりません。不明です。一部、機能が回復したようですが・・・・・・」
コンピュータの返事を聞くと、再びジェリーは、
「分からんとは一体、どういうことだ!」
興奮して言った。
すると、コンピュータは、
「この空間は、我々にとっても未知の空間です。この空間の情報がありません。理論的に考えれば、この空間から戻ったものがいないと、考えるのが、正しいと考えられます。それに本船の損傷は、今だ、致命的です」
コンピュータの答えにジェリーは絶望した。
そして、ジェニーは、
「リシオ、ここから出してくれ!」
「リシオ! 返事をしてくれ!」
大声で叫んだが、リシオの返事はなかった。
第39章
どのくらい、時間が経ったのだろうか、ジェリーは疲れ果ててしまい、いつのまにか寝ていた。
ジュエリーは夢を見ていた。
それはワームホールの中を、飛んでいる夢だった。ワームホールから抜け出ると、同じ空間にいた。そして再びワームホールを飛んで抜け出ると、また、同じ空間にいた。夢の中でそれを繰り返していた。
「生きることも死ぬこともない、永遠の時間の中に閉じ込められた」
「閉じ込められた」
「閉じ込められてしまった」
「もう、出られない」
うわ言で、ジェリーが言った。
その間にも、コンピュータは何かを計算しているようだった。
この未知の空間でも、コンピューターは正常に作動しているようだ。
どのぐらい、時間が経ったのだろう。この空間では時間がない。無意味な言葉だが、ジェリーは生きている。少なくても、ジェリーの中では時間が存在した。
「ジェリーさん、起きて下さい」
コンピュータがジェリーを呼んだ。
寝ていたジェリーが目を覚ました。
「何だ、コンピュータ」
すると、
「大変、危険な方法ですが、ここを出られる手段があります」
これを聞くとジェリーは、体を起こした。
「理論的に計算した結果、この空間から出るにはワームホールをさきほど、やったように通るしか方法はありません」
するとジェリーは、
「さっきと同じでまた、ここに戻るだけだろ」
コンピュータはジェリーにも、分かるように話出した。
「そうです。無限に繰り返す、ループになっています。その無限ループから脱出するためには、銀河一つ分のエネルーが必要です。この船はスタードライブという動力源を使っています。ジェリーさんの科学知識では、理解出来ないと思いますが、このスタードライブは、全宇宙に匹敵するエネルギーを持っています。このエネルギーを使います」
もちろん、ジェリーの知っている物理学では、理解不能だった。
全宇宙が持っているエネルギーと言われても、想像すら出来ない。
ジェリーは黙って聞くことにした。
コンピュータは続けて話した。
「戻れる時間、時空間と言った方が正しいでしょう。その時空間は一点です。この船がこの空間に移動した時空です」
そのとたん、ジェリーは身を乗り出して、
「それでは、戻っても何の意味もない。破壊されたままだ」
「その通りです」
コンピュータはあっさりと答えた。
コンピュータはジェリーの反応を見たが、それでも話続けた。
「ジェリーさんの言われる通りです。それでは無意味です。こんな表現を使うとコンピュータらしくないと思われますが、破壊される前、敵のビームが直撃する前に戻るのです」
ジェリーは何も言わなかった。
「時間にしてほんのわずかで十分です。ビームが直撃する前に、ワープするのです」
今度は黙っていなかった。
「それはおかしい。確かにコンピュータらしくない。大きな矛盾がある。僕にもそれくらいは分かる。戻れる時空間は一点だけだろ?」
ジェリーの言い分はもっともだった。
しかし、コンピュータは、
「その通りです。明らかに矛盾しています。初めにお話した危険な方法を使うことになります。スタードライブのエネルギーを放出することによって、ほんのわずかですが、過去に戻れる可能性があります。ただし、これは理論に基づいて計算した結果であり、100%成功するとは言えません」
するとジェリーが、
「成功、しなかったらどうなるんだ」
コンピュータはすぐには答えなかった。
そして、
「本船が大爆発を起こし、我々がいた、全宇宙空間が消滅することになります」
さすがに、これにはジェリーは何も言えなかった。
全ての宇宙空間が消滅してしまえば、地球もなくなってしまう。ジェリーは答えようがなかった。
ただ、コンピュータがやるか、やらないかをジェリーに決断するよう、問いかけているのは、十分過ぎるほど分かっていた。
「コンピュータ、決める前に、一つ聞きたいことがある」
コンピュータは黙っていた。
「この宇宙には人間以外の生命体はいるのか?」
コンピュータは答えた。
「います」
ジェリーの顔が厳しくなった。
「そうか、どんな生命体だ」
コンピュータは淡々と答えた。
「原始的な生命体から、高度に発達した文明を持つ生命体が、無数に存在しております」
ジェリーは続けた。
「この船がなくても、ジョニー達は勝つことが出来るか?」
コンピュータは、はっきりと答えた。
「不可能です」
ジェリーはそれを聞くと、下を向いたまま黙った。
全宇宙消滅と地球を救う、それをとてつもない、大きな天秤にかけていた。
そして、自分にこんなことをする権利があるのか、自問していた。
そんな時、ジェリーの心の中に、母親の姿がうかんだ。生まれてからずっと、一緒に暮らしていた。しかし、なぜか、母親の顔を思い出すことが、出来なかった。ただ、年老いた母親の後ろ姿だけだった。どうしても顔を思い出すことが出来ない。ただ、ただ、愛おしかった。
宇宙全体のことなど、どうでもよかった。
そうだ、
「宇宙人なんかに殺させはしない!」
ジェリーは決心した。
そして命令した。
「コンピュータ、たのむ、やってくれ! この全宇宙に住む全ての住人よ、許してくれ!」
激しく損傷している、第二の古代宇宙船にとっては、大きな賭けだった。
ワームホールに、入ることも出来ずに、自爆する恐れもあったが、コンピュータはあえて、ジェリーに希望を持たした。コンピュータらしくない行いだった。
しかし、不思議な事に、コンピュータの意思も、ジェニーには分かっていた。
ジェリーはこのまま、自爆してしまうことも、覚悟の上だった。
みんなも一緒だ。
「スタードライブ起動、出力解放」
「5・4・3・2・1」
初めは少しの振動だったが、しだいにジェリーのコックピットは激しく上下左右に揺れ始めた。前の、ワームホールへの入り方と明らかに違った。前方のスクリーンはワームホールを映すことなく、眩い光に包まれていた。
そしてコックピット内の温度が急激に上昇した。ジェリーは熱いと感じながらも、じっと我慢した。
ジェリーの運命はコンピュータにたくされた。成功するか、それとも全宇宙と共に消滅するかだ。
ジェリーは心の中で祈った。
「どうか、成功しますように」




