混乱
第16章
「お母ちゃん、ちょっと買い物に、行ってくる」
ジョニーはそう言うと、自動車のキーを手にした。
そして外に出ると携帯で、ハルトに電話をした。
「ハルト、何だかヤバイような気がする」
ハルトは、ジョニーの、言わんとするところを、素早く感じ取った。
「それでジョニー、どうする気だ」
ハルトが聞くと、
「食べ物と水を、買いに行く」
「気が早いな、分かった」
ハルトの返事を聞くとジョニーは、
「気を付けろよ。まだ、皆は事の重大さを、知らない。それじゃ行く」
と言い携帯を切った。
ジョニーは車に乗ると、近くのスーパーへと向かった。
スーパーは、ジョニーの家から300m程の、所にある。普段、ジョニーは自転車で、パックに入ったリンゴジュースや、コーヒー、牛乳などの飲み物を、そのスーパーに買いに行っていた。
妹のシェリーは、食料品をわざわざ、1キロメートル離れた大きなスーパーへ、バイクに乗って、買い出しに行っていた。ジョニーの行っているスーパーより、値段は少しだが、安いし、品数もたくさんあった。
妹のシェリーは、家計を少しでも減らそうと、努力していた。それに比べて、ジョニーは、良い意味でも悪い意味でも、大ざっぱな性格だ。値段のことはあまり、気にしていなかった。
時間は11時過ぎだ。この時間帯はお客さんが、少ない。店内にはまばらに、人がいるだけだ。ジョニーは買い物かごを2つ取り、キャスターの上の段と、下の段に置いた。まず、絶対必要な水を買おうと思った。急いで来たので、どれだけ買うかは、考えてなかった。目安として、1ヶ月は、持たせるだけの分量を、買おうと思った。食料がなくても、水だけは絶対必要だ。
「1日1人が必要な水は2リットルだ。それが3人で2×3で6リットル、1 ヶ月で6×31で186リットルになる。2リットルのボトルで93本?」
少し店内を歩いて、まとめて箱で、売っている所をさがした。
「あった」
飲み物が山積みに、されている。
1箱で、2リットルのボトルが6本入りだ。とにかく、あるだけ買う事にした。
あるだけと言っても、5箱しかない。5×6×2で60リットルだ。かごが邪 魔で、乗らないので、かごを置い来て、キャスターに直接、乗せた。かなり重かったが、レジにどうにか、箱を落とさずにたどり着いた。
いつものレジのおばさんが、
「何かあるんですか?」
と聞かれ、
「いや、念のため」
とだけ言った。
つい念のためと意味もなく、言ってしまった。
でも、このおばさんは多分、後ろにあるテレビで放送を見ていたはずだ。
だが、危機感は全く感じられなかった。周りにいるお客さんもだ。箱を車に積み、もう1度、店に入って500mリットルの水を30本買った。もう、この店には水は残っていない。売り場の人が多分、不思議に思うだろう。1日で水が全部、売り切れるなんて、こう思いながらも、必要な水はまだ、半分も買えていない。
もともと、1ヶ月分の水と食料なんて、思いつきだ。ただ、思うに今、ただちに水道が止まれば、たちまち水が飲めなくなる。電気、ガス、電話も当然、止まるだろう。携帯なんて問題外だ。インターネットも、無意味な存在になる。こうなると、まず生きていくために必要な物、水と食料になる。それと電池で、動くラジオも必要だ。
情報は大切だ。
TVは多分、使い物には、ならないだろう。
ジョニーは再び、店に入って、夏でも保存が出来る缶詰類を、買いあさった。
パンも沢山買いたかったが、すぐにカビが生えるので、少しだけ買った。冷蔵庫に保管する事が、出来ないからだ。なぜなら、まず、電気はこなくなるだろうと思ったからだ。
ジョニーはこのスーパーを後にすると、遠くにある大型スーパーを目指した。
大型スーパーに着き、自動車を駐車すると、色んな道具や日用品を売っている、建物を目指して歩いた。ここではガスコンロと、これに使う使い捨ての、カートリッジボンベを15本程と、小型のお鍋を買った。
そして、水を入れるタンクを、10個買った。このタンク1個で、水が20リットルも入る。もちろん、このタンクに水を入れて、常温で保存すると、水が2、3日で腐るのは十分、分かっていた。
ジョニーの頭にあったのは、この腐った水を浄化する、特殊なボトルがあったからだ。インターネットで3年前に、もしもの時のために買った。泥水でも浄化して飲める、ボトルを高価だったが、個人輸入で、既に手に入れていたからだ。
しかし、実際に使った事はなかった。本当に泥水でも、浄化して飲めるかどうかは、ジョニーの頭の片隅に不安として、今も残っている。ただ、外国の軍隊が、実際に使っているビデオを見ていたので、多分、大丈夫だろうと思っていた。
これだけ一度に買うと、さすがに車の中は、ものだらけで、運転席だけがかろうじて、座れる状態になっている。後ろは全く見えない。
ジョニーは車に乗り、大型スーパーを後にした。
途中、ガソリンスタンドにより、車のガソリンをあふれる手前まで入れた。いざとなれば、車が一時的な、シェルターになってくれるだろうと、思ったからだ。
家に戻ると、食料品と水は2階に、そして水を入れるタンクは、ガレージに一旦、ならべて置いた。そして面倒なタンクの水入れを全部終わると、2階に上がって自分の部屋で休憩した。
ベッドで寝そびりながら考えた。
「これだけあれば、家族三人、3週間は持つだろう。でも、裏の家や、他の家は、どうなるのだろう」
ジョニーは自分の家族を守るために、食料を買いに行った。しかし、もしもの事態が起こって、水道も電気もガスも来なくなったら、どうする。そのもしもの事態が1~2週間で、水道や電気などが復旧出来るなら、支援物資も、何らかの形で、届くだろう。
しかし、もしもの事態が起こって電気、ガス、水道が止まり、どこからも支援や、支援物資が来なかったら、どうする。ジョニーの頭には、テレビで軍事評論家が話したように、世界中で核爆発が、起こっていたら、支援物資など、一生待っても来ない。この事が、頭から離れなかった。
と同時に、
「2~3週間だけ生き延びて後はどうする?」
と自分に問いかけても、していた。
こんな事を考えてるうちに、眠ってしまったらしい。
目が覚めて、今が朝なのか、夕方なのか混乱し、妙な気分だ。窓を見て、外が暗くなっていたので、夜だとやっと気付いた。つい、いつもの癖で、テレビをつけたままだった。
「おやっ」
テストパターンが消えてる。
かわりに緊急放送と、画面に大きく映し出されている。それに今まで聞いた事のない、奇妙な警告音が、鳴っている。下からも同じ音が聞こえる。多分、シェリー達もテレビをつけているのだろう。
時計を見ると午後7時前だ。いつもだったら、母親から電話の内線で、晩御飯だと電話をするのだが、今日は電話が未だ鳴らない。仕方がないので、テレビを消して、下に降りて行った。すると、やはり下でもテレビが、ついていた。
シェリーと母親が、食事の用意を一生懸命している。
ジョニーは仕事を辞めて今年で3年半、シェリーは2年になる。2年前に、他界した父親のノーンと、母親のカイヤが残してくれた貯金で、なんとか生活している。でも、さすがに3年もすると、貯金もそろそろ寂しくなってきた。ジョニーは働くつもりでいた。しかし、シェリーには働かせるつもりはなかった。
なぜなら、シェリーは高校卒業後以来、働いていたが、どうも職場が肌に合わなかったのか、いくつか職種を変えた。仕事から帰って来ると、いつも、かなり疲れているようだった。そのストレスが身体にも、アレルギー症状として形に現れ、体中が湿疹だらけだった。痒さのあまり血が出るまで、掻いていた。
それを見ていただけに、再び働かせるつもりは、なかった。それが良いか、悪いかは別にしてだ。
ジョニーは体が弱った母親カイヤと、妹のシェリーとの生活を守るために、自分が死ぬまで、不自由はさせないと決めていた。
ただ、ジョニーも長年、放射線技師として病院で働いた結果、うつ病と言う病に侵されていた。職場での人間関係が原因だった。ジョニーも、妹のシェリーも、程度の差はあるが、二人共、勤め人には向かなかったのだろう。ジョニーは仕事を辞めてから、この3年間で辛いうつ病からほぼ、開放された。当時程ではないが、抗うつ剤と精神安定剤は、今も飲み続けている。
ジョニーは席につくと、料理が出来上がるのを待った。いつも、晩御飯はジョニーが少し早めの時間に食べ、その後に、シェリーと母親のカイヤが、ゆっくりと食事をとるのが習慣になっていた。
ジョニーは先に食べ終えて、いつものように食器を洗い、コップにリンゴジュースを入れて、自分の部屋へ上がって行った。部屋に入ると、まず無線機のスイッチを入れた。5台の無線機の電源が同時に入り、それぞれの無線機のパネルが点灯した。そしてタバコに火を付け、ゆっくりと深く吸った。
タバコが体に悪いのは、十分承知していたが、辞める事は出来なかった。例え、タバコ1箱の値段が倍になった今でもだ。
辞められないのは、うつ病がそうさせるのだと、薄々気付いていた。うつ病の薬がいつまでも、辞められないのと同じで、タバコを吸う事によって、いつも気持ちが落ち着いたからだ。
「バカな大臣が、何も考えずに、いきなりタバコの値段を倍にしやがって」
とタバコを吸うたび、そして買うたびに、思った。
その大臣に殺意さえ覚えた。
こうした、病気でタバコが辞めらない人も、いるのだと知っていれば、こんなにタバコの値段が、急に上がることはなかっただろう。タバコが吸えなくて、自殺した人もいるだろう。
その大臣は無神経なうえに、バカだ。
ジョニーは、そんな事を思いながら、無意識に無線機のダイアルを回していた。
この時間帯は、国内の無線局は聞こえなくなり、無線機は、遥か数千キロ彼方の電波を、とらえていた。
いつもなら、日本人の声か、北米の声が、聞こえていたが、今日は何も聞こえない。雑音が鳴っているだけだ。こんな事はめったにない。太陽が大爆発し、巨大なフレアが発生すると、飛び出した、太陽風の影響で2~3時間、何も聞こえなくなる事がある。
しかし、今はその状態に、なっているかは分からない。なぜなら、インターネットで、NASAのサイトに行き、太陽観測衛星からの情報が、得られないからだ。
理由は分からないが、海外を経由するサイトには、どこも、ネットが繋がらない。繋がるのは、国内にあるサイトだけだった。
気になるのは、巨大フレアではなくて、天文台の博士や、テレビが言っていた、核爆発だ。
それに天文台の人や、テレビが、同じ事を言っていた。
「いずれ、政府から」
この言葉が、ジョニーの頭から、どうにも離れなかった。
ジョニーは思いつく、あらゆる周波数を受信したが、いつも強力に入ってくるVOA、BBC、中国の声、そして、北朝鮮の言葉の意味は分からないが、威圧的な声の放送は聞こえてこなかった。
「なぜ、インターネットが繋がらない?」
この疑問が消えなかった。
インターネットは衛星経由だけでなく、そのほとんどが海底ケーブルで繋がっている。
「世界中の海底ケーブルが1度に切れるはずがない」
ジョニーの疑問は深まるだけだった。
そして次第に、
「核爆発」
と言う言葉の響きが、疑問から実感へと変わった。
ネットがつながらないのも、これなら説明出来る。
そうボンヤリと思っている時、
「おーい」
ハルトが、いつもの周波数で呼んできた。
「ハルト、買い出しに行って来た?」
ジョニーがたずねると、
「僕もたくさん買ってきたぞ!」
ハルトが答えた。
この無線の周波数は51.2MHzで、見通し距離しか電波は飛ばない。それにこの周波数帯に出てくる局は、めったにいなかった。それでジョニーとハルトは電話代わりに、いつも使っていた。
「ハルト、インターネット繋いでる?」
「ちょっと待ってよ」
そう言うと、ハルトはラップトップの電源を入れた。
「ハルト、インターネットが国内のサイトしかつながらない」
ジョニーが念のため、自分のデスクトップだけが、国外のサイトに繋がらないのか、ハルトのラップトップで確認したかった。
ハルトのラップトップが起動した。
しかし、画面にはエラーが表示されて、
「通信が確立出来ませんでした」
とメッセージが出ている。
ホームページにしている、アマゾニアがエラー表示になっている。
ハルトは、
「おかしいな?」
と思いながら、国内の天気予報を見た。
正常に接続されている。明日と明後日の天気予報が出ている。そしてもう一度、ホームページにしている北米のアマゾニアをクリックした。いつもはすぐに繋がるのに、なかなか画面に出てこない。
そして、
「現在、このサイトには接続出来ません」
と出た。
「あれ?」
と思いながら、別の国外のサイトにアクセスしたが、どこも接続エラーで繋がらない。
「ダメだ、国外のサイトは繋がらない」
ハルトの返事を聞くとジョニーは、
「やっぱり」
と自分だけではないと確認した。
「国内のサーバーがダウンしているのと違うか?」
ハルトがこう言うと、
「いや、国内のサーバー全部が、ダウンするはずがない」
ジョニーは言った。
そして、
「いつも入る海外の局が入らない。おまけに海外の放送局も、一切聞こえない。どうゆう事だ」
「やっぱり、核爆発は本当なのか?」
ハルトが言った。
ジョニーもハルトもあの放送を見ていた。そして、ニュージーランドの、ほとんどの人が見ていただろう。評論家が核爆発と言ったとたんに、いきなり天気予報に切り替わり、最後には、テストパターンだけになった放送だ。
それに空は一面、わけの分からない、シールドに覆われている。シールドなんてものは、まるでSFの世界だ。今の科学技術では作れない。世界の終わりを告げるような出来事を思いながら、2人共マイクから手を放していた。
その頃、首都ウェリントンでは、首相を初めとし各閣僚、議員、軍トップが緊急招集で集まっていた。
陸軍大将が口火をきった。
「まず、初めに申し上げます。皆さんはもう、お耳に入っていると思いますが、北米、ロシア、中国、イギリス、フランス、日本、インド、アラブ諸国など世界各地で大規模な核爆発が発生した事を、現時点で確認しております」
議会が大きくざわめいた。
「それは確かかね」
首相は陸軍大将に問いかけた。
「残念ですが、事実です。プルトニウムや、ウランなどを我が国で検出しております。核分裂によって生成される物質です。これは皆さんのお耳に既に、いろんな形で入っていると思いますが、陸軍及び、海軍が調査した結果、恐るべき事実が判明いたしました」
陸軍大将は一旦話をやめ、コップに入った水を飲んだ。
その顔は厳しいものだった。
コップを静かに置くと話を進めた。
議会は静まりかえっていた。
「我が国は今、滅亡の危機に、瀕しています。軍と民間の研究者、専門家の協力のもと、次の事が判明いたしました。現在、謎とされていますシールドの外側では、人の致死量を遥かに超える放射線を、検知しております。これは一部の地域だけでなく、我が国の、全ての場所においてです。繰り返しますが我が国、全土です」
議会のあちこちから、
「そんなバカな!」
「あり得ん!」
と否定的な声が聞こえる。
しかし、それを裏付けるように、
「一昨日から、国外へのデータ通信網が、一切途切れています。そのため銀行を始めとし、経済界が破滅的な混乱を起こしています。現時点で、政治的に強い圧力をかけて、この事態が漏洩するのを防いでいますが、じきに国民に知れるでしょう。そうなると、銀行は機能しなくなり、預貯金の引き出しが出来なくなり、結果として国内で、大パニックが起こります」
財務省の大臣が言った。
陸軍大将は国民的パニックなど、
「取るに足らん」
と考えながら、
「国外との通信が遮断されていることは、軍も確認しております。これがシールドによるものか、どうかは、判明しておりません。ただ、確実に言える事は、世界中で核爆発が、起こっていると言う事実です。全面核戦争が、起こったと言う事です。我が国は、戦争に全く関与していませんが、情報が全く入らない現在、各国の被害状況は、皆目見当がつきません。今、一番の重大事項は、シールドが無くなると、私を含め、全国民が数時間の内に、死の灰によって、死ぬことになります。経済うんぬん以前の問題です。シールドは誰が張ったか、見当もつきません。ただ、今は、シールドによって我々は守られているのです。例え核シェルターに逃げようが、地下に逃げようが、放射線レベルが、桁違いに高いため、どこに逃げても、助かる事は出来ません。これだけは皆さん、心しておいて下さい」
陸軍大将のこの決定的な発言で、ざわめいていた議会が静かになった。
「首相、もう、この事態を発表すべきではないでしょうか?」
陸軍大将の、この提案に対して首相は、
「陸軍大将のおおせの通りです。報道管制も限界状態です。パニックはもちろん、起こるでしょう。暴動も起こる危険がありますが、国民に今の状況を知らせるべきですね。国民も気付いているようですから」
首相はそう言い終わると、陸軍大将に深く頭を下げた。
インターミッション(15分)