守護神
第15章
翌朝、ジョニーは妹のシェリーに起こされた。
時計を見ると11時を過ぎていた。
ジョニーは仕事を辞めてから、3年半になる。
放射線技師として30年間、病院で働いた。
職場の病院は3度、変わった。
その間にジョニーが得たものは少しのお金と、うつ病と、数学士の学位だった。
働きながら大学に通ったのだ。
もう、55歳になるが、今でも、うつ病の薬を飲み続けている。
仕事を辞めてから少しずつ、うつ病のつらい症状はなくなっていった。
「兄ちゃん、早く起きて!」
シェリーが、大きな声を出してジョニーを、起こそうとしている。
仕方なく、ジョニーは体を起こした。
「早く外に出て」
シェリーがうるうさく言うから、パジャマ姿のままで、階段を降り、外に出た。
すると、とんでもないものが見えた。
「これは一体・・・・・・」
ジョニーは驚いた。
空が、明らかに、緑色の何かに覆われていた。
まるで、プラスチックのようにも見える。
昨日の夜、見えたものと大違いだ。
何か緑色のプラスチックの容器で、空全体が覆われているみたいだ。
圧迫感さえ感じる。
「兄ちゃん、これは何なの?」
シェリーが言ったが、
「兄ちゃんも、分からん」
ご近所さんも外に出て、この異様な空を、見上げている。
すると、ハルトが走ってやって来た。
「おい、ジョニー、これは昨日見た、あれだよな」
息を切らしながらハルトが言った。
「そう、多分、あれだ」
「やっぱり、そうか」
「ジョニー、あれはどこまで続いているんだ」
「僕に聞いても分からんよ」
すると妹のシェリーの声がした。
「兄ちゃん、テレビでもやってるよ」
玄関のドアから、シェリーが顔を少し出して言った。
ジョニーとハルトは急いで家に入った。
2人がテレビの前に立つと、
「どのチャンネルも、同じ放送をやってるよ」
シェリーの横には母親のカイヤが、いつものように、椅子に座っていた。
「ここ、ウエリントンでは、見てもお分かりでしょうが、何かシールドのようなものが、空全体を覆っています。シールドは海の方向へも、広がっています。リリーさん、そちらはどうですか?」
画面が切り替わった。
「こちらクライストチャーチ沖、500キロメートル、チャタム諸島が、遠くに見える海上にいます。謎のシールドはこの辺りの海で、切れているように見えます。シールドの外には、はっきりと、見えないのですが、灰色の霧のようなものも、広がっているように見えます」
画面が局に戻った。
「リリー、画面を見るとシールドが、海面下まであるように、こちらから見えますが、深さはどれくらいまであるのでしょうか」
再び海上に切り替わった。
「アルバート、見ての通り海軍が来て、調査しているようです。あっ、巡洋艦からミサイルが今、発射されました!」
カメラは轟音と共に発射された、ミサイルを追った。
ミサイルは数秒間、飛んだ後、空中で突然爆発した。
カメラはその様子を、一部始終映していた。
「爆発しました。爆発を! まるで壁に当たったように!」
激しい爆発音のせいか、リポーターのリリーは、両耳をマイクを握ったまま、覆っていた。
すると、巡洋艦がこの海域から離れるよう、集まったマスコミのボートに、警告しているのが聞こえる。ヘリコプターは、海軍のものしか見えない。民間のヘリコプターでは、ここまでは遠くて、飛んでこられないのだろう。
「ただ今、巡洋艦から、この海域から離れるように警告されました。仕方がありませんが、ひとまず、ここを離れます。クライストチャーチ、500キロメートル沖からリリーがお送りしました」
画面が国営放送のスタジオに移った。
「リリー、ご苦労様でした。ただ今の映像をもう1度、リプレイします」
再び、キャスターのいるスタジオから、リリーのいた海上の画面に切り替わった。
画面では、巡洋艦からミサイルが発射された場面が、再び映し出された。
「はい、そこでストップ」
キャスターは、ミサイルが爆発した瞬間で、ビデオをストップさせた。
「これをどう思われますか?」
キャスターが隣に座っている、頭の禿げた軍事評論家に意見を求めた。
「そうですね。このビデオから見て分かるのは、ミサイルが空中で、何かに衝突したように見えますね」
更に軍事評論家は、
「やはり、何かシールドのようなものでしょうか、はっきりとした、緑色の壁のように、見えますね」
続けて話した。
「発射されたミサイルは、対空ミサイルSM―5と思われますが、射程は50 0Km程で、高度120Kmまで上昇する事が出来ます。しかし、ビデオをご覧の通り、発射されてから、数秒で爆発してますね。本来は弾道ミサイル迎撃用で、高高度で敵の弾道ミサイルを破壊、撃墜するのに、用いられます。画面を見る限り、高度10~20Kmで爆発しているようですね。正確は言えませんが」
「そうすると、シールドは高度10~20Kmまであると考えていいですね?」
キャスターがそう聞くと、
「そうですね。正確な数値は出せませんが、シールドと思われるものは、その高度まではあるようですね。それより気になるのは、シールドの外ですね」
「シールドの外ですか?」
キャスターが不思議そうに、たずねると軍事評論家は、
「昨日から、国外の通信が遮断されています。さる情報筋からによると、アメリカやロシアなどで、核爆発が多数あったと言う、報告があります。皆さんを、驚かせるつもりはありませんんが、軍関係者の間では、周知の事実だと、知らされております」
キャスターの驚いた顔が、アップで、映された。
核爆発と聞いて、テレビを見ていたジョニー達は、大きく目を見開いた。
そして、TVのボリュウムを上げた。
キャスターが、
「核爆発ですか?」
キャスターの驚いた口調にも、軍事評論家は平静さを保って、
「そうです。核爆発です。この事はいずれ、政府から発表されるでしょう」
この言葉で、スタジオ内が、騒然とし始めた。
テレビを見ていたジョニー達にも、スタジオ内のざわめきが、感じられた。
すると、画面が突然、天気予報に変わってしまった。
ジョニー達はしばらく、天気予報を我慢して、見ていたが、天気予報が終わると同時に、画面はテストパターンだけに、なってしまった。どのチャンネルを回しても、テストパターンが出ているだけだ。見せてはならないものを見せないように、政府が情報をカットしたのが、露骨に感じられた。
この番組を、見ていた人達も当然、同じように感じただろう。それだけに、核爆発と言う言葉に、テレビを見ていた人達、もちろんジョニー達も、実際に起こっているんだと、より現実味を、実感させられた。
政府側の慌てようが、テストパターンだけになってしまった画面によって、露骨に現れてしまったのだ。
明かされた事実は、誰にも、もう隠す事は出来ない。
「ただ今のSM―5爆発時の高度約2万」
クライストチャーチの500キロメートル沖、チャタム諸島付近で、シールドの調査をしている、ニュージーランド海軍の、フリゲート艦ウェリントンからの声だ。
フリゲート艦ウェリントンには海軍はもとより、各陸空軍のトップ、そして民間からは、大学の研究者、それに、各企業からは、あらゆる分野の専門家が、乗船していた。
「やはり、あれはシールドとしか考えられないね」
ウェリントンの艦長が、双眼鏡を下ろして言った。
「しかし、あんなものは、今の地球の科学技術では到底作れない」
研究者の1人が言った。
ここに立っている人達も、同様に思っっていた。
地球のものではなかったら一体、何者がシールドを張ったのか、ここにいる全員の疑問であり、恐怖でもあった。
艦橋はしばしの間、静まり返った。
そして沈黙を破るように、
「ミサイルがシールドに当たって、爆発したと言う事は、シールドの外には、出られないと言うことですね」
招集された、企業の専門家の一人が言った。
陸軍の大将が、
「こちらの調査ではニュージーランド北島、南島において、シールドが展開されている事を、レーダーで確認している」
「なぜ、ニュージーランドだけが、シールドで覆われているのですか?」
先ほどの専門家が、大将に質問した。
大将の答えは、
「現在、確認がとれているのは、ニュージーランド国内だけで、国外の情報は一切入ってこない。国外とは衛星通信、無線通信共に、傍受しているが、信号が全く入ってこない状況が、続いておる。特に米軍と、隣接するオーストラリア軍とも、連絡が全くとれない。国外とのコンタクトは、一切出来ない状況下に、なっている。ニュージーランドだけにシールドが、張られているかどうかは私にも答えられない」
そして大将は続けて話した。
「更に、スチュアート島に、展開している陸軍から、シールドの外部から、放射線を感知していると、報告が入っとる。この事は、外部には絶対に、漏らさないでもらいたい。パニックが起こるからな」
放射線と聞いて、民間から派遣された研究者や、専門家は、いっせいにざわめき始めた。実際に核爆発は噂ではなかった事が、証明されたようなものだ。
艦長からも、
「この艦の放射線探知機でも、同じように放射線を感知しております」
艦橋が更に、ざわめいた。
「放射線の種類は現在、分析中です」
放射線測定機器のメーカーから、派遣されていた1人が言った。
すると、大学の研究者は少し遠慮がちに言った。
「これは学内で聞いた噂ですが、国外の各地で核爆発が起こっていると、聞きましたが、事実でしょうか?」
この研究者は、控えめだったが、はっきりとした答えを求めた。
この微妙な質問には、陸軍の大将が慎重に答えた。
「現時点で、皆さんに、お話する事は出来きません。申し訳ない。ただ今、政府と協議中としか、今は言えません」
質問をした研究者は、もうこれ以上は聞けなかった。
ニュージーランド各地で見られた、白い発光現象が核爆発であるのは、周知の事実だった。そして大将が話した言葉に動揺する者はもう、誰もいくなった。
ここにいる、誰もが核爆発はあったと、確信した。
そこへ、一枚の紙切れを持った1人の男性が、艦橋に上がって来た。そして、放射線測定機器のメーカーから、派遣されて来た男性と、紙切れを見ながら何やら話をしている。その声は、わざと小さくしているのか、周りにいる者には聞こえなかった。
話し終えると、その男性は艦橋から、出て行った。
そして、その紙切れを受け取った、放射線測定機器のメーカーから、やって来た男性が、紙切れを大きく掲げて、一歩前に出た。
「皆さん、シールド外部の、放射線の分析が、今、終わりました」
その男性は紙切れを見ながら、
「測定された放射線の種類は、ガンマー線、アルファー線、ベーター線、それに中性子線です。どの放射線も高い値を示しています」
「加えて言えば、このシールドの外に出ると、致死量の放射線を、浴びる事になります」
この報告に、艦橋にいた誰もが、驚きのあまり声を出した。
「そんな、バカな、ありえない。これから、どうなるんだ」
核爆発があったと、ここにいる全員、確信はあったが、爆発の結果、生じる死の灰の放射線レベルが、ここニュージーランドで、致死量を超えているとは、誰も、夢にも、思っていなかったからだ。
軍関係者も同様だった。
ニュージーランド国土は直接、核爆発の被害は、何も受けていない。核爆発は遠く、数千キロ離れた所で起こっていた。遠くの核爆発なら、ニュージーランドでの放射線レベルの変化は、極僅かのはずだ。それが致死量を超えているとは、とても考えられない。一体、どんな核爆発を起こしたのか、疑問は、際限なく、この艦橋に飛び回った。
「このシールドがなければ、ニュージーランドは全滅と言う事なのか?」
艦長は言った。
「そう言う事になりますな」
陸軍大将は、はっきりと言った。
そして、
「一体、このシールドは・・・・・・」
そう言い、陸軍大将は、目の前に張られたシールドを、大きく見上げた。
「誰が張ってくれたか分からんが、このシールドのお陰で、ニュージーランドは助かったのか」
陸軍大将は自分に言い聞かすように、言った。