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ヒューマン・ビーング  作者: マーブ
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怒り

第18章


 目覚めると、喉の渇きが襲ってきた。


 目を見開くと、周りの景色は変わっていた。

 いや、一変しているような気がする。


 「おかしい」


 記憶が飛んでいる。


 今までここで何をしていたのか、思い出そうとするが、思い出せない。「ここは一体、どこだ」、「私は一体、何をしていたのか?」。どうしても思い出せない。


 激しい喉の渇きが、再び襲ってきた。「水が飲みたい」そう思いながら、顔に異物感が、あるのを感じた。手で顔を触ると、顔にあった異物が引っ付いてきた。


 「何だこれは!」


 それはまぎれもなく、自分の顔の一部だった。


 血が混じっている。

 左頬の皮膚が、剥がれたようだ。


 まるで顔をバーナーで、焼かれたような感じがする。

 しかし、不思議な事に痛みは、あまり感じない。


 やがて少しずつ記憶が戻ってきた。


 「私はたしか、車の中にいたはず。ここは外だ。それも見たこともない所だ!」


 夢なのかと思いながら、あらためて周りを見た。


 すると目の前に人の形をした、炭のような物がある。

 近づいてみた。


 「何だろう?」


 そして触るとぽろぽろとその「炭のような物」はくずれていった。


 「子供だ!」


 私は後ずさりした。

 その「炭のような物」は焼かれて、裸になった子供の死体だ。


 「ここはどこなんだ! 一体、何が起こった!」


 ふと気付くと、足元にも、体の半分が炭と化した女性が、うつ伏せに倒れている。それを、私は踏みつけにしていた。


 慌てて足をのけたが、その足には炭と一緒に、腹部の臓物が、引っ付いてきた。私は思わず、足を振ってその「臓物」を自分の足から、払いのけた。


 「これは夢なのか!」


 「夢なら早く覚めてくれ!」


 私は懇願したが、この夢から目覚める、いや、逃れる事は出来なかった。

 なぜなら、これは紛れもない、現実世界だったからだ。


 見て、触れて、感じる事が出来る。


 「もっとよく見て」


 頭の中で誰かが、ささやいた。


 「誰だ!」


 叫んだが、返事はなかった。


 私は仕方なく、喉の渇きを我慢して、あてもなく歩いた。何も考えられずに、ただ、ひたすら歩いた。


 周りには建物が一つもない。ただ、かつて建物だったろう、その瓦礫が、そこらじゅうに、散乱していた。


 そこには、人の姿はなかった。


 少なくとも、立って歩いている者はいなかった。私は目的もなくただ、ふらふらと歩いた。


 ふと、気付くと、目の前に水がある。しかし、水の表面に、油のようなものが、一面に広がっている。


 一瞬、「飲めるのかな?」と思ったが、喉の渇きに我慢出来ずに、その水に顔を突っ込み、そのまま、ぐいぐいと、一気に飲み込んだ。気が済むまで、その水を飲むと、私はその場に座り込んだ。


 疲れていたせいか、自然と瞼を閉じた。


 寝てしまったのでなく、私の癖で、疲れると両目を閉じて、外気をシャットアウトし、そうする事で疲れを癒していた。しばらくの間、目を閉じて何も考えないようにした。


 どのくらい時間が経ったのだろう、疲れが少し、ましになったので、私は目を開いた。


 すると突然、周囲が青白い閃光に包まれた。


 その閃光のもつ、圧倒的な熱波を全身で感じたかと、思う間も、与えられずに、私の体は、蒸発していった。


 私は、無くなってしまったのだ。


 なんの猶予も与えられず、この空間から跡形もなく、消え去った。


 死んでしまったのだ。


 何の前触れも、予告もなしに突然、死んでしまうのはこいう事なのか、私自身、死んだという自覚もなしに、死んでしまったのでは、死んだことを言い表わせない。


 不思議な事に、自分自身の体が、無くなってしまった事はよく分かるし、実際、体の感覚は全く感じない。しかし、考える事は出来る。


 そしてある思いがふつふつと、沸き立って来た。


 それは一言で言えば「悔しい」に尽きる。


 病気が原因で死ぬ時は、それまでに苦しみがあり、死に対する「恐怖」、それと「死にたくない」思いがある。それに、自分がもうすぐ死ぬ事を、自分なりに知る事が出来る。それ相応の覚悟が出来ると思う。


 だが、事故や人によって死に至る、これらの場合は事情が異なる。ただし、これらは死ぬまでに、十分に時間があり、まさに自分が死に向かっている事を、意識出来る場合に限る。


 何らかの事故に遭い、死ぬまでに時間がある時は、事故に遭った「恐怖」とそれから、何の理由もなく、自分の人生が終わってしまうと言う「悔い」が残るだろう。当然、痛みも感じるだろう。


 問題なのは、人によって死ぬ場合だ。


 つまり、「殺される」場合だ。


 今、まさに殺されるという「恐怖」と、残された時間に「悔しさ」と「恨み」の3つの感情が、同時に湧き起こる。 もしも、あの世と、いうものがあるとしたら、大変な事になっているだろう。今までに、人によって殺された人達の積年の「恐怖」、「悔しさ」、「恨み」で渦巻いている事だろう。


 そして最後に、突発的な事故に巻き込まれたり、例えば、交通事故などで突然死ぬ場合は、蒸発し、消滅した私の死に方に近い。


 今までも生きていたし、これから先も死など、意識もせずに、生きて行けると、当たり前に思っている時に、死を感じる事もなく突然、死んでしまう。


 私としては、この突然死にも「悔しい」思いがあるが、果たして瞬時に死んだ場合、あの世が存在しない限り、「悔しい」と思う事すら出来ないだろう。


 周りから見れば「あの人は即死だった」としか言えない。


 あの瞬間、私には閃光しか見えなかった。

 記憶にも同じように、閃光しかない。


 私の考え、記憶、体、全てがあの一瞬の閃光によって、この世界から消滅したのだ。


 これから先の人生は、もう無くなってしまった。

 何者かによって奪い去られた。


 それにしても、私はここで一体、何をしているのだろう。

 そして、ここはどこなんだ。


 私は本当に、死んでしまったのか、


 「起きなさい」


 誰かが、私を呼んでいる。


 以前、聞いた事のある声だ。


 「目を開けるのです」


 まるで天から、ささやくような声が、聞こえてくる。


 「さぁ、目を覚ますのです」


 私のバラバラになっていた意識が一点に、集まった。


 そして、

 「誰だ!」


 気付くと、私はあの水を飲んだ場所に、再び戻っていた。


 私は体をゆっくりと起こした。


 そして「今までのは夢か? いや、今も夢の中の夢か?」と自分に問いかけた。

 が、答えは得られなかった。


 向こうの方に、見たことのある建造物が、ぼんやりと視界に入った。

 細長い柱に見える。


 「あ、あれはアメリカの、確か、ホワイトハウスの前に立っているあの柱だ」


 テレビで何度も見た事があったので、間違いなかった。しかし、よく見ると先端部分がない。崩れ落ちたようだった。


 「なぜ、私はアメリカにいるのだ!」


 でもその事よりも、私の中でふつふつと、湧き上がってくるものがあった。それは「恨み」の思いだ。夢であろうがなかろうか、私は何者かによって、一瞬にして蒸発し、そして私のこれからの人生が突然、終わってしまった。  


 「何も悪い事もしていない」のに殺された。


 そう思うだけで、腹立たしかった。


 恐らく核兵器を使ったのだろう。周りを見ればよく分かる。「広島」と同じだ。


 黒焦げの死体だらけだ。なぜ、私がここにいるのか、理由は分からないが、アメリカ本土が核攻撃されたのは、間違いない。


 「意識」だけになってしまった私は、現実の世界にいつの間にか、戻されていた。


 蒸発してしまった私の体が、もとに戻っている。

 皮が剥がれ落ちてしまった顔も、治っている。


 奇跡が起こったのだろうか、私にはあまりにも突然過ぎて、何も分からなかった。


 ただ、私以外は、言葉では言い表せない程、ひどい状態になっていた。


 周囲には黒焦げになって、炭になってしまった「人」が大勢、横たわっていた。

 このありさまから見て、多分、このあたりが爆心地だろう。動いている者は誰一人いない。ここで生きているのは、私だけだろう。


 遠くに見える建物は、国会議事堂の残骸であろうか、かつての姿はなくなって、わずかに骨組みの、鉄骨だけが残っていた。


 すると、私のそばで何かがうごめいた。


 「み、水を」


 驚いて後ろを見た。


 そこには体の半分以上、焼かれて、炭になっている少女がいた。


 少女の下半身は、炭になっていた。

 動く事が出来ない。


 炭の黒い色と、血の赤い色が、混じっていた。


 生きていること自体、奇跡だ。


 一目、見て、少女の痛々しさが私の心を、貫いた。


 急いで、私は両手で水をすくい、少女の口に、その水をすすぎ込んだが、少女の喉は、ひどく裂けていて、水は喉の裂け目から、どんどん流れ出ている。


 私はそれを見ると、急いで少女の口に、水をもう一度、あてがった。

 しかし、手の中の水は決して、少女の胃に届くことはなかった。


 「おじさん、水が飲みたいよ!」


 私は悲しかった。


 どうすることも出来なかった。


 「おじさん、もっと水おくれ」


 次第に少女の眼差しから、まるでロウソクの火が、静かに消えるかのように「少女の生きていた証」が失われていった。 


 そして少女は動かなくなった。


 死んだのだ。


 「わぁ~」

 私は大声で叫んだ。


 ただ、ただ、叫びたかった。


 「誰がこんな事をしたんだ!」


 「クソやろう!」


 私の中で、悔しさと怒りが爆発した。

 周り一面が一瞬、紫色になったような気がした。


 少女が最後に言った言葉、

 「おじさん、もっと水おくれ」


 あの声、あの眼差しが、どうしても私から離れなかった。


 人の死に方はそれぞれあり、悲しいことだが、これほど心の底から、哀しみが    こみ上げて来たのは、初めてだった。

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