表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ヒューマン・ビーング  作者: マーブ
3/35

連鎖反応

 第3章



 日本の北の端、北海道の小樽発電所で、原発では起こり得ない、核爆発が起ころうとしていた。


 通常、原発で使用するウラン235は、核兵器に比べるとその密度が極端に低く、爆発的な核連鎖反応は決して起こさない。

 ゆっくりと核連鎖反応を起こし、その結果、大きな熱を発生させる。その熱で、タービンを動かして発電させる。だから、核燃料棒も数年に1度、交換するだけで済むから、発電する燃料代が安くなる。


 ただし、発電後に残る莫大な量の、使用済み核燃料の処理方法は、今だに確立されていない。つまり、簡単に捨て去る事や、普通のゴミのように焼却したり、地面に埋める事は出来ない。


 何故なら、使用済み核燃料が、人間や地球上の生き物に有害な、放射線をいつまでも出し続けるからだ。この使用済み核燃料である、放射性物質には現在、手に負えない状況になっている。処理方法も分からず、ただ、発電所の周辺に保存し続けるしかない。


 「所長、非常用ガスタービンエンジン発電機が動きません!」


 制御室主任の田辺が、非常用ガスタービンエンジン発電機の電力メーターが0になっているのを、見ながら言った。


 所長の長崎は、


 「このままだと福島と同じ事になってしまう。メルトダウン・・・・・・」


 と思うと、主任の田辺に返答することが出来なかった。


 「こうなることは分かっていた」


 所長の長崎は頭の中で言った。


 全外部電源全喪失、そして非常用発電機の故障、福島の状況と全く同じだ。停電と同時に外部との連絡が出来ない。


 所長の長崎は、


 「日本の政治家はバカをした」


 「何故、日本全国の全原子炉を再稼働させたんだ」


 原発の所長である立場を忘れて、矛盾する考えが交差した。


 「所詮、金のためか・・・・・・」


 そして自分の家族の事を考えた。


 「田辺君、後どれくらい格納容器が持ちそうだ?」


 所長の長崎はこの原発から、退避することを考えていた。


 「せいぜいもって30分です」


 主任の田辺が格納容器の温度計を見て言った。


 「そうか、もう時間は無いと言う事だな」


 メルトダウンが始まれば、この原子力発電所内の誰もが、致死量の放射線を浴びる事になる。


 やることはやったがもう、時間の猶予はない。

 ここから出来るだけ離れることを考える必要がある。外部との通信が出来ない今となっては、この地域の住民に、危険を知らせる事は不可能だ。せめて、この発電所内にいる作業員全員を、放射線から守らなければならない。


 所長の長崎は、決断をしなければならなかった。

 そして所長はマイクを持った。


 「全館放送に切り替えてくれ」


 と部下に言い、発電所全員に向けて言った。


 「私は所長の長崎です。皆さん、ご存知でしょうが残念ながら、現時点で出来る事はいたしましたが、も、もう時間がありません」


 早く逃げろと、言いたい気持ちを抑えてマイクを一旦置いた。

 発電所内でパニックが起こってしまう。

 再びマイクを握りしめて、

 「もうすぐ、メルトダウンが起こり、この発電所は放射能に汚染されます」


 所長の長崎は日本では禁句である、この言葉をはっきりと伝えた。


 「ただちにこの発電所から退避して下さい!」


 「これは訓練ではありません。福島原発事故と同じです。ただちに、持ち場を放棄して逃げて下さい!」


 そして続けて言った。


 「車でこられてない方は、誰かの車に乗せてもらって下さい。ご協力をお願いいたします。そして一刻も早く家族のもとに戻って、この地域から逃げて下さい。 出来るだけ遠くに逃げて下さい。また、家に残られる方は、必ず窓やドアを閉めきって下さい。お車で逃げられる方は繰り返しますが、出来るだけ遠くに逃げてください」


 今、言えることは、全て言ったつもりだった。


 所長の長崎は、福島での過ちを繰り返すまいと言う、強い思いで事実を伝えた。

 福島の原発事故では、全く事実が知らされなかったからだった。新聞、テレビのニュースでは事実が、政府や電力会社の圧力によって知らされなかったからだ。

 そのために、数えきれない程の被爆者を出してしまった。今も被爆者の人数は明かされていない。分からないままだ。と言うより政府によって、放ったらかしにされている。


 マイクを置いた手がしばらくの間、震えていた。


 所長の長崎は震える手で口元を抑えた。そして、言うべきことは言ったと、自分に言い聞かせた。


 「君達も早く逃げなさい!」


 制御室に残っている作業員達に、所長は言った。


 「に、逃げるんですか?」


  作業員の1人が言うと、


 「もうこれ以上、何も出来ん。死にたいのか! さっさと逃げるんだ。この発電所はじきに放射性物質で汚染される。汚染のレベルを考えてみろ。生きては出られないぞ!」


 この制御室にいる作業員は皆、放射線のスペシャリスト達だ。汚染のレベルは十分承知していた。それによって、死に至ることも分かっている。


 「全員退避だ!」


 と言って所長の長崎は、ガラスで閉ざされた非常用の赤いボタンを、ガラスごと勢いよくたたき割った。


 ガラスと血が飛び散り、緊急時の、けたたましいサイレンの音と、赤色の回転灯が原発の危険を原発中に知らせた。

 しばらくすると建物から、一斉に人が飛び出して来た。駐車場に向かって走っていく人達、途中でこける人もいる。こけた人を起こして、再び駐車場へと向かう。

 原発の入り口に立っている、老いたガードマン二人は何事が起こったのかと、驚き、お互いの顔を見合った。 


 初めて聞くサイレンの音に、戸惑いながらも、逃げる様子がない。原発の危機をまだ、知らないようだ。

 駐車場にたどり着いた人達は、車のドアを開けようとキーに付いている、リモコンのボタンを押したが、いつものキュッキュッと言う音がしない。おかしいなと思いながら、ドアノブを引っ張っぱるが、ドアが開かない。仕方がないので、車のキーを使ってドアを開けた。

 そして中に乗り込んで、エンジンをかけようとキーを回すが、エンジンがかからない。かからないどころか、何の音もしない。セルが回っていないのだ。室内灯も点かない。何度もキーを回すが、エンジンがかかる気配が全くない。


 「エンジンが、かからんぞ!」


 運転席に乗り込んでいた中年の男性が言った。

 この車には四人乗ろうとしていた。


 「これはまずいな・・・・・・」


 後部座席に、乗ろうとしていた男性が同じように、エンジンがかからない隣の車を、見て言った。

 周りを見渡すと、どの車も、エンジンがかっていない。 エンジン音が、どこからも聞こない。


 「ダメだ、ダメだ、かからん。うんともすんとも言わん」


 中年の男性は運転席から降りて、ドアを閉めた。

 歩いて逃げるとなると、大変だと考えたが、とにかく時間がない。


 「おい、歩きだ!」


 どの車もエンジンがかからないらしく、駐車場から外へと人々は、歩き出した。

 駐車場の出入口付近では、すれ違いに、


 「どの車のエンジンもかからん。車に行っても無駄だぞ。歩いて逃げろ!」


 と、車で逃げようとやって来た、人々に伝えた。

 だが、ここ小樽原発もそうだが、日本にある原発は海のそばに立っていて、近くには何もない所だ。人の住んでいる所まで行こうとすると、数キロメートル以上離れている。多くの原発は、人の住んでいる所から、ひと山越えた場所にひっそりと、隠れるように立っている。

 だから、車が無いと、とても行けない場所に建設されている。まずいことに、歩いて簡単に逃げることは出来ないのだ。


 時間が、かかり過ぎる。

 とても間に合わない。


 小樽原発のゲートでは、けたたましいサイレンの中、やっとゲートまでたどり着いた作業員が、のんびりと誘導棒を持って立っている、老いた二人組みのガードマンに、何か言っている。


 「原子炉が爆発するぞ! 出来るだけ遠くに逃げろ!」


 この言葉で老いたガードマンは、お互い向かい合いながら、 


 「爆発?」


 ピンときたのは、福島原発での事故だった。

 振り向くと、逃げろと声をかけてくれた作業員が、走り去っていた。

 何十人もの人が、我先にと小走りに去って行く。 


 「おい!」


 専門的な知識はなくても、とんでもない危険が、迫っている事を、二人の老いたガードマンはやっと、気付いた。

 二人は、派遣会社から支給された帽子を惜しみなく投げ捨て、手に持っている誘導棒も放り投げて、自分達の車へと向かった。


 駐車場に向かう途中で、


 「車は動かんぞ!」


 とすれ違う人達に言われた。


 「歩くのか?」


 一人の老いたガードマンは言った。


 走って逃げるには二人共、あまりにも年を取り過ぎていた。それでも方向を変

え、ゲートの外へと小走りで歩き出した。

 背の低い、一人のガードマンは息を切らしながら言った。 


 「俺達、六十過ぎてまだ働いているのに、死ぬためにここに派遣されてきたのか・・・・・・」


 その時、突然1つの原子炉建屋から白い煙が上がった。

 原子炉格納容器内で、激しい核連鎖反応を起こした結果、発生した放射性物質を含んだ、気体の圧力に、耐えきれずに、ベントし始めた。


 原子炉内部の、放射性物質を、野外に放出し始めたのだ。この煙をまともに浴びると即死するほどの、強い放射能を帯びている。


 そして次の瞬間、眩いばかりの白い閃光が、一瞬にして発電所の人々を飲み込んだ。


 原子炉がついに核爆発を起こしたのだ。


 閃光は一瞬で広まった。


 またたく間に、その閃光は小樽、札幌、旭川、北海道の半分以上を覆った。そして閃光は炎の塊となり、全てを焼き尽くしていった。


 同時に、もくもくと湧き立つ、どす黒い煙が遥か上空にまで達して行く、どす黒い雲を中心にして、北海道全域を覆う位の、巨大な白いリング状の雲が、幾重にも上空に沸き立って、現れた。


 恐ろしい光景だ。


 とどめを刺すように、とてつもなく大きな衝撃波と、熱風が、地上に立っている建物、そして全てのものを容赦なく吹き飛ばし、焼き尽くしていった。

 建物は一瞬で粉々になり、人々が住む家はそこに住む人ごと、容赦なく吹き飛ばされ、熱風で焼き尽くされた。


 数分後には、砂埃と、何かが、地上にあったと言う痕跡だけが残った。人はたった、ひとにぎりの炭になった。


 かつて北海道に存在したはずのものが、地上から半分以上消え去った。これが原発の核爆発だ。核兵器の核爆発とは、比較にならない、大規模の爆発だ。爆心地から200キロメートル以内のものは、全てが無くなった。


 誰もが考えもしない、原子力発電所の核爆発は、北海道の小樽発電所だけでは、すまなかった。

 核兵器とは比較にならない程の、膨大な量のウラン、プルトニウムを、持っている原発の核爆発は、一つの原発だけで、全地球規模の生物生存の危機を、もたらすものであった。爆発規模も破滅的だが、有害な放射性物質が、全地球規模で広がってしまう、からである。その放射性物質の量は、数ヶ月で地球上の全ての生物を、絶滅するのに十分な量であろう。


 恐るべきことに、この悲劇的な核爆発は、世界中に存在する全ての、原子力発電所で同時に起こった。

 ただ、これは人類滅亡のほんの始まりにすぎなかった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ