連鎖反応
第3章
日本の北の端、北海道の小樽発電所で、原発では起こり得ない、核爆発が起ころうとしていた。
通常、原発で使用するウラン235は、核兵器に比べるとその密度が極端に低く、爆発的な核連鎖反応は決して起こさない。
ゆっくりと核連鎖反応を起こし、その結果、大きな熱を発生させる。その熱で、タービンを動かして発電させる。だから、核燃料棒も数年に1度、交換するだけで済むから、発電する燃料代が安くなる。
ただし、発電後に残る莫大な量の、使用済み核燃料の処理方法は、今だに確立されていない。つまり、簡単に捨て去る事や、普通のゴミのように焼却したり、地面に埋める事は出来ない。
何故なら、使用済み核燃料が、人間や地球上の生き物に有害な、放射線をいつまでも出し続けるからだ。この使用済み核燃料である、放射性物質には現在、手に負えない状況になっている。処理方法も分からず、ただ、発電所の周辺に保存し続けるしかない。
「所長、非常用ガスタービンエンジン発電機が動きません!」
制御室主任の田辺が、非常用ガスタービンエンジン発電機の電力メーターが0になっているのを、見ながら言った。
所長の長崎は、
「このままだと福島と同じ事になってしまう。メルトダウン・・・・・・」
と思うと、主任の田辺に返答することが出来なかった。
「こうなることは分かっていた」
所長の長崎は頭の中で言った。
全外部電源全喪失、そして非常用発電機の故障、福島の状況と全く同じだ。停電と同時に外部との連絡が出来ない。
所長の長崎は、
「日本の政治家はバカをした」
「何故、日本全国の全原子炉を再稼働させたんだ」
原発の所長である立場を忘れて、矛盾する考えが交差した。
「所詮、金のためか・・・・・・」
そして自分の家族の事を考えた。
「田辺君、後どれくらい格納容器が持ちそうだ?」
所長の長崎はこの原発から、退避することを考えていた。
「せいぜいもって30分です」
主任の田辺が格納容器の温度計を見て言った。
「そうか、もう時間は無いと言う事だな」
メルトダウンが始まれば、この原子力発電所内の誰もが、致死量の放射線を浴びる事になる。
やることはやったがもう、時間の猶予はない。
ここから出来るだけ離れることを考える必要がある。外部との通信が出来ない今となっては、この地域の住民に、危険を知らせる事は不可能だ。せめて、この発電所内にいる作業員全員を、放射線から守らなければならない。
所長の長崎は、決断をしなければならなかった。
そして所長はマイクを持った。
「全館放送に切り替えてくれ」
と部下に言い、発電所全員に向けて言った。
「私は所長の長崎です。皆さん、ご存知でしょうが残念ながら、現時点で出来る事はいたしましたが、も、もう時間がありません」
早く逃げろと、言いたい気持ちを抑えてマイクを一旦置いた。
発電所内でパニックが起こってしまう。
再びマイクを握りしめて、
「もうすぐ、メルトダウンが起こり、この発電所は放射能に汚染されます」
所長の長崎は日本では禁句である、この言葉をはっきりと伝えた。
「ただちにこの発電所から退避して下さい!」
「これは訓練ではありません。福島原発事故と同じです。ただちに、持ち場を放棄して逃げて下さい!」
そして続けて言った。
「車でこられてない方は、誰かの車に乗せてもらって下さい。ご協力をお願いいたします。そして一刻も早く家族のもとに戻って、この地域から逃げて下さい。 出来るだけ遠くに逃げて下さい。また、家に残られる方は、必ず窓やドアを閉めきって下さい。お車で逃げられる方は繰り返しますが、出来るだけ遠くに逃げてください」
今、言えることは、全て言ったつもりだった。
所長の長崎は、福島での過ちを繰り返すまいと言う、強い思いで事実を伝えた。
福島の原発事故では、全く事実が知らされなかったからだった。新聞、テレビのニュースでは事実が、政府や電力会社の圧力によって知らされなかったからだ。
そのために、数えきれない程の被爆者を出してしまった。今も被爆者の人数は明かされていない。分からないままだ。と言うより政府によって、放ったらかしにされている。
マイクを置いた手がしばらくの間、震えていた。
所長の長崎は震える手で口元を抑えた。そして、言うべきことは言ったと、自分に言い聞かせた。
「君達も早く逃げなさい!」
制御室に残っている作業員達に、所長は言った。
「に、逃げるんですか?」
作業員の1人が言うと、
「もうこれ以上、何も出来ん。死にたいのか! さっさと逃げるんだ。この発電所はじきに放射性物質で汚染される。汚染のレベルを考えてみろ。生きては出られないぞ!」
この制御室にいる作業員は皆、放射線のスペシャリスト達だ。汚染のレベルは十分承知していた。それによって、死に至ることも分かっている。
「全員退避だ!」
と言って所長の長崎は、ガラスで閉ざされた非常用の赤いボタンを、ガラスごと勢いよくたたき割った。
ガラスと血が飛び散り、緊急時の、けたたましいサイレンの音と、赤色の回転灯が原発の危険を原発中に知らせた。
しばらくすると建物から、一斉に人が飛び出して来た。駐車場に向かって走っていく人達、途中でこける人もいる。こけた人を起こして、再び駐車場へと向かう。
原発の入り口に立っている、老いたガードマン二人は何事が起こったのかと、驚き、お互いの顔を見合った。
初めて聞くサイレンの音に、戸惑いながらも、逃げる様子がない。原発の危機をまだ、知らないようだ。
駐車場にたどり着いた人達は、車のドアを開けようとキーに付いている、リモコンのボタンを押したが、いつものキュッキュッと言う音がしない。おかしいなと思いながら、ドアノブを引っ張っぱるが、ドアが開かない。仕方がないので、車のキーを使ってドアを開けた。
そして中に乗り込んで、エンジンをかけようとキーを回すが、エンジンがかからない。かからないどころか、何の音もしない。セルが回っていないのだ。室内灯も点かない。何度もキーを回すが、エンジンがかかる気配が全くない。
「エンジンが、かからんぞ!」
運転席に乗り込んでいた中年の男性が言った。
この車には四人乗ろうとしていた。
「これはまずいな・・・・・・」
後部座席に、乗ろうとしていた男性が同じように、エンジンがかからない隣の車を、見て言った。
周りを見渡すと、どの車も、エンジンがかっていない。 エンジン音が、どこからも聞こない。
「ダメだ、ダメだ、かからん。うんともすんとも言わん」
中年の男性は運転席から降りて、ドアを閉めた。
歩いて逃げるとなると、大変だと考えたが、とにかく時間がない。
「おい、歩きだ!」
どの車もエンジンがかからないらしく、駐車場から外へと人々は、歩き出した。
駐車場の出入口付近では、すれ違いに、
「どの車のエンジンもかからん。車に行っても無駄だぞ。歩いて逃げろ!」
と、車で逃げようとやって来た、人々に伝えた。
だが、ここ小樽原発もそうだが、日本にある原発は海のそばに立っていて、近くには何もない所だ。人の住んでいる所まで行こうとすると、数キロメートル以上離れている。多くの原発は、人の住んでいる所から、ひと山越えた場所にひっそりと、隠れるように立っている。
だから、車が無いと、とても行けない場所に建設されている。まずいことに、歩いて簡単に逃げることは出来ないのだ。
時間が、かかり過ぎる。
とても間に合わない。
小樽原発のゲートでは、けたたましいサイレンの中、やっとゲートまでたどり着いた作業員が、のんびりと誘導棒を持って立っている、老いた二人組みのガードマンに、何か言っている。
「原子炉が爆発するぞ! 出来るだけ遠くに逃げろ!」
この言葉で老いたガードマンは、お互い向かい合いながら、
「爆発?」
ピンときたのは、福島原発での事故だった。
振り向くと、逃げろと声をかけてくれた作業員が、走り去っていた。
何十人もの人が、我先にと小走りに去って行く。
「おい!」
専門的な知識はなくても、とんでもない危険が、迫っている事を、二人の老いたガードマンはやっと、気付いた。
二人は、派遣会社から支給された帽子を惜しみなく投げ捨て、手に持っている誘導棒も放り投げて、自分達の車へと向かった。
駐車場に向かう途中で、
「車は動かんぞ!」
とすれ違う人達に言われた。
「歩くのか?」
一人の老いたガードマンは言った。
走って逃げるには二人共、あまりにも年を取り過ぎていた。それでも方向を変
え、ゲートの外へと小走りで歩き出した。
背の低い、一人のガードマンは息を切らしながら言った。
「俺達、六十過ぎてまだ働いているのに、死ぬためにここに派遣されてきたのか・・・・・・」
その時、突然1つの原子炉建屋から白い煙が上がった。
原子炉格納容器内で、激しい核連鎖反応を起こした結果、発生した放射性物質を含んだ、気体の圧力に、耐えきれずに、ベントし始めた。
原子炉内部の、放射性物質を、野外に放出し始めたのだ。この煙をまともに浴びると即死するほどの、強い放射能を帯びている。
そして次の瞬間、眩いばかりの白い閃光が、一瞬にして発電所の人々を飲み込んだ。
原子炉がついに核爆発を起こしたのだ。
閃光は一瞬で広まった。
またたく間に、その閃光は小樽、札幌、旭川、北海道の半分以上を覆った。そして閃光は炎の塊となり、全てを焼き尽くしていった。
同時に、もくもくと湧き立つ、どす黒い煙が遥か上空にまで達して行く、どす黒い雲を中心にして、北海道全域を覆う位の、巨大な白いリング状の雲が、幾重にも上空に沸き立って、現れた。
恐ろしい光景だ。
とどめを刺すように、とてつもなく大きな衝撃波と、熱風が、地上に立っている建物、そして全てのものを容赦なく吹き飛ばし、焼き尽くしていった。
建物は一瞬で粉々になり、人々が住む家はそこに住む人ごと、容赦なく吹き飛ばされ、熱風で焼き尽くされた。
数分後には、砂埃と、何かが、地上にあったと言う痕跡だけが残った。人はたった、ひとにぎりの炭になった。
かつて北海道に存在したはずのものが、地上から半分以上消え去った。これが原発の核爆発だ。核兵器の核爆発とは、比較にならない、大規模の爆発だ。爆心地から200キロメートル以内のものは、全てが無くなった。
誰もが考えもしない、原子力発電所の核爆発は、北海道の小樽発電所だけでは、すまなかった。
核兵器とは比較にならない程の、膨大な量のウラン、プルトニウムを、持っている原発の核爆発は、一つの原発だけで、全地球規模の生物生存の危機を、もたらすものであった。爆発規模も破滅的だが、有害な放射性物質が、全地球規模で広がってしまう、からである。その放射性物質の量は、数ヶ月で地球上の全ての生物を、絶滅するのに十分な量であろう。
恐るべきことに、この悲劇的な核爆発は、世界中に存在する全ての、原子力発電所で同時に起こった。
ただ、これは人類滅亡のほんの始まりにすぎなかった。