絶望と希望
第22章
ピーピーピー、ジョニーは携帯電話に手をのばし、携帯のアラームを切った。
そして急いで寝袋から出ると、車の外で用をたした。少し離れた所に、トイレがあるのだが、間に合わないと思ったので、車のすぐそばで用をた。歳のせいだろう、この頃、我慢することが出来なくなっている。
車の中に戻ると、いつものように寝袋を、きれいに巻いて、小さな袋に詰めこんだ。そして、ザックから少しのパンと牛乳を出して、朝食を取り始めた。
パンを食べながら、ふと気付いた。
「あれ、何か夢を見ていたか?」
とぼんやり思った。
しかし、疲れてぐっすり眠ったので覚えがない。
「何だか、よく寝たな」
昨夜、いや、時間は不明だが、ジョニーに起こった不思議な出来事は、すっかり忘れてしまっていた。
カティカティで目覚めたジョニーは、父親の眠るタウランンガに向け準備をした。
2年半ぶりのお墓参りだ。タウランンガまで後、100キロそこそこだ。
「頑張ろう、あと少しだ」
ハンドルを握ると、カティカティを後にした。
走り始めの10分間は要注意だ。事故を起こしやすい。昔、一緒に働いていた、ドクターに聞いた話だ。ジョニーは慎重に運転した。事故は起こしたくない。
タウランンガまでは単調な道程だ。大きな町もなく風景もあまり変わらない。
途中、休憩することなく、田舎道を走り続けた。
タウランンガの手前にある、いつもの花屋さんで、お墓に添える花を6束買った。親戚のお墓が、隣に並んでいるからだ。父親も母親もタウランンガ生まれだ。だから、親戚がこの辺りには大勢いる。
しかし、父親の生家も、母親の生家も、今はもう残っていないらしい。ジョニーは、荒れ果てた家を想像していたので、あえて母親には、建っていた場所を聞かなかった。母親に嫌な思いを、させたくなかったからだ。
ジョニーはタウランガ・ガールズ大学へ、向かう道へとハンドルを切った。もう、ここまで来ればお墓まで後、数百メートルだ。砂利道をゆっくりと走った。
久しぶりのお墓参りだ。お墓へと続く道は後一か所、曲がらないといけない。その後は一本道だが、注意していないと、曲がるところを通り過ぎてしまう。見覚えのある道を探しながら、ゆっくりと車を進めた。
「この道だ」
ジョニーは記憶にあった一軒家を見つけると、通り過ぎた道をバックし、左に曲がった。周りは畑だけだ。もう、視界に墓地が見えている。
車を駐車場に止め、お墓を掃除する道具と、お供えする花を持って、水場に行った。バケツに水をいっぱい入れると、ウィルソン家のお墓へ向かった。
ジョニーの父親が死んでから、2年半ぶりの、お墓参りだ。
仕事をしなくなってから、もう、3年が過ぎていた。そのお陰で、今まで苦しんでいたうつ病は、意識しないまでに良くなっていた。一時は、自殺するまで考えたことがあったが、今はもう、そんなことは、すっかり忘れてしまっていた。
全ては時間が解決してくれた。少なくともジョニーは、そう考えている。
仕事に行かないのも、ジョニーにとっては良かったのだ。
「親父と、お袋が残してくれた蓄えで、今までやってこれた。ご先祖様、親父、成仏して下さい」
お墓の掃除をし終えたジョニーは、花をたむけ、無心で手を合わせた。
その瞬間、ジョニーの姿が、その場から消えた。
次に現れた時、ワシントンにいた。
そしてジョニーは死んでしまった少女を、哀しそうに両手で抱いていた。
「馬鹿野郎、核戦争を起こしやがって!」
ジョニーの怒りは大気を震わせた。
「なぜ、殺さなければならないんだ!」
ジョニーがこの場所、この時間で、この少女の死を看取るのは3回目だ。
ジョニーの怒りは収まらなかった。この戦争で多くの人が、何の理由もなく殺されていた。しかし、戦争は哀しいことだが人を、そして、敵を殺すことを目的としている。
もちろん、そのことはジョニーの頭の片隅にはあったが、今は目の前で死んでしまった、この少女のことしか頭になかった。
ごく少数の、特別な地位にある人の、誤った決断で起こってしまう戦争、ジョニーにはどうしても、特別な地位にある人が許せなかった。
古代から繰り返されてきた、殺りくの歴史、いづれも一握りの人が始めたものだ。どんなに歴史をさかのぼっても、人間と呼ばれる種が、誕生して以来、大規模な争い、戦争の多くは、ごく限られた人間によって、引き起こされている。
実際に戦う者は、戦う本当の理由も知らずに、盲目的に、敵を殺すことだけを強いられる。そうして戦争という名のもとで、なんのためらいもなく、残虐な方法で人を殺してきた。そしてとうとう人類は、核兵器を発明し、その途方もない破壊力と、あらゆる生物を死に至らせる放射線を合わせ持つ兵器を、使ってしまった。特別な地位を持つ者の、無責任な判断によって、人類を滅亡に追いやった。
たった、一握りの人達によってだ。
そして、その人達は決して前線に行くことはない。
そして多分、戦争が原因で死ぬことはないだろう。
あまりにも強く、少女を抱きしめたので、少女の体はジョニーの腕の中で、ポロポロと崩れ落ちた。それを見たジョニーの怒りは頂点に達した。
ジョニーの瞳が真っ赤に染まり、体全体から紫色の何かが、出てきた。まるで紫色の炎に包まれているようだ。そしてジョニーは、焼かれてしまった少女の、残りをそっと大地に置いた。しばらくの間、変わり果てた少女を見つめていた。
やがてジョニーは立ち上がると、
「バカ野郎!」
「こんな世界、消えてしまえ!」
と力の限り叫んだ。
すると、ジョニーを包んでいた、紫色の何かが、何の音もたてずに、静かに地平線の彼方まで、瞬時に広がった。
もし、ジョニーが地球全体を、見ることが出来る場所にいたならば、青い地球が数秒間だけ、紫色に染まるのを、見ることが出来ただろう。
そして地球のあらゆる場所で始まった、核爆発を見ただろう。
ジョニーの怒りが地球上にある、あらゆる核物質や核兵器を爆発させる点火栓になったのだ。
ジョニーの怒りが、この核戦争が始まる4日前の、過去に飛び、まだ、核戦争が始まっていない地上に、核の爆発を起こさせたのだ。
驚くべきことに、今のジョニーには時間でさえ、自由に移動出来た。
しかし、ジョニー自身は何の自覚もなかった。
「これが、あなたが使った力です」
ズーラの声が頭の中で鳴り響いた。
ジョニーはお墓の前で突然、消えてから、自分の行動をもう一人のジョニー自身が、見続けていた。
もちろん、自分が炎のようなものに包まれたことも、怒りの爆発で、地球が紫色に染めたのも見ていた。
ズーラが見させたのだろう。
現実の世界で起こったことと、途方もない力を持っていることを、ジョニーに夢物語ではなく、現実に起こったものとして、はっきりと自覚させるために、ジョニー自身の目で見させたのだ。
「こ、これが私の力なのか!」
ジョニーの唇は震えていた。
ジョニーの発したエネルギー波で、とてつもない時空震が発生し、時間を超えて、過去と未来の全宇宙間に広がっていった。
そして、気が付くと、2034年のズーラの空間にいた。
「これであなたの力の、恐ろしさが分かったでしょう」
紫色に染まった地球の姿が、目に焼き付いて、ジョニーは放心状態のままだった。
「あれから、地球にある核物質の全てが、爆発し始めたのです」
ズーラの声をジョニーは聞いていたが、まだ、放心状態で、返事することが出来なかった。
ただ、実際に自分の目で見て初めて、現実に自分がやったと実感した。
人は、自分の目で見ない限り、信じないものだ。
「人類はあなた方の時間で、2017年12月24日に核戦争を始め、その結果、自滅するのです。宇宙人の襲来は同じ2017年12月24日ですが・・・・・・・」
ズーラは話を中断して、ジョニーの反応を見た。
しばらくしてジョニーが、
「2017年12月24日に核戦争と、宇宙人の侵略が同時にあるのですか?」
ジョニーは震える唇で聞いた。
「そうです。未来は2つに分かれているのです」
それを聞いて、
「あなた達は過去に行ったり、未来に行ったり出来るようだ」
ジョニーは正気を取り戻して、ズーラに言った。
「そうです。私達のテクノロジーは時間の移動が出来ます。あなた方より、5万年程、進んでいます」
「5万年も」
ジョニーは驚いた。
そして、地球上の誰も知らない未来を、見てしまったのだ。
それも最悪の未来をだ。
未来を知るのは恐ろしいことだと、ジョニーは思った。
「人類は滅亡するのですか?」
核戦争、宇宙人の襲来、どちらにしても人類は滅亡すると、頭では分かっていても、聞かずにはいられなかった。
「滅亡する未来と、滅亡しない未来があります」
すると、ジョニーは間髪入れずに言った。
「滅亡しない未来とは・・・・・・・」
ズーラはゆっくりと、そして力強く答えた。
「あなた自身の手で勝ち取るのです」
「私自身の手で?」
ジョニーはさらにたずねた。
「どうすれば・・・・・・・」
ジョニーのすがるような声にズーラは、
「あなたはもう、選んでいます」
「選んでる?」
「あなたはすでに、地球上にある核物質を爆発させました。あなた自身の目で見たでしょう」
あれがそうなのか、地球が紫に染まってその後、地球のあちこちで爆発の光が見えた。
そうなら、核戦争と変わらないだろうと、ジョニーは思った。
「ニュージーランドだけは無傷で残ります。私達が守りました」
「私の国だけ残る?」
どうしてだ。
ジョニーは不思議に思った。
「あなたは怒りにまかせて、家族まで、殺してしまいますか?」
「そんなことはしない」
ジョニーは断言した。
「そうでしょう。あなたの無意識にまで、その気持ちはあります。あなたが気付かないだけです。それにあなたの住んでいる国には核がありません。いづれににせよ、あなたの国では核爆発は起こっていません」
ジョニーはこれを聞いて安心した。
「それにあなたの国には、宇宙人を倒すための兵器が眠っています」
ズーラは続けた。
「あなたは地球上にある核を、全て爆発させました。これはもう、起こってしまったことです。過去を変えることは私達にも出来ません。しかし、未来を変えることはあなたにも、私達にも出来るのです。なぜなら、時間の流れを乱さないからです」
「み、未来を変える」
「どのようにして」
ジョニーには時間の法則など、分からなかったが、悪い未来を変える事が出来るなら、そうしたいと思った。
「あなた方の国は、私達が核爆発から守っています。さあ、宇宙人を、侵略者を、倒すための兵器を見つけ出しなさい!」
すると、ズーラの声がすーっと消えていった。
第23章
ジョニーが目覚めると、目の前にウィルソン家の墓石が立っていた。
もう、昼前になっているようだ。今まで起こったことをもう、夢とは思わなった。現実に起こったことだと、体全身で感じていた。
そして今、ジョニーには、一つの明確なイメージがあった。
「タウポ湖」に行かねばならないと、頭の中で何度も言い聞かせた。
ジョニーは、墓石にもう一度、手を合わせると、急いで荷物を車にのせ、タウポ湖に向かった。
ここ、タウランガからタウポ湖まで、400キロはある。休憩なしでも8時間以上はかかる。
ジョニーは携帯電話を手に取った。タウポ湖に、行くだけでも時間はかかる。
そして、タウポ湖で何かがきっと起こると、信じていた。
「侵略者を倒す兵器がきっとある」
妹のシェリーと母親には、お墓参りに行くとしか、言っていない。果たして、無事、家に帰ることが出来るかどうかは、分からないが、帰りが遅れることだけは言っておかないと、2人が心配する。
「ただ今、大変電話が込み合って・・・・・・・」
電話が通じない。
これも、当然のことだろう。
テレビで核戦争が、始まったと放送した。その後、どのチャネルも、テストパターンだけになった。今、走っている所は、周りに何も無い所だ。対向車も走ってこない。何の変化もない。しかし、街では、パニックになっているに違いなかった。
携帯電話が通じないのは、予想していたことだ。
早くタウポ湖に着きたいと、つい、つい、アクセルを踏み過ぎる。
スピードが100キロを超えている。
「これでは危ない」
ジョニーはペダルからゆっくりと足を離した。
「80キロで走ろう」
と、自分のペースを取り戻した。
タバコに火を付け、お茶を飲んだ。そして食事も取らずに、ただ、ただ、走り続けた。
ジョニーはラジオのスイッチを入れたが、雑音だけしか聞こえない。FM放送もAM放送も、何も入ってこない。テレビはテストパターンだけが、雑音混じりに映ったり、映らなかったりしている。
新しい情報は何も入ってこない。
次第に、辺りは暗くなってきた。
途中、幾度か休憩をとったが、目が疲れてきて頭もボーとする。もう、6時間は続けて走っている。ジョニーはハンドルを切り、国道5号線沿いにある、ナガヘワ湖に車を止めた。
疲れのためか、頭が痛い。
アスピリンを飲む前に、持って来た、パンと牛乳を取り出し、早めの夕食を取った。アスピリンを空腹時に飲むと、ひどく胃が荒れるのを、知っていたからだ。
時間は6時過ぎだ。寝るにはまだ、早すぎる。
ふと、目を閉じると、タウポ湖の風景が瞼に映った。
ジョニー自身、タウポ湖に今まで、行ったことがないが、この風景はタウポ湖 に、間違いないと、なぜか、確信が持てた。
不思議な感覚だ。
タウポ湖に行けば、何かが起こる。
胸がドキドキした。
ズーラが言った。
「さあ、宇宙人を、侵略者を、倒すための兵器を見つけ出しなさい!」
「タウポ湖にその兵器が眠っているのか!」
一体、どんな兵器なのか、想像も出来ない。
それに、
「私、一人で、世界中に現れた、侵略者を相手に出来るのか?」
次から次へと、不安が浮かんでくる。
ジョニーは車の外に出た。都会の明かりが無いので、天の川がよく見える。全天を覆う、緑色をしたシールドをのぞけば、いつもと変わらない綺麗な夜空だ。
「ズーラがこのシールドで、この国を守ってくれている。僕達を」
今、人類は絶滅の危機に、瀕している。
これは事実だ。
ここに、こうして星空を、見上げていると何もかもが、普通に見える。
「このまま、何も起こって欲しくない」
これもまた、ジョニーの正直な気持ちだった。
自分に課せられた途方もない責務を、放り出して、逃げたくなる。
ましてや、実行不可能と思うような、責務だ。
誰しもそう思うであろう。
しかし、人は誰でもいつかは、死ぬものだ。
例外はない。
「私もいつかは死ぬ」
どういう死に方をするかは、誰にも分からない。
だが、今はどういう死に方をするかは、はっきりと分かる。
侵略者によって殺される。
これも例外はない。
もし、
「私が何もしなければ」
確実に、
「殺される」
のだ。
それも一人残らず殺される。
「ズーラ、私は何をすればいいんだ」
ジョニーは少し、弱気になっていた。
そしていつしか、知らぬ間に寝てしまった。
何の確信も持てないまま、ジョニーは静かに眠った。




